表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/38

怒髪天を突く

――3年前――


「ハァッ…ハァッ……ッ!」


 少女は逃げていた。ろくに走ったことのない足で懸命に逃げていた。土や砂に足をとられそうになるたびによろけ、追手との距離は着実に小さくなっていた。

 

 王族だから暗殺の危険があることは知っていた。

 しかしそれがどれほどに恐ろしいものかを知ったのはまさにこの瞬間だった。


 煌びやかな白いドレスは自分を庇った従者の血で濡れていた。


「いたぞ! あそこだっ!!」


 数十人の兵士が地響きのような音を立てて向かってくる。市街や王城とは離れた大地。土が舞い、草花は兵士の疾走で散らされていく。


 誰かもわからない男たちの声が響く。

 怖い。

 剣が怖い。敵の男が怖い。兵士が怖い。――死ぬのが怖い。


「助けてお父様! お母様ッ!!」


 声を出せば敵に見つかる、なんていう単純なことも考えられなくなるほど少女は追い詰められていた。少女は走ることを止めてその場にうずくまる。

 ぎゅっと目を瞑り、ただ願った。


「誰かっ……助けてよぉ……ッ」


 自分を助けてくれる英雄が現れるのを願った。


「……『神聖なる宵の狭間――』」


 気づけば少女はいつか読んだ勇者の伝承の一文を口ずさんでいた。だがそうしているうちに兵士たちは少女すぐ近くまで来ていた。


「『月の輝きに導かれ――』」


「その首もらったァッ!!」


 少女の真横にまで来た兵士の一人が少女に向かって剣を振り下ろす。


「『――彼の勇者来たれり』」


 剣が当たる直前、少女の目の前の地面に銀色の魔法陣が浮かび上がりまばゆい光を放つ。そして少女は見た。光の中から誰かが現れたのを。


「ごはっ!?」


 ドッ、という音を立てて兵士が吹き飛ぶ。さらに続けて他の兵士たちも後方へ吹き飛ばされていく。そしてすべての兵士が蹴散らされ、一人の銀髪の青年だけがそこに立っていた。黒いマントを纏い、威風堂々とした出で立ち。少女は不思議と安心感を得た。


「我が名はサクリード。武神の力を宿しこの身を()って世界を救いに来た。さて、私を召喚した神秘を(つかさど)りし巫女は貴女か?」


 青年の持つ美しい金色の瞳はまっすぐと少女を射抜いていた。





* * *




――現在ーー


(はぁ~~仕事めんどくせぇ~働きたくない~)


 収穫祭のお祭りムードもようやくなりを潜め、だれもがあわただしく日常を謳歌していた。三日月亭も今日は通常の営業日である。


 開店前の時間を使って聖は広場の掲示板へと向かっていた。

 従業員も確保できたので求人張り紙を剥がすことにしたのだ。


「結局、張り紙しても意味なかったな。無駄に掲示料だけ取られちまったか」



――――――――――――――――

  『三日月亭』

ホール・キッチンスタッフ大募集!


・時給1000ベール

・まかない付

・初心者歓迎


《お仕事内容》

キッチン:調理

ホール:注文受け、配膳


アットホームな職場です!男女問わず大歓迎!

気になった方は是非三日月亭までご連絡を!


――――――――――――――――


 ぼやきながら勢いよく張り紙をビリッと剥がす。

 紙をくしゃくしゃと丸めていると耳に近所の住人たちの会話が飛び込んできた。


「ねぇ聞いた? 政権交代ですって!」

「らしいわねぇ。なんでも女王陛下が退位為されて叔父のベイル様に王位を譲るって宣言したとか」

「女王様もお若い方だし、王様の仕事は荷が重かったのかしらね」

「まあ王様が代わっても私たちはいつもどおりよね」

「ベイル様は『市民の安全を第一とした(まつりごと)を実現する』って宣言していらっしゃったし、きっと女王様も望んで退位されたのだわ」


 …………。


『女王陛下の危機である、とだけ言っておきます』


 先日のガイアスの言葉が聖の頭をよぎる。

 何が正しいかわからない今は、何もしないのが正しい。そう考えた聖だが同時にそれでいいのかという思いが常に頭に残った。


 悶々とした気持ちを抱えながら聖は店に戻った。

 




