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大脱出

 ――剣聖に勝てる。

 俺の言葉にロザリーは眼を閉じて「そう」と一言呟いた。


「貴方は戦いだけは天才だものね」


「だが、今回のことで俺にできることは少ないと思う。正直、剣聖の相手で手一杯だろうな」


「ええ。そこは大丈夫よ。剣聖以外の相手は私がする」


「できるのか?」


「もちろん」


 言い切るロザリー。

 そこには迷いがまったくない。


「やっぱりロゼはすごいな」


「え?」


「いや、なんでもない」


 まだロゼは18歳。

 一国の王としてはあり得ない若さだ。


 3年前、先代の国王であるロゼの父親が殺され、王位継承の優先順にしたがってロゼは王位に就いた。若さ故に舐められることもあったようだが、ロゼがその王としての能力を見せるにつれて次第に周囲も彼女を王として認めていった。


 もちろん、ベイルのようなロゼを王にすべきでないという勢力もあったとは思うが。


 彼女には王としての素質がある。

 カリスマ性と揺るがぬ信念。他国と渡りあう胆力。そういう勉強して身につくものじゃない先天的なものを持っていると俺は思う。

 

 俺だったら絶対に王様なんて務まらなかっただろうな。


「……な、なによ」


 感慨に浸りながらロゼを見ていたらじとっとした目で見返された。


「なんでもないって言ってんだろ。 よし、面倒な話はこれくらいにして飯にしないか? 俺が暴れたおかげで今は城も混乱してるだろうし、すぐに兵士たちがここを攻めてくることもないだろ」


「そ、そうね。……あの、その前にお願いがあるのだけれど」


「ん? なんだよ」


「お風呂と……あと服を借りてもいいかしら」


 




* * *





 風呂を済ませ、ルリの服を着たロゼが若干緊張した面持ちでリビングのソファに座っている。

 対面にはテーブルを挟んでルリ、シャル、エルの三人が不思議そうな顔をして座っている。


 当然の流れではあるが俺はロゼを改めて三人に紹介することにした。


「え~、こちらヴァイツェン女王のロザリーさんです」


「よ、よろしく」


 ロゼの言葉に三人は伺うようにしながら軽くお辞儀をする。


「こっちがウチの従業員で、黒髪がルリ、赤毛がシャル、茶髪ロリがエルだ」


「…………」


 奇妙な沈黙が流れる。

 なんというか全員が戸惑っているようだ。


 こういうときに一番に口を開いたのはシャルだった。


「えっと……本物、なのか? ……ですか?」


 なんとも言いなれてなさそうな敬語である。シャルの問いに「ええ」とロゼは短く答える。


「ただし正確には()女王ね。今はこの国の市民権さえないようなものだから敬語は要らないわ」


「…………」


 市民権がない、ということをさも何でもない事のように言ってのけるロゼ。かっこよくてキュンとしてしまう。


「その、なんでセイが女王様と知り合いなのか聞きたいんだが……?」


 シャルの声にふんふんと他二名も頷く。


「まあ、俺が前に王城で暮らしてた関係というかなんというか……」


 ロゼとの関係を話すと長くなるんだよな……。

 説明することに抵抗はないけど、いかんせん複雑で言葉にしづらい。と、俺が要領を得られないでいるとロゼが口を開いた。


「私がセイを勇者サクリードとして3年前に召喚したからよ」


「はぁっ!?」

「っ!?」


 唯一ルリは俺が勇者と知っているので驚いてはいなかった。


「マジかよ……。でも前にセイは勇者を許さない、みたいなこと言ってなかったか?」


「セイは勇者をやるのが恥ずかしいみたいなのよ」


「はぁ? なんでだ?」


「そ、その話はまた今度な。それよりもだ。俺とロゼはメーレまでひとまず逃げることにするんだが、シャルとエルはどうする? ルリはついてきてもらうしかないけどな」


 家がここしかないルリはともかくシャルとエルにはそれぞれ帰れる場所がある。シャルは元から住み込みじゃないし、エルも教会に行けば困ることはないだろう。


 ……とは言ったものの、できれば一緒に来てほしいところだ。俺の仲間ということで新王政に目を付けられていても不思議はない。


「一緒に行く」


 エルは即答した。

 殺されかけたこともあってか、王都に残るのは嫌なのだろう。


「ん~……親父に聞いてみないとな。ただできるならオレもセイ達について行きたい」


「そうか……」


 シャルの親父さん、俺のこと好いてはなさそうだからな……。シャルは王都に残ることになるかも知れんな。


 むぅ。

 どうするか。


 と、頭をひねっているといきなり店の戸がどんどんと強く叩かれた。


『オイ! 早く開けやがれ!』


 外からおっさんらしき声がする。

 こんな時に何だというのか。仕方なく俺は店の入り口に向かった。


 気配は一人、兵士ではなさそうだが……ん?

