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シャルの縁日

「タマセン二つと串焼き一つ」


「はいよ。三つで450ベールだ」


 お金を受け取って商品を客に渡す。


 店の中を注文取りに駆けまわらなくてもいい分いつもよりかは楽だな。金もらって飯渡すだけだからな。

 しっかし、『たません』ってやつをオレは甘く見ていたな。焼いた肉にかなうものはないと思っていたが……まさか卵とでんぷんがこうも化けるとは。


 何個か試食っつうことで食わせてもらったが予想以上に美味い。『エビセンベイ』っていうぱりっとしたガワとふわっとしたなかのスクランブルエッグ。それにソースが最高にマッチして食感、味、ともに極上の一品となっている。


 たぶん美味いのは単にこの『たません』の食材としての相性がいいだけじゃなくて、セイの腕もあるんだろう。アイツは器用さだけは抜群だからな。


 さすがは技量(テクニック)お化けとオレが陰で呼んでるだけはあるぜ。


「ただいま~」


「計算通り帰ってきました」


 おっと、後半シフトペアが帰ってきたみたいだ。

 ルリはもきゅもきゅと団子らしきものを頬張っていたり、エルはエルでよくわからんぬいぐるみに頬ずりしてたりとかなり満足げだ。

 というかなんだそのぬいぐるみ。

 葉っぱの形か……? また変なやつ選んだな。


「お~戻ったか。じゃあシフト交代だな」


 そう言ってセイは手を止めて「ふぅっ」と息を漏らす。


 祭りか……。思えば、エルみたいなガキの頃はオレも親父に連れられて楽しんだもんだがここ数年はご無沙汰だったな。たまにはこういう日もいいかもな。


「おら行くぞ、セイ!!」


「おう」


 立ち並ぶ屋台にテンションを上げながらオレは祭りへ繰り出した。





* * *





 そこらじゅうから食いもんのいい匂いがする。腹が減ってるオレには効果てきめんだ。

 ってあれ? さっきまで横にいたセイがいない。


 どうしたもんかとキョロキョロしていたら何かを持ったセイがちょっと離れた屋台からこっちに向かってきていた。


「歩きだして早々にどこいってたんだよ」


「すまんすまん、これ買ってたんだ。ほら、お前の分」


 セイは紙の器に乗った肉料理らしきものを渡してきた。


「ブラックボアのクルル草巻きだ」


「おおっ!」


 早速いただく。

 すこし塩気と酸味のあるクルル草が肉の臭みを消すとともに、そのさっぱりと味わいで主役である肉の濃厚な旨さを引き立たせる。

 ――美味い。その一言に尽きる。

 ブラックボアは高い肉じゃない。故に単体では旨さの高みに行きつくことは難しい。だがクルル草という名脇役がブラックボアのポテンシャルを最大限に引き出し、一段上の次元へと昇華させている。


 たいしたコンビネーションだぜ。

 コイツら、1+1を100にしやがった……!!


 オレが肉を味わっていると、セイがこっちを見てふっと笑う。


「……んだよ」


「いや、おいしそうに食うなあと思って」


「ど、どんな風に食ってもいいだろ!」


「もちろんだ」


 くっ……!

 なんかムカつくな……!


「セイ! こんなんじゃ足らねえよ! もといろんなとこ見てまわろうぜ!」


「そうだなぁ」


 セイの前をオレはずんずんと進む。

 さらなる食いもんを求めて人込みをかき分け進んでいると、どこかの屋台から「カタギリさんっ!」という女の声が聞こえてきた。

 

「なあ今……」


「ああ、だれか俺のこと呼んだ気がする」


「こっち、こっちです!」


 声のした方に進むと、そこにはたくさんの本が並べられた屋台と本屋の娘がいた。えっと、ルルエとかいう奴だったか?


 屋台にはバザーかなにかのように大量の本が平積みにされている。


 いや、祭りで本は売れないだろ……。持ち歩くの面倒だし、なにより食う邪魔になる。


「良く来てくれましたカタギリさん……と、彼女さん?」


「違えよ! オレはセイの……あれ、セイのなんだ?」


「コイツは俺の店の従業員ですよ。それで俺に何か用でも?」


 ルルエは「そうでした!」と言ってビシッと背筋を伸ばした。敬礼でもしそうな勢いだ。だが、すぐに口をへの字にして涙目になった。


「た、大変なんですよ~! 今日のノルマが50冊なんですけど、まだ一冊も売れてなくて……」


「だ、だろうな」


 セイも苦笑いをするしかないようだ。


「それでですね、カタギリさんに買っていただけないかと思いまして」


「まぁ……1、2冊程度なら」


「本当ですか!? ありがとうございます! 今日はカタギリさんのために新作を用意したんです!」


「新作……?」


 わずかにセイの声が震えた。

 どうしたんだろう、なにか都合の悪いことでもあるんだろうか。


「えっと、まずこれです!『あなたのミルクをぶっかけ――んむっ!?」


 目にもとまらぬ速さでセイがルルエの口をふさいだ。なんだ? 本当にどうしたんだ?


 しかしセイにおススメの本ってのも気になるな。ミルクってことは料理(レシピ)本の類だろうか。


「ル、ルルエさん! それ以外の本で頼みます! 普通の小説とかで! 十冊買うんで他の本でお願いします」


「で、でも……本当におすすめで……その、今晩のオカズにと思ったんですが……」


 シュンと俯くルルエ。

 オカズってことはやっぱり料理(レシピ)本だったみたいだな。曲がりなりにもセイは料理人だしな。

 俯いていたルルエだが急に天啓でも得たかのようにはっと顔を上げ、ごそごそと一冊の本を引っ張りだした。


「だったらこれはどうですか? 『極太ソーセージに敗北――んんっ!?」


 またもルルエの口をふさぐセイ。時々セイのやることの意味が分からん。

 ソーセージ料理ならオレもちょっと気になるが、見ても作るきにはなれないし俺もいらないな。


「よ、よぉ~し! 20冊買っちゃうぞ~!」


 なぜかセイは大量の本を買いこみ「これで勘弁してください、これで勘弁してください」と繰り返しながらルルエにお金を払っていた。


 まあ楽しそうだしいいんじゃねえか?

脳内でグルメリポートをするわりに全く料理できないシャルのお話でした。

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