「……なんだありゃ?」


 ――だが展開は実に急なもので、考えてから動く、なんて甘いことは許してくれなかった。

 店の前には数十人の兵士が規則正しく整列していた。


 ルリとシャルが険しい顔をして兵士たちを睨んでいる。エルは縮こまってルリの後ろに隠れている。

 

「あの~、うちになんか用ですかね?」


 聖が声を出せば兵士の中で一人豪勢な鎧に身を包んだ男が答えた。


「貴様がセイ=カタギリか?」


「はい、そうですが……」


「貴様には反逆罪の嫌疑がかけられている。貴様を連行させてもらう。抵抗した場合はその場で切殺すことも許されている」


 聖のは表情を崩さないように、なんとかこらえた。

 反逆罪。

 身に覚えがない。なさすぎた。


「えっと、なにかの間違いでは?」


「貴様が敵国の間者である証拠はいくつも挙がっている。しらをきるなら抵抗とみなしここで切ってもいいんだぞ?」


「なっ……!?」


 普通じゃない。あまりに横暴だ。彼らに聖の話を聞く気はまるでなかった。

 彼らが言っているのは『罪を自白しなければ切り殺す』って言ってるのと同じである。


「じゃあ、敵国ってどこですか?」


「それはここでは言えん。それにそれは貴様が一番分かっていることだろう」


「ならその挙がってる証拠を教えてください」


「機密情報だ。開示はできん」


 聖にはふつふつと苛立ちが募っていた。

 何一つ具体的な情報が示されぬまま、『反逆者だ』と言われて納得できるはずがない。だいたい、ヴァイツェンは敵対している国なんてないはずだ。


 だが一つ分かったことがあった。


「この国はだいぶヤバいってことだな」


「なに……? なんの話をしている」


「いえ別に。それよりお前、名前なんて言うんだ」


「”お前”だと?……貴様、平民風情がたいした口の利き方だなぁ。ええ? まあよい。どうせ貴様は死ぬのだからな。私は新国王たるベイル陛下が側近、『王華騎士団』団長のゲヘナー・ヴィ・アルドルドである」


「そうかい。そりゃあお偉いこったな」


「いくら死ぬとはいえ、その前に多少は灸をすえてやるか。……おい」


「はっ」


 ルリの近くにいた兵士が突然エルの首を掴んで持ち上げた。


「えっ、えっ?」


 急なことに戸惑うエルをよそに兵士はエルを掴んでいない方の手で剣の柄を握る。

 そして剣を突きたて――


「ぐほぁっ!!」


 ――だが次の瞬間に地に沈んでいるのはエルを持ちあげた兵士だった。鎧を砕かれ、地面にめり込みながら聖に踏みつけられていた。

 エルは震えながら聖に抱きかかえられている。


「ごめんなエル。俺のせいで怖い思いをさせちまった」


 突然の死の恐怖に震えるエルを聖はそっと撫でる。


 聖はエルを下ろしてルリとシャルのもとに戻す。また、【サイコキネシス】を使って近隣住人の家の窓を閉めておいた。この兵士たちは躊躇なく攻撃してくるようだ。万が一にも流れ矢でも行ったらまずい、と考えてのことだった。


 そしていつもの気の抜けた聖からは考えられないほどの、鬼の形相でゲヘナーを睨んだ。さすがのゲヘナーも少し怯むが、実力では自分が上と思いこんでいるゲヘナーはすぐに強気を取り戻す。


 セイが口を開く。


「……どうして俺に攻撃しなかった? お前と話してるのは俺だろうが」


「チッ、下級兵を倒したくらいでいい気になりおって。貴様を攻撃しなかったのはせめてもの慈悲だ。誰かを見せしめしようと思ったが、情けをかけて元より生かす価値のない獣人の孤児を選んでやったんだ。むしろ感謝するところだろう」


 聖の拳に力が入る。


「俺の勘違いか? まるでこの子(エル)だったら殺してもいいって言ってるように聞こえるが?」


 聖の問いにゲヘナーは、


「違うな。私は殺してもいいと言ったんじゃない。殺しても殺さなくてもどちらでも良いのではなく、生きるべきじゃない(・・・・・・・・・)と言ったんだ」


 プツン、と。

 聖の中でなにかが切れた。


 

