帰宅
我らが三日月亭に帰宅すると、三人が一様に不安そうな顔をしていた。
「お父さん……」
「すまん、まずいことになった」
俺が言うとルリは顔を伏せ、シャルも天を仰いだ。
「セイ……」
シャルの覇気のないような声がやけに耳に響く。やっぱりコイツらも不安だよな。いきなり兵士が押しかけてきたんだから――
「お父さんが……女の子を攫ってきた……」
「セイ……その…そういうのは……さすがに……」
「誘拐」
「ち、違う!!」
三人は一様に不安そうな顔をしていた。不安そうな顔で……ボロボロの服を着て俺に抱えられている女の子を見ていた。
俺は城でのことを話した。
新国王になったというベイルのこと、そしてLv.400以上になった剣聖のことを話した。そしてその時に地下牢に捕らわれていた前国王であるロザリーを助けたことを言い、自分が誘拐犯ではないことを力説した。
どうして仲間に自分が犯罪者でないことを必死に説明しなきゃいけないのか疑問に思ったが、あまり深く考えないようにした。
「とりあえずコイツを休ませる」
「それはいいけどよ……これからどうするんだ?」
シャルの言わんとすることは理解できた。
兵士を倒してしまった以上は王国と敵対したのと同義だ。だから、この王都にいるわけにはいかない。そういうことを言ってるんだろう。
「それはまた考える。まずはロザリーを回復させるのが先だ」
家に入り、ロザリーを俺のベッドに寝かせた。その後、地下室から持ってきたエリクサーをすこしだけ飲ませた。
三人はロザリーをベッドに運ぶまではついてきて、俺の後ろから彼女の様子を見ていた。だがしばらくして、気を遣ったのかはわからないが三人とも俺の部屋から静かに出ていった。
ベッドに横たわるロザリーを見ながら考える。
俺はどうするのが正解だったのだろうか。
剣聖のことも問題だが今一番気にするべきことはロザリーのことだ。
「んぅ……ん……」
ロザリーの手がかすかに動いた。
そしてゆっくりと瞼を開け、彼女の蒼い瞳をのぞかせた。
「おはよう、ロゼ」
「セ……イ……?」
「ああ」
「セイ……。セイ……!!」
「迎えに行くのが遅くなってすまなかった」
ぼんやりした眼が徐々にはっきりとしていってるようだった。ロザリーはベッドから身体を起こし何度か俺の名前を呼んだかと思うと、ガバッと抱きついてきた。
「やっと来てくれたのねっ!? もう、もう!! ずっと……ずっと待ってたのよっ!!」
「ごめん」
「うぅっ……ばかぁ……っ」
彼女のしがみつく力が強くなる。
ロザリーが落ち着いたのはそれから10分以上経ってからだった。
「……ごめんなさい。もう大丈夫よ……あっ!」
落ち着いたと思ったら今度はバッと俺から離れて距離を取った。ベッドの上の壁ぎりぎりのところ、俺から最も離れた位置まで遠ざかる。
「……どうした?」
「い、いえその…………お風呂も入ってないし髪も整えてないし、もしかしたら汗臭いかもだし……」
小声すぎてよく聞こえなかったが……たぶん嫌われたわけではなさそうだ。
回復したてのところで悪いと思いながらも俺は今後についての話を切り出した。
「さっき俺は勇者として王国との対立を宣言してきた。ロゼはこれからどうする?」
「えっ!? あ、ああ……そうね、隣町のメーレへ行きましょう」
「メーレ? どうしてメーレなんだ?」
メーレはグランテ火山の近くにある中規模の都市だ。ここ、リールベンとは70kmほど離れているが、どうせならもっと遠くまで逃げた方がいいんじゃなかろうか。
「セイは『近衛騎士団』が解散させられたのは知ってる?」
「らしいな。この前ガイアスさんに会ったばっかりなのによ。それに代わって今は『王華騎士団』ってのが軍の中核だっけか」
「そうよ。解散させられた『近衛騎士団』の騎士へは辺境への開拓に従事するようベイルから指令が下ったわ」
「ふむ……」
