雇用
「…………で、おめぇさんはうちの娘がフラフラなのをいいことに無理やり契約書を書かせたと。そういうわけか? ああ?」
「いえ、その……軽はずみなことをしてしまったと……はい、反省しています」
「契約ってのはそんな軽~~く結んじまっていいのかねぇ?」
「自分でもどうしてあんなことをしたのか、ええ、不思議で……」
シャントルを救出してから一日が経っていた。
グリフォンを投げ飛ばしてから、俺はシャントルを背負ってルリと合流し無事に帰還したのだ。
彼女を肉屋に運び、彼女がうちのファミレスで働きたいと言っていると告げた。
のだが、光の速さで俺の計画が看破されてしまった。
そして今に至る。
せめてルリも道連れにしてやろうと「二人で考えました」と言ったのだが、ルリのキョトンとした態度からルリが無関係であることもばれ、こうして俺だけお叱りを受けているのだった。
「……まぁ、娘を助けてくれたのは事実だ。約束通り損害分の保証はしてやるし、これからもお前の店に肉を卸してやる。だが娘は働かせん。いいな?」
「はい……」
なんてこった……。
金より人手がほしいってのによぉ……。
「念のため言っておくぞ。お前は娘の恩人だから感謝はしている。だからお前とは優先的に取引してやる。だが娘には近づくな」
「わかりま「待ってくれ、父さん」
突然の第三者の声に頭をあげると、そこには赤毛の少女、シャントルが立っていた。
「父さん、オレ、そいつの店で働きたい」
!?!?
今何と言った……!?
働きたい? うちで?
これは好機だ! 絶対逃がすな!!
「ほらね? 娘さんがうちで働きたいっていったのが嘘じゃないってわかったでしょう? お父様も危険な冒険者なんてやめてほしいと思ってるでしょう。ですからーー」
「おめぇは黙ってろ!」
「はい!」
おやじとシャントルは無言で向かい合っている。
どちらも一歩も引かないカンジだ。
おらクソオヤジ、はやく折れろ。
でもなんでシャントルはうちで働きたいなんていってくれたんだろう。
ありがたいからいいけど。
「シャル……こっちに座りなさい」
おやじが促すと、シャントルは素直におやじの前に座った。
それでもしばらく無言の状態が続いた。
だ
シャントルの言葉でその静寂も破られた。
「父さん……オレ、最近冒険者として伸び悩んでてさ……」
「……そうか」
「それでさ、コイツといたら強くなれる気がするんだ!」
「はぁ?」
「信じられないかもしれないが、アイツは一人でグリフォンに勝ってるんだ。だから……だからアイツから強さの秘訣を学びたいんだ!」
「グリフォンを……アレが……??」
グリフォンは推奨レベルが60とそこそこ高い。
推奨レベル60というのは、60レベルの冒険者×4人のパーティでなんとか倒せるという強さだ。
ソロでいくならレベル75は無いとキツかろう。
冒険者の平均が40なのでグリフォンは十分強いモンスターである。
訝しむ視線を俺に送るおやじ。
そしてわずかに悩んだ後、おやじは「なるほど」と一言小さく呟いた。
「シャル、まだ疲れているんだろう。きっと意識が朦朧としているんだ。今はゆっくり休んでくるといい」
「違ぇよっっ!!」
反射的にシャントルが叫んだ。俺も叫びたかった。
しかしなるほど。
彼女は強くなるためにうちで働きたいと。
まぁ理由はなんでもいいさ。
「本当にアイツがグリフォンを倒したんだ! あ、いや、倒したかはわかんねぇけど、少なくとも追い払ったんだ! 頼むよ父さん、オレをあそこで働かせてくれ!」
「む、むぅ」
おやじは俺を一睨みした後(なんで睨んだの!?)、大きく息を吸って、
「わかった……」
と呟いたのだった。
………………
…………
……
翌週の紫の日(週の始まり。日本でいう月曜日と同じだ)。
シャントルが研修にわが『三日月亭』を訪れていた。
「シャントル君、よく働くと決心してくれた。俺は嬉しく思う」
「働くのはいいけどよ。そのかわり、休みの日にオレの修行に付き合ってくれ」
「あ~~……。うん、考えとく。さて、君は料理経験はあるのかな?」
「肉を焼くくらいならできるぞ。」
ふむ……。
たぶん彼女のいう料理は本当に雑な冒険者料理なんだろうなぁ。
いや、実際にやってみてもらった方が早い。
「ではここに150グラムの羊肉がある。軽く料理してみてくれ」
まずこれで最低限の常識があるか見よう。
羊肉の臭みをいかに消すかがポイントだ。
調理器具を珍しそうに一通り見た後、シャントルは鉄串に肉を突き刺した。
そのままコンロ(俺がこの世界で再現した)に薪をおいて火をつけ、フライパンも出さずに直に炙り始める。
(だ、大丈夫か……?)
俺の心配もよそに、彼女は炙り続ける。
「あちっ!」
鉄串が熱くなり、肉を薪の中に落としてしまった。
だがシャントルはその肉をすぐに拾い上げ、再び炙り始めた。
肉にはところどころ炭になった木片が付いている。
肉が焼け焦げると、彼女は満足そうに微笑み、皿にのせて俺の前に出した。
「出来たぞ!」
何が出来たんだ……? 魔物用のトラップか
真っ黒な、数分前まで肉だったものがテーブルに置かれる。
「食え!」
「食えるか!」
というわけでシャントルにはホールをお願いすることになった。
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