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待機の英雄

 ロザリーが指示した矢文には目的が二つあった。


 まずはベイル陣営にすぐに出兵させること。

 これは相手に高度な戦略や訓練をさせないため。逆に言えば、こちらの策に嵌めやすくするためだ。


 文面を挑発的にしたのはそのためだ。


 そしてそれよりも重要な目的――それはあの狙撃そのものだ。

 どちらかというと文書のほうがおまけだ。


 こちらの狙撃能力を見せることで剣聖の動きを止めておくのが真の目的である。その意味では宣戦布告の文は『剣聖の足止め』というこちらの真意を悟らせないようにするためのカモフラージュである。


 剣聖と勇者の決戦。

 切り札と切り札――そのカードを切るタイミングをロザリーはこのやりとりで掌握したのだ。


「これで剣聖が前線に出てくることはないはず……」


 ふぅー、と長い息を漏らすロザリー。

 ――落ち着いて、冷静に。

 自らに暗示をかけるように頭の中で繰り返す。


(一手でも打ち間違えれば負ける。とにかく冷静に勝ち筋を見極めなくちゃね)


 ロザリーは次の一手へと動く。





* * *





ーーside 聖ーー



 俺はエルと一緒に城内をうろうろしていた。

 さっきまではガイアスと話していたのだが、騎士団の仕事とかでどこかへ行ってしまったのだ。


 代わりにロザリーのところに行ったら思考の邪魔だから出ていけと言われてしまったのである。

 結果としてエルに相手をしてもらっているのである。


「なんか……みんな仕事してるのに俺だけやることないんだよな……」


「シャルも戦いに備えて”きしだん”といっしょに鍛錬してる」


「あいつ、見ないと思ったら近衛騎士団に混ざってたのかよ……」


 ちゃんとやることをやっているシャントルに劣等感を感じてしまう自分がいる……。


「ところでセイ。なんで銀色?」


「ああ……【神格顕現】(これ)か……」


 ガイアスやロゼはセイ=カタギリと勇者サクリードが同一人物であると知っているのでいつも通りの黒髪の平凡な俺の姿でいいのだが、ここには俺と勇者の関係を知らない者しかいない。


 勇者としてここにいる以上、常に銀髪の姿でいるようにロゼに言いつけられているのである。曰く、勇者が目に見える状態でいるかいないかは士気にかかわるとのことだ。


「俺もあんまりこの格好は好きじゃないんだがな……ん?」


 ふらふら歩いていると重そうな木箱を運んでいるおっさんを発見した。

 汗を垂らしながらせっせと働いている。


 一人ではない。

 何人かのおっさんの集団だ。


「手伝うか?」


 俺が話しかけるとおっさんの一人がこちらを向いた。


「おお、これは勇者殿……と君は?」


「エル」


「える?」


 頭にハテナマークを浮かべるおっさんとそれをじっと無表情で見上げているエル。

 なかなか面白い絵面だ。


「エルとはこの子の名だ。訳合って私に同行してもらっている」


「ほほぅ……。勇者殿のお連れということはエル殿もただならぬお方なのでしょうな……」


 おっさんはエルに身構える。

 対するエルは……表情は変わらないがわずかに頬を上気させていた。


 大の大人に一目置かれたのが嬉しかったようだ。

 ま、おっさんの勘違いだけどな。


「それで、貴公らは何をしておいでか?」


「私はこの城の料理長をしているのですが、今はこの干し肉を食糧庫に運んでいる途中なのですよ。陛下からの指示で保存食を大量に準備せねばなりませんからな!」


「ほう」


 ……あれ?

 ロゼは短期決戦を望んでいたはず。

 なのに保存食を増やさせるというのは矛盾してないか? 

 いや、食料はあるに越したことはないだろうが……。


「しかしその加工が大変でしてな……この肉は加工に技術がいるのですよ。ですから調理に覚えのある者でないと加工できず、そういった者はそう多くはありませんから……」


「ねぇ」


「ん? 何ですかな?」


 エルがちょいちょいと料理長の服を引っ張る。


「私、”しぇふ”」


 待て。

 エルちゃん、ちょっと待ちなさい。


「なんと! そのお歳で料理人であられましたか!?」


「店を持ってる」


 持ってません。

 そのお店はエルちゃんのじゃありません。

 それは俺のお店です。


「すごい! すでに独立されていると……!」


 まずいぞ……!

 この展開はあまり良くない。

 だが料理長のおっさんは話をさらに悪い方へ持っていく。


「よろしければ我々の手伝いをしていただけませぬか?」


「ん」


「待つんだエル。料理長殿の邪魔になってしまうからやめておくんだ」


 というと、エルはぷくっと頬を膨らませてこっちを睨む。

 そんな顔してもダメです。おとなしくしてなさい。


「いえいえ! 我々もエル殿の手際を拝見したいですから邪魔などとは思いませんぞ!」


 余計なことを……っ!

 エルを他の人に任せるのは心配だ……。

 そして何よりエルでも働いているのに自分だけ穀潰しになるのはゴメンだ。


 ということでここは俺も仕事に就くのが最善の策と見た。


「……私も手伝おう」


「そんな! 勇者殿の手を煩わせるわけにはいきません!」


 ぐっ……。

 言い返す言葉が見つからん!





 そんなこんなでエルは城の料理人たちのお手伝いに行ってしまった。

 結局俺は仲間内でただ一人、やることもなく仕事もしてない奴になってしまった。


 

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