開戦
「申し上げます! 北方15kmより敵影確認。その数、およそ10万!」
メーレ城門付近。
偵察兵の言葉をロザリーは静かに聞いていた。
――ついに来た。
とうとう軍と軍との衝突である。
「よし。行きますか」
アーマーをまとったロザリーはまさに出陣せんとしていた。
「い、行くのか……? いきなりロゼが出てくことも無いんじゃないか?」
そして城で待機する勇者のほうがオロオロしていた。
「私が出ないと指揮采れないでしょ。大丈夫よ、負けないから」
あわあわしている勇者をよそに、女王は馬にまたがる。
* * *
メーレからの進軍後、1時間。
グランテ火山麓にて両軍は衝突した。
両軍間の距離は現在250mほど。
ベイル軍10万に対し、ロザリーの軍勢はわずかに3万。
ベイル軍は歩兵を主体とした隊列を組んでいた。王華騎士団副団長のジジルを総大将に両翼に騎兵を5000ずつ、中央に主力の歩兵を8万、後方に弓兵を1万配置していた。
一方でロザリー軍は移動砲台による砲兵(砲台35門)、弓兵、歩兵を順々に組んだ隊列を組んでいた。そしてベイル軍同様に両翼に騎兵を展開した。
ベイル軍最後方、ジジルは笑っていた。大笑いだ。
「なんだ敵のあの薄い隊列は!? これは30分もあれば壊滅させられるぞ! 女王は政治は多少学んでいたようだが、戦はずぶの素人ではないか!!」
確かに、歩兵を深く組んだベイル軍の隊列は近接戦になったときの破壊力は大きい。すなわち、ベイル軍はただ正面を叩くだけで勝ちが見えるのだ。
一方、ロザリー軍最後方のロザリーは表情を一切変えず、鋭く敵軍を凝視していた。ただ見ているだけではない。周囲の風景や木々の高さなどから遠近の比率を割り出し、敵軍との距離を正確に測り続けていた。
そして敵軍の歩兵2割が『砲台射程』に入った瞬間――
「――全門、放てぇッ!!!」
ロザリーの合図とともに一斉に砲撃が開始される。
こうして戦いはロザリー軍の砲弾によって火ぶたが落とされた。
「ぬうっ!?」
悠々と構えていたジジルの耳にも砲撃の音が響き届く。
「ぐあぁっ!」「ぬぁっ……!!」
「うおあぁぁぁああぁぁっっ!!」「ぐほぁっ!?」
ベイル軍の歩兵が次々と砲弾に倒れていく。
「ぐっ……! 弓兵! なにをしている! すぐにやり返せっ!!」
指揮官ジジルは弓兵に指示を飛ばすも、隊列後方に配置されていた弓兵は即座に反撃は出来なかった。前衛に移動する必要があった。
そしてその移動時間は致命的だった。
この間、ロザリー軍は大砲の再充填のために砲兵が後退し、入れ替わるように弓兵が前にでた。そして一斉に層状射撃を開始する。
それはちょうどベイル軍弓兵部隊が前衛に揃った瞬間に矢の雨が降り注ぐようなタイミングであった。
「ば、ばかな……っ!」
ベイル軍は前衛に弓兵を出して早々、半数近くの弓兵を失うこととなった。
それでも元々の兵力差により数ではなおベイル軍の弓兵の数の方が多い。
「落ち着け……! 出鼻は挫かれたがまだこちらの優位は変わらん……。弓兵同士の応酬戦ならこちらが押し切れる!!」
ジジルは焦る心を何とかこらえ、自軍に檄を飛ばした。
――だが。
「騎兵隊、前進突撃せよッ!!」
弓矢の応酬になったところを見計らい、ロザリーは騎兵を両翼より出撃させる。
正面の矢の飛び交う場を避けて両サイドから騎兵が近接する。
近づかれては弓兵は無力である。
「がはっ!」「ぐふぁッ!?」
瞬く間に多数の弓兵が蹂躙されていく。
「くそっ! こちらも騎兵だ! 出撃せよっ!!」
ジジル軍も騎兵を動かす。
が、逆にロザリー軍騎兵部隊は後退を開始。
「む? 騎兵を下げたか……。騎兵を失うのを恐れたか?」
ジジル軍騎兵はこれを追撃する。
――それがロザリーの術中であるとも知らずに。
「砲兵、前面へ!」
砲弾の充填が完了したのだ。
移動砲台、35門が一列に並ぶ。
「しまった……!! 下がれ! 騎兵隊、下がるのだっ!!!」
ジジルは慌てて指示を飛ばすが時既に遅し。
多数の砲撃がベイル軍の騎兵を襲う。
砲弾によりベイル軍騎兵隊は瓦解。
一部が逃走を開始した。
「おのれぇ……!!」
ギリリ、とジジルは歯を食いしばる。
ロザリーは騎兵、砲兵、弓兵の相性を重視していた。
機動力があり近接戦に強い騎兵。
破壊力があり遠距離戦に強い砲兵。
