剣聖という男
聖はわき目もふらず城の床を破壊し突き進んだ。
実際にかかった時間はわずか3秒、だが聖にとっては大きな3秒だった。
聖は地下牢にたどり着く。
そして、
「――――!」
言葉を失う。
ベイルの言った通り、女王ロザリー・フィ・ヴァイツェンは地下牢にいた。両手を枷で無理やり上げさせられている状態で。
意識は無く、手だけでなく足にも枷がはめられている。見るからに憔悴していて、服もボロ布という有様だった。
「お…俺は……今まで何を……してたんだよ……」
ギッと歯を食いしばり聖は俯いた。
襲ってきたのはもはや怒りではない。後悔だ。
あれほど助けてもらっておきながら、いざという時に自分はこの少女を救えていなかった。その窮地に気づくことさえなかった。自責の念に駆られながらも聖は立ち上がって、槍で地下牢を破壊していく。
少女、つまりロザリーのもとに行き、鎖や枷を壊していく。
未だ目を閉じたままの少女を抱きながら。
* * *
聖が地下牢へ向かったとき、玉座の間では……。
「なんとかやり過ごせましたが……剣聖殿。あの体たらくはなんです?」
ベイルの見立てでは城の中という狭いフィールドにおいて、勇者と剣聖の力は拮抗するはずだった。だがどうだ。剣聖は勇者の足元にも及ばないではないか。
「これでは貴方を呼んだ意味がないですよ、剣聖ジーク」
「……黙れ」
「黙れって……口だけの貴方に言われてもね」
「黙れと言っているッッッッッ!!!!!!」
「ッ!?」
「この俺が……負けていいはずがないんだッ!」
ジークは剣を高々と振り上げると床に向かって勢いよく振り下ろす。
何度も、何度も振り下ろす。
……ギィン! ……ギィン!
そのたびに耳を裂くような金属音がこだまする。
「ハァッ……ハァッ……クソォッ!!!」
ただならぬ様子の剣聖の姿をベイルは息を飲んで見ている。
剣聖ジークはこれまで敗北を知らず、ただ強さのみを身に着けてきた。故に平和やら正義やらのために戦っているなどと言われている勇者に破れるとは思いもしなかった。
『強くなるために戦う』――。それがジークの生き様だ。
一度として負けることは許されない。
そう思って生きてきた。
それが勝負にもならず、惨めな敗北を喫した。
プライドを穢された――どころではない。ある意味、生きる意味を否定されたのに近い。強さ以外のことにも目を向ける勇者が、強さのみを追う自分を簡単に打ち負かすなんてあっていいはずがない。
「俺が……この俺が……」
――最強でないわけがない。
その想いは強い衝動となる。
「――『二度とは来ぬ。』」
不意に出たその言葉は城にいるすべての存在に届いた。無論、地下にいる聖にも聞こえていた。
「『我が傲慢は晩鐘を呼び、』」
「『今、――――』」
* * *
「なんだこの声は……?」
ロザリーを抱えて城を出ようかとしていた時、脳に直接響くように聞こえてきた声。
聖はこの現象に心当たりがあった。
「まさか、【詠唱魔法】か!?」
発動させるだけで歴史に名を刻められる大魔術。それが【詠唱魔法】である。
発動方法、詠唱文はともに不明。唯一、魔法の行使者だけにそのフレーズが浮かぶ。
たった一度きりの使い切りの魔法で、発動させた本人にもその魔法の効果は予期できない。また、過去に発動された詠唱魔法はすべて異なった現象を起こした。
だがその効果は絶大で一般的なスキルとは全くの別物だ。
そして詠唱魔法の発動には共通する条件がある。まず一つ、激しい情動が必要であること。そしてその魔法は必ず――歴史のターニングポイントで起こる。
――『今、死する力を宿し賜う。』
最後の一節が終わる。
「なんだ……? 一体何が起きようとしている……」
呆然とする聖。
だがその思考はすぐに放棄させられた。
「ッ!?」
高速で近づいてくる殺気。
途端、爆風。
「ぐっ!?」
突然の衝撃に、聖は背中を壁に打ち付ける。
わずかに遅れてその爆風が熱を帯びたものだと気づいた。
「フハハハッ!! 力だ!! あふれるような強さだ!! やはり俺は最強であるか!!!」
風が止み、聖の双眸がとらえたのは白銀の眼を宿した剣聖の姿だった。瓦礫の山の上に立ち、剣を掲げているその姿はまさしく剣の王。
外見で変わったのは眼だけだ。
だが内面はもはや先ほどまでの剣聖ジークとは別物だと聖は直感で理解した。
(【アナライズ】!)
――――――――――――
《ジーク・ランドハート》Lv.401
第一職:異形の剣
第二職:二刀剣士
――――――――――――
「…………マジかよ」
聖が思わず声を漏らす。
レベル、オーバー400。それはまさに異常としか言いようがなかった。
聖でLv.300、かつて聖が討った魔神もLv.300である。
さっきまでたかが130程度だった剣聖のレベルが急上昇している。
(詠唱魔法……えげつなさすぎだろ!)
焦る、焦る、焦る――。
だがそれを悟られてはいけない。表情を崩さないようにしながら聖はジークと向き合う。
「なぁ勇者よ。先ほどの続きをやらんか?」
「私と再び戦う、と?」
「いかにも。次は遅れを取るまい!」
意気揚々としたジークとは対照的に聖は手に汗を握っていた。
今二人が本気で戦えば瞬時に王都は更地と化す。加えて、意識のないロザリーを抱えた状態ではさすがに聖に勝ち目はない。
「いいだろう。だがこの状況は万全とは言い難い。故にふさわしい場での再戦を望む」
聖が取った手は戦略的撤退だった。
どうあれ、ここは引くしかないのはだれが見ても明らかだっただろう。
「ふむ。確かにそのような荷物を持ったままの貴様に勝っても最強とは言い難いか……」
ジークは肩に剣を置き、白銀の眼で斜め上を見ながら思考する。
「いいだろう! 貴様とは最高の戦場で決着をつけようではないか!!」
「…………」
聖はジークに背を向け、城を脱出する。
ジークは決して追わず、その姿を快活に笑いながら見ていた。
「フハハハハッ!! 血が滾る! 必ずや貴様を打ち倒そうぞ!!」
ジークが背に投げかけた言葉に、聖は何も言い返さずその場を去る。
「あの眼、俺はアレを知っているぞ」
聖は城から遠ざかりながらぼそりと呟く。
「忘れるものか。あの白銀の眼光は――魔神のものだ」
――退却を余儀なくされた勇者は平民区の三日月亭へと急ぎ帰る。
反逆編冒頭の勇者召喚も詠唱魔法です。