 ――突如、聖を中心にして暴風が吹き荒れる。

 すさまじい風の刃が兵士の鎧に抉るような傷をつけている。


「こ、これは魔法か!? くっ、後衛! なにをしている!」


「はっ!」


 後ろに構えていた兵士たちがボウガンを撃つ。が、金属製の矢は発射と同時に180°方向を転換し、自らを放ったボウガン本体を破壊した。あちこちでボウガンの破壊された時の炸裂音が鳴り響く。


「ぐぁっ!」「うぐっ!?」

「くっ!」


「くぅっ……! 元冒険者というのは伊達ではないか……!!」


 兵たちの悲鳴にゲヘナーは苦虫を噛み潰した表情をする。


 聖のまわりの暴風は勢いを増す。一方でルリとシャル、エルのところには球形のバリアが張られ、一切の被害は無い。


 この暴風はスキルではない。

 単に聖が魔力を抑えるのをやめただけである。わずかに聖から漏れ出した魔力がこうして風の渦となって現れたに過ぎない。


 兵士たちは恐れをなし、誰もがそこから動こうとしなかった。


「クソッ! 私が出るしかないか……舐めるなよ小僧! この私はLv.91に至った騎士の中の騎士! 貴様のような二流冒険者など相手でもないわっ!!」


 ゲヘナーは大剣を抜刀し、身体強化系スキルを使って突進する。

 聖の上段を狙って横に一文字の一閃を放つ。聖は軽くかがんで躱すと、下から切り上げるように手刀を放つ。

 

「ぬぅっ!?」


 ゲヘナーの兜の上部が砕け、手刀から放たれた斬撃が大気を切り裂いて高周波の高音を轟かせながら空へと消えていった。

 当たっていれば即死は免れ得ない一撃だ。


 すっ、と聖は立ち上がるとゲヘナーのミスリル製の鎧を手で貫通し、その胸倉を掴んだ。


「いますぐこの子(エル)に謝れ。地面に頭をこすりつけて謝罪しろ。心の底から許しを乞え。そうすれば許してやる」


 聖の目は本気だった。

 本物の怒りだ。


 この世で一番強い男の眼光にゲヘナーは初めて恐怖した。ガタガタと震えだす。

 だが騎士としてのプライドから反射的に答えてしまった。


「だ、だれが獣人の孤児などに……!」


「……そうか」


 聖がゲヘナーの首元に手を当てる。

 

「ま、まてっ! 私はただベイル陛下に命令されただけだっ!! 私の判断ではないっ! ベイル陛下がお前の仲間も殺していいと言ったんだ!!」


 聖が一瞬動きを止める。


「…………お前、Lv.91とか言ったか。なら大丈夫だな」


「へ?」


 聖は振りかぶり、


「はッッ!!」


「――ッッ!?!?」


 ――ドゴォッッッ!!!!

 

 ゲヘナーに掌底を叩きこんだ。

 ゲヘナーは弾丸のごとく飛翔し、まっすぐと遠く離れた王城の壁に突き刺さった。


「反逆罪だと!? ああいいだろう、反逆してやる!! ベイルとかいうやつがどういうやつかは知らんがこの俺に喧嘩を売った事を後悔させてやろう! 必ずや貴様らを地に這いつくばらせてやる!」


 聖は声を荒げ、宣言する。

 否、宣戦布告である。


 周りの兵士たちは皆一様にその場にへたり込んでいた。足がすくみ腰が抜け、ただただ恐怖であった。


「お前らも文句があるならかかってこい。相手になるぞ」


 聖が兵士たちに問う。が、当然返事など無かった。Lv.91のゲヘナーを瞬殺する相手に文句など言えるはずもなかった。


「ないならそこを退け」


 さぁっ、と兵士が聖から距離を取る。


 その様子を見た後、聖はルリたちの方に向き直ってバツが悪そうな顔をした。


「その、すまん。ちょっと腹が立ってな……。やっちまった」


「いいよ、べつに」


 ルリが最初に答える。


「ああ、セイのやることに文句はねえ」


「うん。計算通り」


 シャントルとルリも首肯する。

 そして三人とも、満足げな表情だった。


「みんな悪いな……俺のせいで……。……でだ、ちょっとさすがにムカついちまってな……」


 聖はそう言いながら王城の方を仰ぐ。

 きょとんとした顔で三人が一様にクエスチョンマークを頭の上に浮かべていると、聖は軽い調子で言い放った。


「ちょっと新国王を土下座させてくるわ」


 

 ――ファミレスの店長は王城に向かって歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