連射が効き、遠距離で強い弓兵。
どの兵にも強みと弱点がある。
だからこそロザリーはこの三兵のローテーションを作る戦略を取った。
のちにこれは『三段兵戦法』と呼ばれる戦法となる。
「ぐうぅっ……! 小娘と侮ったか……っ!!」
ベイルはここで初めてロザリーを脅威と認めた。
そのうえで……ジジルは戦術を捨てる。
「……全軍前進せよ」
ジジルは数で圧倒することを選んだ。
そしてそれはこの場合、確かに最善の策であった。
「ぐああああっっ!」「ぎゃあああっ!!」
多数の損害を出しながらもベイル軍は前進続ける。
死する自軍兵を見ながらもジジルは冷静さを取り戻していた。
「距離を詰めれば砲兵と弓兵は役立たずだ。歩兵で圧倒できる」
ジジルの判断は間違っていない。
事実、敵の損害を度外視した前進をみてロザリーは初めて焦りの表情を作った。
「……まずいわね」
現時点でベイル軍の損失2万、逃走5000。ロザリー軍の損失は1000であった。
ここまではロザリーの圧勝だが軍の主力同士がぶつかればロザリーは簡単に押し負ける。
「撤退! 全軍撤退!!」
判断は早かった。
ロザリーは自軍優勢にもかかわらず、敗走を始めた。
「よし……! 追撃だ! 腰の抜けた奴らを蹴散らせっ!!」
好機ととらえたベイル軍の追撃が始まる。
砲兵のいるロザリー軍とそれのないベイル軍では移動速度は大きく異なった。
わずか30分、ベイル軍は両脇を山に囲まれた峡谷に入ったところでロザリー軍をとらえた。
「追いついたか! 勝利は目の前だ! 敵を蹂躙せよ!!」
ジジルの号令が山に反響する。
ロザリーは焦った表情を作っていた。
自軍の兵士たちにも焦っている雰囲気を出すように指示していた。
――いかにも本当に敗走しているように見せかけるために。
突如、敗走する軍の先頭を走っていたロザリーは旗を高々と掲げた。
瞬間、敵に背を向けていたロザリー軍が一斉に反転する。
「ぬっ!?」
ジジルの脳裏に不吉な予感がよぎる。
そしてその予感は的中した。
ジジルは最初から疑問だったのだ。
女王の主力となる戦力である『近衛騎士団』はどこへ行ったのか。
「うおおおぉぉおおッッ!!!」
ジジルの耳に轟声が飛び込んだ。
山だ。声がしたのは山からだ。
「グランテ火山より伏兵を発見!」
兵士よりジジルに最も聞きたくなかった報告が入る。
「やられた……。そんな……ばかな……」
呆然と力なく、ジジルは呟く。
その眼には5000の兵を率いて山を駆け下り、ベイル軍の後方に迫るガイアスが映っていた。
――逃走と見せかけて逃げ場のない峡谷に誘い込み、伏兵により挟撃する。
すべてロザリーの思惑通りだった。
挟撃されたことに加わり、猛将ガイアスの登場にベイル軍の士気は一気に低下した。
「ぬぅおおおぉぉおッッ!!!」
敵軍に突っ込んだガイアスが早々にジジルの首を跳ねる。
指揮官を失ったベイル軍は見る見るうちに瓦解していく。
――それはすなわち、ロザリー軍の勝利を意味していた。
戦いが終わったのはそれより1時間のことだった。
ベイル軍の損害は討ち死に7万、捕虜2万、逃走1万。
対するロザリー軍はわずかに討ち死に2000であった。
圧倒的な戦力差をひっくり返し、勝利を収めた。
ロザリーの初陣であるこの戦いは『グランテ麗の戦い』と呼ばれることとなる。後世でその無類の強さから『戦女神』の異名を取ることとなるロザリー・フィ・ヴァイツェンの記念すべき初戦であった。
* * *
ロザリーが無事に勝利を収めている裏ではもう一つの戦いが起こっていた。
王都からのベイル軍進軍に合わせて、南方よりギオリア侯爵の軍勢がメーレに強襲をかけていた。ロザリーはそれも考慮し、防衛として1万5000の兵をメーレに残してきたのだが……。
「ロザリー大丈夫かな……」
メーレの南門の前にはそわそわした勇者がいた。
セイはふぅ~と緊張を落ち着けるために息を吐く。
――目の前に倒れ伏す5万のギオリア侯爵軍を見ながら。
全滅。
完全な意味での全滅である。
逃走したものは一人もいない。
いや、正確には逃走出来た者は一人もいない。
敵軍全員が昏倒させれらていた。
死者はおろか、負傷を負った者さえいない。
ロザリーがベイル軍10万を相手取っている間、セイは片手間に5万の兵をたった一人で峰打ちで倒していた。




