夜の教会
ーーside 聖ーー
「行っちまった……」
シャルに置いてけぼりにされてしまった。
「コロスコロスコロス――」
「あぁスマン。お前がいたな。――【フレイム】」
「グゥオォォオ―――」
悪霊に初級の魔法を浴びせる。
ゴースト系の魔物は物理攻撃は効かないが、魔法にはめっぽう弱い。
悪霊は唸りながら青白い炎となって消えた。
しかし悪霊がいたのには驚いた。
普通、ゴースト系の魔物は廃墟や墓地などにしか出現しない。
それがこんな市街地に、しかもゴーストの中でもかなりレアな悪霊が現れたというのは人為的な何かを感じる。
意図的に悪霊を放ったかは分からないが、確かになにかこの街で起きようとしているのかもしれない。
ま、それは後で考えるとして今はシャルを追うか。
ーーーーside シャントルーーーー
「く、くるな~~~~!!!」
はぁっ……はぁっ……!
どのくらい走ったか分からない。
まだ追ってきているだろうか。
でも怖くて振り向けない……。
走っているうちに平民区と貧民区の境目の門が見えてきた。
貧民区…………そうだっ!
教会だ! 神の祝福を受けた教会ならゴーストも近づけないに違いないっ!
もし近づけたならシスターに浄化してもらおう!
オレは一心不乱に教会を目指して加速した。
周りの風景がどんどん後ろに下がっていく。
暗闇にも目がすっかり慣れ、教会の屋根の上の十字架がよくわかった。
「た、たどり着いた……!」
急いで教会の門に手をかけるが――開かない……!?
そ、そりゃそうか……。
こんな時間に開いているはずもないか……。
いや、裏口が開いている可能性もある……!!
オレは教会の裏手に回った。
そこには、
「あれぇ? 誰か来たみたいだねぇ」
「おや、こんな時間にお客さんかい?」
「はっはぁ……、ずいぶんかわいいお客さんだね」
「うふふ、食べちゃいたいくらい……」
墓地が広がっていた。
そして、数十体のゴーストたち。
「ハ……ハハハ…………」
オレは地面にへたり込んだ。
………………
…………
……
「そうか~。ゴーストを何とかしたくて教会に行ったのか~。ほぉ~」
セイが地面に座っているオレの横で、あごに手を当てて興味深そうに呟いた。
正直、めちゃくちゃムカつく。
セイはオレがここに着いた2分後くらいに来た。
「はは、我々ゴーストは道理をわきまえているのもですよ。確かに、稀に道を踏み外した悪いゴーストもおりますが」
紳士服を着たゴースト(アンドリューというらしい)がオレに優しく語り掛ける。
ここにいるゴーストは先ほどの悪霊と違って、穏やかな連中だった。
それが分かってもまだゴーストには慣れないな……。
アンドリューは今度はセイに話しかけた。
「ところで、セイさんといいましたかな? もしや、昼間にこの教会を尋ねられた方では?」
「え? ええ、……しかしよくわかりましたね。ゴーストは昼間は動けないのでは?」
「はい、我々は夜間しか姿を現せません。しかし、昼間もなんとなく周囲の状況がわかるのです。ぼんやりとですがね」
「ほぉ、それは初めて知りました」
「そしてこれまたなんとなくですが、少々不穏な空気を感じているのです」
不穏、というワードにオレも少し反応する。
アンドリューは話を続ける。
「気のせいだと良いのですが……。どうもよからぬ輩が暗躍しているように思えてならぬのです」
「それは……どんな?」
「わかりませぬ。本当に吾輩の気のせい、気の迷いかも知れません。ですが見当違いでなかった時はここの子供たちとセラルタ殿を守っては下さらぬか」
「もちろんです」
セイが答えると、アンドリューは満足したようにうなずいた。
そしてオレの方に顔を向けた。
いきなりこっち向くんじゃねえ。ビビったじゃねぇか……。
「シャントル殿もよろしければお願いいたします」
「お、おう……」
な、なぁに……身体が透けてるだけの人間と思えばどうということはない。
そう、この震えはちょっと肌寒いだけ。
怖いもんかよ!
……ていうか、なんでオレこんなとこにいるんだっけ?
そうだ、セイの調査とやらに着いてきたんだった。
「なあセイ、調査ってなにを調べてんだ?」
「悪魔がいるか調べてんだ」
「………………は?」
……オレの聞き間違いか?
今、悪魔って聞こえた気が……。
「悪魔って、あの悪魔か?」
「そうだ」
「一体いれば国が一つ滅ぶっていう、あの悪魔か?」
「そうだ」
「…………」
やめよう。
理解しようとするのはもうやめよう。
はやくベッドに入りたい。
オレが思考放棄している横でセイが口を開いた。
「さて、眠いし今日はもう帰るか。ほらシャル、帰ろうぜ」
「あ、ああ」
「?? どうした? なんで立たないんだ?」
「いや、その……腰が……」
「腰? 腰がどうかしたか?」
「腰が抜けてんだよっ! 察しろよバカ!!」
「ああ、それでずっと座ってたのか」
くっ……。
屈辱だがセイにおんぶしてもらった。
「うふふ、シャルちゃんまた来てね?」
「いつでも歓迎だぜ」
「我々はゴースト紳士。レディに失礼は致しませんとも」
「じゃあな、シャントル!」
アンドリューをはじめとするゴーストたちが別れの言葉を言う。
絶対に来るものか、とオレは心に誓った。