「『近衛騎士団』は元は私の私設部隊だから新政権としては何としても解体したかったでしょうし、そこは予想していたわ。だからあらかじめ『近衛騎士団』のメンバーには各地に散らばる振りをしてメーレに集結するよう指示をしておいたの。幽閉される前にね」
「はぁ、なるほど」
このあたり抜かりないのはさすがロザリーだ。ロゼは俺よりはるかに頭が回る。
「私はメーレで女王政府を立ち上げる。そしてメーレを拠点にベイルと戦争をするわ」
「……え?」
一瞬理解できなかった。
ごく自然な流れでロザリーはとんでもないことを言った。
「せ、戦争って……勝算は……あるんだろうな、ロゼのことだから」
ロゼは決して無謀なことをする人間ではない。そして一度決めたことを曲げる奴でもない。
「その策はまた後で聞くとして……そもそもどうしてベイルが王になることになったんだ?」
俺は最初からそこが疑問だった。
ロゼは知略で負けるようなタイプではないし、ベイルにそんなカリスマ性があるようには感じられなかった。
というか、ロゼが叔父であるベイルと対立していたのを今回初めて知った。
「……ベイル叔父様は前から王座を狙っていたのよ。3年前、私が即位した時も猛反対していたわ」
「でも、ベイルに周りの貴族連中やらを言いくるめて自分を王にさせられるほどの頭があるとは………ああ、そこで剣聖の力か」
「ええ。運よく剣聖と手を組めたベイルは武力で強引にのし上がってきたのよ。すこしでも反発する可能性のある人は反逆者として難癖をつけられて処刑されているわ」
それは……身に覚えがある。というか、ついさっきのことだ。
ロザリーの言い方だと俺たち以外にも冤罪を食らった人たちがいるみたいだ。
「しかし……う~ん……俺もさっき反逆罪とやらを突き付けられたんだがベイルはセイ=カタギリと勇者サクリードが同一人物だと知っていたのか? いや、だとしてもむやみに勇者を攻撃する理由がないか……」
ますます反逆者扱いされた理由が分からなくなる。
「きっと違うわ。ベイルは私と関係があるとみなした人をしらみつぶしに処刑しているんだと思う。ほら、セイにはこの国に定住するときに市民登録でちょっと口利きしたから」
なるほど……。
確かに偽装スキルなんていっさい持っていない上、経歴不詳な俺は最初役所に定住届を突っぱねられた。そこで申し訳ないがこっそりロザリーに口利きをお願いしたのだった。
「どこからかその情報を知って、私と交友があると見なした。それであなたのお店に兵を向けたのでしょうね」
なんとも迷惑な話だ。
『治安を守るため』という正義の名のもとに気に食わない奴を殺していく。絵にかいたような圧政じゃないか。
「だいたいの事情はわかった。あと、もう一つ言っておかないといけないことがある。剣聖が【詠唱魔法】を実行した」
「え、【詠唱魔法】ですって!?」
「ああ、眼が魔神と同じものになって、レベルも400以上になっていた」
「そんな……」
ロザリーはじっと虚空を見つめ、考える。
「セイ、詠唱文は覚えてる?」
「詠唱文? えっと……傲慢がナントカで……死した力を宿す……とか言ってた気がする」
「魔神の眼……死した力……宿す…………」
俺の言葉を繰り返しながら、ロザリーはあごに手を当てて考えていた。
【詠唱魔法】の効果は詠唱文からある程度推測できるという。そうすると俺にも剣聖の【詠唱魔法】がどんなものなのかなんとなく気づいた。
「おそらく既に死んだ存在の力を自分の力に加算する能力ね。つまり、剣聖は貴方が倒した魔神の力を元々の自分の力にプラスさせたということでしょう」
「それでLv.400超えか……」
俺が呟くとロザリーがじっとこっちを見つめた。
真剣な眼差し。「これから大切なことを聞く」というのは俺でもすぐにわかった。
「……率直に聞くわ。セイなら、勇者サクリードなら今の剣聖ジークに勝てる?」
俺は少し沈黙する。
わずかに考えたあと、口を開いた。
「見栄を張らず正直に言わせてもらう。このままなんの対策もせず俺が剣聖に挑んだとしたら――」
「――俺が勝つだろう」




