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剣と槍

「見事なお手並み、さすがですな。陛下」


 ガイアスがロザリーに馬を寄せる。

 誇らしげなガイアスだが、ロザリーの方はただただほっとしていた。


「なんとか、ね……」


 勝利を収めた後、ロザリーたちは兵を引き上げていた。

 いずれは王城に攻め入らねばならないだろうが今はその時ではない。


 現状の戦力では連戦は無理だ。


「それと例の件ですが……」


 ガイアスが小声でロザリーに耳打ちする。

 その言葉にロザリーはほっと胸をなでおろした。


「準備は整ったのね。……あとは予定通りに進めるだけ」


「しかしそうなると一番厄介なのは――」


「――剣聖、でしょ? 大丈夫よ。セイならなんとかしてくれる」


 ロザリーは表情を変えずに言った。

 さもあたりまえのことを言うように。


「私もサクリード殿の実力は(なら)ぶ者無し――無双であると信じておりますが……今回ばかりは相手もLv.400以上ですからな……」


「大丈夫よ」


 ロザリーの声には一切の疑問も不安も含まれてはいなかった。





 だがこの帰路についているこの瞬間。

 ロザリーにとって最大の誤算が訪れた。


 メーレ城まであと1kmというところでそれ(・・)は現れた。

 空から降ってきたのだ。


 ロザリーたちの行く手を遮るように。


「よォ、久方ぶりだな、お姫さん?」


 剣聖がドオォン、と乱暴に地面に降り立ったのだった。


「……ッ!?」


「陛下、お下がりください!」


 すぐにガイアスが前に出る。

 が、


「ふん……」


「ぬぅあ……ッ!?!?」


 剣聖は手をすこし払った。

 ただそれだけ。

 それだけでガイアスは吹き飛ばされた。

 魔法ではない。ただの風圧でだ。


「ガイアスっ!?」


「俺ぁお前に興味はないがな。お前を殺せば勇者(やつ)も本気を出しやすかろう」


 Lv.401の男がロザリーに近づいていく。


(……っ! …………ッッ!!)


 思考停止。

 心拍数だけが跳ね上がった。


 剣聖の奇襲。

 もしかしたら切り抜ける手段はあったのかもしれない。だがロザリーにそれを考える余裕はなかった。


 代わりに口から出たのは


「助けてっ!!」


 なんの策にもなっていない願いだった。


 そんなロザリーに、剣聖は無慈悲に剣を振りかざす。

 振り下ろされる剣。


「――ロゼ! 走れ!」


 ――ガキィィィイイッッッ!!!


 剣聖の剣は黄金の槍に受け止められていた。


「セイっ!?」


「走れ! いますぐここを離れろ!!」


 ロゼの視界に移った聖にはいつもの飄々とした雰囲気はない。

 纏う気配は歴戦の猛者のそれだ。


(セイが……いきなり全力なんて……!)


 聖は剣を受け流し、剣聖の上段に蹴りを入れる。

 剣聖はそれを難なく躱し横一文字に斬撃を叩き込む。


「ふっ!」


 横からの剣撃を聖は高跳びのように躱し、地面に槍を刺して支点を作る。


「だぁりゃああッ!!」


 そして再び蹴りを放つ。


「ぐおっ!?」


 まともに食らった剣聖はグランテ火山の7合目あたりまで吹き飛んだ。

 直線距離で約2km。一瞬にして常人からすればありえない距離まで吹き飛ばしてもなお聖は剣聖ジークから目を逸らさない。

 Lv.400を超える者にとってたった2km(・・・・・)など一歩で詰められる距離だからだ。


「セイ……どうしてここに?」


「メーレからスキルを使ってロゼのことを見ていたからな。おかげで寸でのところで剣聖の奇襲を防げた」


「そ、そう……」


「それより早くここから離れろ。巻き添えを食うぞ」


 ロザリーに背を向けたまま聖が言う。

 その槍を持つ手には力がこもっていた。


「……わかったわ」


 言いながらロゼは視界の端でガイアスが起き上がるのが見えた。

 彼も吹き飛ばされはしたがダメージはあまりない様だ。


「セイ、頼んだわよ」


「おう」


 ロザリーたちは走り出す。

 ロザリーたちが十分に離れたのを確認して、セイは地面を強く蹴り剣聖ジーク目がけて跳んだ。



 グランテ火山でジークは胡坐をかいて座っていた。


 その真横にセイは着地する。


「わからんな」


 胡坐をかいたまま腕を組み、剣聖は呟く。


「なに?」


「確かにあの小娘は稀有な才能は持っていよう。だがそれが我々にとって何になる? 我らほどの力を持っていればあの小娘も周りの雑兵と同じであろう」


 一億の力を持つものからすれば、1の力しか持たぬ者も100の力を持つ者も同じだと。剣聖はそういうことを言っていた。


「なぜあの小娘にこだわる?」


 その言葉に聖は、勇者サクリードは不敵に笑う。


「それはな、愛しているからだ!」


 ――瞬間、剣撃と槍突が交差する。

 ついに勇者と剣聖の頂上決戦は始まった。


 




* * *





 ジジルが討ち取られてすぐにベイル軍の伝令は馬を走らせていた。

 伝令は馬を変えながら一日走り続けた。

 彼は80km近い道をわずか一日で走破した。


「ジジルが討ち死に……!?」


 ベイルは呆然と立ち尽くす。


「くっ……まさかジジルが敗れるとは……! くそっ、ジークはどこへ行ったのだ……!! 勝手な行動しやがってぇっ!! どいつもこいつも役立たずばかりではないかっ!!」


「兵を小出しにするから敗れてしまうのですよ、陛下」


 後ろで手を組みながら王華騎士団の団長、ゲヘナーが言葉を発した。


「ゲヘナー……お前なら勝てるというのか?」


「無論ですとも。このゲヘナーに40万の兵を率いさせていただきたい。必ずや敵を一匹残らず討ち取って見せましょう」


「…………」


 ベイルは目を細める。

 すでにそこいらの定食屋をやっている平凡な元冒険者の男に負けているコイツをどこまで信用していいものか考えていた。


「貸せる兵は15万まで。それ以上は配下の貴族どもに借りなさい」


「……かしこまりました」


 全軍の指揮をさせないベイルに内心悪態をつきながらも、出撃できることに歓喜していた。

 

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