 そこにいたのはなんともタイムリーな人物だった。


「肉屋のおやじさん!?」


 外にいたのは汗だくで息を切らしたシャルのお父上であった。

 膝に手を当てて肩を上下させている。


「おい! お前なにやらかしたんだよっ!? お前の店に向かって騎士団の副団長さんが500人の兵士連れて行進してるぞっ!!」


「なんと……」


 あれだけ王城で暴れて大半の兵士を()したはずだが、生き残りの兵士を引き連れてこっちにきているとは。


「おめぇ状況分かってんのか!?」


「ええ、まぁ。これはまあいろいろと事情がありまして……」


 大事な娘を預けている店が犯罪者とあってはたしかに気が気ではないだろうな。面倒だが説明するしかあるまい。と、思ったのだが親父の考えていることは俺の予想とは違っていた。


「理由なんざ聞いてねぇよ! なんで俺がわざわざ走ってお前の店に来たと思ってんだ!」


「え?」


「逃げろって言ってんだよ!」


 これは驚いた。

 てっきり娘を返せとか兵士に突きだすとか言われると思っていた。


 親父はなんと俺たちの心配をしてくれていたのだ。それでわざわざ必死に走って兵士のことを伝えに来てくれたのか。


「わかりました。すぐにでも王都から逃げます。それで、シャントルさんのことは……」


「シャルを守ってくれ。今の王は暴君だ。そこらじゅうで無実の人が処刑されてるのをみたぜ。こんな危ない所にシャルを残してはおけん。それに悔しいが俺よりもお前の近くの方が安全だからな」


「親父さん……」


「お前に親父と呼ばれる筋合いはねぇっ!! ともかくだ。シャルを連れてとにかく逃げてくれ。……頼んだぞ」


「……はい」


 親父さんはそれだけ告げてきた道を引き返していった。

 うむ。頼まれてしまっては仕方がない。


 シャルも一緒にメーレ行きが決まった。時間がないのでエルも連れていくしかない。


 俺は家に入ると同時に四人に告げた。


「おーい。全員外に来てくれ」


 言われるがままに皆が外に出る。


「お父さんどうしたの? またなんか問題?」


 キョトンとルリが首をかしげる。


「ああ。全員動くなよ」


 俺の言葉に皆わずかに緊張する。

 親父が去ってから十分と経ってないがもう兵士の足音が聞こえてきた。親父の言っていたことが本当だと証明されてしまったわけだ。


 だがある程度近づいてきたところで足音がぴたりと止んだ。その代わりに声が飛んでくる。


『全員構え! 放て!!』


「むむっ!?」


 市街地だというのにお構いなしに無数の火炎弾が弧を描いて飛んできた。三日月亭だけじゃなく、周辺の家ごと焼きつくすつもりらしい。


 俺は火炎弾群に向かって両手をかざす。


「【ボルテックバースト】!!!!」


 【ボルテックライナー】の上位互換スキル、【ボルテックバースト】を放つ。

 極大の雷光の帯が俺の両手から飛び出し、火炎弾を飲み込んで天を貫いた。

 そして直後に火炎弾のあった位置から大量の黒煙が上がる。


『なにごとだ!』

『バカな! 敵は近接型の冒険者のはずだぞ!』


「さてと」


 エルとロゼを両脇に担ぐ。


「ルリ、シャル、俺の身体のどっかに掴まれ!」


 二人とも状況に目を丸くしていたが、すぐに俺の言った通りに動いた。ルリは俺の首に手を回すようにして、シャルは俺の腰にしがみついた。


「行きますか!」


 ドンと地面を強く蹴る。

 黒煙に紛れての大ジャンプである。


 ゴオォォォォォ――――


 強烈な風の抵抗を受けながら一気に上昇する。


 俺の王都脱出作戦。それはメーレまで文字通りのひとっ跳びである。

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