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宣戦布告

 それから2日の後、ロザリーは女王政府を立ち上げた。

 と、同時にメーレには各地に派遣されていた近衛騎士団の団員が続々と帰還していた。

 各領地を統べる貴族たちに協力を要請していた者たちだ。


 今、そのうちの一人がガイアスの前に(ひざまず)いていた。


「ヴィラン公爵家からの返答ですが……その……」


 ガイアスは使者役の騎士団員から手紙を受けとる。


「何々……『今代の王の正当性を(かんが)みるに、義はベイル王にありと見出すもの(なり)。よって此度(こたび)の令は受け難しとする。付け加えるは、先王殿下にベイル陛下の臣となることこそヴァイツェンの栄華をもたらすものであると進言申し上げる』……。要するに交渉は決裂か……」


 これでロザリーの要請を拒否した貴族は11家になる。逆に女王派を表明してくれたのはわずかに3家であった。


「くっ……! ベイルが優勢である今、こちらについてくれる者は少ないか……!!」


 ガイアスは顔をしかめ、手紙を丸めて暖炉の中に放った。

 そんなガイアスの側に歩み寄る者が一人。


「あまり経過は良くなさそうですね……」


「ああ、サクリード殿。特に中央の有力貴族の多くがあちら側についてしまったのが痛いですな。対してこちらに協力してくれるのは辺境貴族ばかり……」


「辺境……ですか?」


「ええ。陛下が辺境を優先して交渉に行かせたおかげもあってか、そのあたりの協力は得られたのですが……」


 その言葉に聖は頭を捻った。


「なぜ資金が豊富な中央からではなく辺境から交渉に行かせたのでしょうか?」


「中央はベイルの息のかかったものが多いと判断したのでしょう。その点、田舎はまだベイルの影響が薄いでしょうからな」


「なるほど……」


 と、口では言ったものの、聖はやはり腑に落ちてはいなかった。

 だがそれを考えても答えはでなさそうだったので別の話題に移ることにした。


「そういやぁウチの兵力ってどれくらいなんですか?」


「メーレにいるのが5万。うちの騎士団が200人中50人ですな」


「相手は?」


「……少なく見積もって王都だけで50万はいるでしょうな」


「はぁ!?」


 ベイルの方が多いとは思っていたがここまでの差は考えていなかった。


「これでも急いで集めたにしては揃っているほうですぞ」


「そ、そうかもしれないけど……」


 兵法など碌に知らない聖でもいかに劣勢かよくわかった。


 いかに兵士が強靭であったとしても倍の差を覆すことは難しい。

 それが10倍ともなれば、正面から戦って勝てる確率は天文学的な数値だ。


「俺が動けたら50万くらいなんともないんだがな……」


 聖の呟きはつまり、剣聖がいることでうかつに勇者の力を振るえないことを言っていた。


 もし聖が敵軍に特攻をかければあの剣士はすぐに飛んでくるだろう。聖としてはそれでも良かったのだがそうできない理由があった。『私が良いって言うまで何もしないで』とロザリーに止められているのだ。


(本当に勝てるんだよな……?)


 その疑問は誰しも感じていることだった。






* * *






 同刻、ロザリーとルリはメーレ城の天辺にいた。


「本当にやっていいの!?」


 ルリは神造級(ディヴァイン)武具(ウェポン)の弓、『シェキナー』を構えながら弾んだ嬉しそうな声で問う。


「ええ。お願いするわ」


 それに答えるロザリー。


 ルリは少し興奮気味にキリキリと弓を引いていく。

 そして。


――ヒュオン


 放った。

 矢は周囲の大気を巻き込み、螺旋回転しながら進んでいった。


 風圧は地面を、木々を、大気を抉っていく。

 神造級の弓とルリの能力があるからこそできる芸当だ。


 矢は一直線にある場所を目指していた。

 そして到達する。――80km離れた王城に。


――バキィンッ!!


「何だ!?」


 ベイルが座っていた王の間に突如として突風が吹き荒れる。

 カーテンはずたずたに引き裂かれ、絢爛な装飾が宙を舞う。


「ほう。素晴らしい射手がいたものだ」


 剣聖、ジーク・ランドハートは素手で矢をつかみ取っていた。

 その手からは摩擦による煙が上がっている。


「カカッ! 王よ、手紙だぞ?」


「なんだとっ!?」


 剣聖は文書の結ばれた矢をベイルに投げて渡した。

 ベイルは乱暴に矢から紙を解き、広げた。


「ぬうぅっ……!」


 そこには宣戦布告の意とベイルに対する反逆罪をはじめとする罪状が羅列されていた。

 その言葉はベイルを終始見下すような文面だ。


 簡潔ながらもベイルの神経を逆なでする。


「この私を罪人扱いするかっ!! 血筋だけの小娘の分際で……っ! 出兵だ!! すぐに出兵の準備をせよっ!」


 ベイルは控えていた兵士に命じる。

 それを見てベイルとは対称的に落ち着いた様子の剣聖が口を開いた。


「ベイル、俺も出るか?」


「いえ、貴方は私の側に控えていなさい。いつあの矢が飛んでくるかわかりませんからね……」


「そうか。まぁ俺は勇者(やつ)と戦えれば良い」


 ベイルは気づいていなかった。

 すでに自分がロザリーの思惑通りに動かされていることに。





………………

…………

……





 とある山道の途中。


 ベイル軍兵士たちと金髪の青年は向かい合っていた。


「……では賢者殿は陛下の令を受けないと?」


「もとより僕はガリウス帝国の人間だ。ヴァイツェンの内乱に関わるつもりはありません」


「……そうですか。残念です」


 その言葉とともに先頭の兵士が手を上げる。

 同時に兵士たちは剣を抜き、賢者に斬りかかった。


「すみませんね、賢者殿。脅威となりうる勢力は潰しておかねばならないのですよ」


 指揮官の兵士が淡々と告げる。

 ――だが賢者は、ヨハネスは表情を変えなかった。


「そういうのは慣れている――【ホーリーショット】!」


 ヨハネスの杖から細い光線が発せられる。


「ぐあっ!?」


 光線は一瞬で指揮官の足を貫いた。

 さらに一人、二人と足を貫かれていく。

 苦痛に顔を歪め、足を抑える兵士を冷たく見下ろしながらヨハネスは言葉を紡ぐ。


「たかが兵士数十人で『四聖』が一人、この賢者ヨハネスを打倒できると考えているのか? 失せろっ!!」


 ダンっ、と杖で強く地面を打つ。


「ぐっ……撤退! 撤退だ!!」


 指揮官の声を聴くなり、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 すべての兵士が視界からいなくなるのを確認し、ヨハネスは、


「……ふうっ! 死ぬかと思ったぞ……!!」


 言葉を漏らす。

 ヨハネスの身体からどっと汗が噴き出る。

 ヨハネスの実力ではあのまま戦いが続いていれば勝ち目はなかっただろう。

 

 ハッタリ。こけおどし。

 彼は兵士たちをハッタリで追い払ったのだ。


「しかし……剣聖と勇者が対立するとは。『四聖』の中でも武闘派のツートップの激突は興味がそそられるな」


 不格好な銘のない杖を握りしめ、賢者は修業の旅を続行するために再び歩き出した。


 先ほどの戦い、伝説級(レジェンダリー)の『グリットクロス』を使えばあんなハッタリのような脅しに頼らずとも制圧できたが彼はまだサクリード製の杖だけで戦っていた。


(死んでくれるなよ。勇者サクリードよ)


 険しい山道を慣れた足取りでヨハネスは進む。

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