賢者/愚者
プロットの変更により魔王氏の出演延期が決定!なのでタイトル回収できないということで『魔王も恐れ通う伝説のファミレス』というタイトルから変更しました。
ーーside ヨハネスーー
「クソッ、クソッ、クソッッ!!! ふざけやがって! ありえない! この僕がどうしてこんな目にッ――!!」
ここはどこだ。
部下たちはどうした。
いつまで走らなきゃいけないんだ。足が痛い、喉が渇いた、水が飲みたい……。
「どうして誰も馬車を寄越さないっ!? この僕が……どうしてこんな長い距離を自分の足で歩かなきゃいけないんだっ」
どのくらい時間が経っただろうか、無限にも思える時を経て僕は貴族区にある拠点にたどり着いた。
衛兵は僕の姿をとらえると慌てて駆け寄ってきた。
「ヨ、ヨハネス様! 貧民区の教会で悪魔と交戦されていたのではっ!? もしや、もう討伐されたのですか?」
「うるさいっ! 早く馬車を用意しろ! 王都リールベンはもう終わりだ。ガリウスに帰るぞ」
「そ、それはいったい……」
「お前のような下っ端が知る必要はない!!」
まったく、頭の回らない馬鹿ばかりで本当に頭にくる。
使えない衛兵をドンと突き飛ばし、僕は屋敷の中に入った。
僕の帰宅にメイドたちは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに仕事を思い出したように僕に寄ってきた。
「すぐに湯あみの用意をさせましょうか?」
「いらん。父上に話があると伝えろ。それと飲むものを持ってこい」
「かしこまりましたっ!」
目下の課題はいかにこの王都を脱出し、あのバケモノ悪魔から逃げるかということだが……。
この都市の連中はあまり価値のある人間がいないし、僕と父上が逃げ切れれば問題ないだろう。特にあの無駄に絢爛で品のない城にふんぞり返っている女王なんぞ悪魔の餌食にでもなればいい。
というか、あんな怪物にどうやって勝てというんだ。『聖女』や『剣聖』と組めばなんとか倒せるか……?『勇者』は居場所もわからん上に、この国の女王のお気に入りとあっては組む気になれない。
「チッ……」
対策は後で考えるとして、今は事情を父上に説明せねばならない。歩いてくたびれた足を何とか動かし、僕は父上の部屋へと向かう。扉を3回ノックすると「入れ」という声が届いた。
「失礼します」
中には白髭を蓄えた、いつもと変わらぬ姿の父上が窓を背に立っていた。
「ヨハンか。話があるそうだな」
「はい。件の悪魔ですが、想像以上の力を持っています。今は戦略的に撤退が必要と判断し、こうして帰還した次第です」
「なに……? ではその悪魔は今どうしておるのだ」
「わかりません。おそらく貧民区の住人を襲っているかと」
「……お前はそれを承知でここへ戻ってきたのか?」
「父上、貧民区にいる連中など人非ざる人ですよ。そのような輩に構う必要などどこにありましょうか」
「ヨハン。お前は賢者だ。勇者、聖女、剣聖とならび『四聖』と称される存在だ。その役割は理解しているか?」
「はっ? し、しかし父上。あのようなゴミ溜めに住む奴らなど……」
「無論、貧民区の者どもがどうなろうが構わん。だが、貧民区を見捨てたお前を市民はどう見る? 聖人君子である必要はないが、らしさは必要だ」
「ですがっ……!」
「まあよい。お前の失態については後だ。ひとまずここを離れるか。援軍を呼ぶために離れるとでも言えば民も納得するだろう。バカな民衆どもは聖なる杖をかざせばそれだけで信用するのだからな」
「…………っ!」
杖、という単語に思わず反応してしまった。聖杖『グリットクロス』は失われてしまった。その事実を伝えるべきか……。
「ヨハン、どうかしたか?」
父上にはばれるのも時間の問題か。
「実は……今回の戦闘で聖杖が……破壊されました」
途端、父上の表情がすぅっと冷たくなるのがわかった。
「それは真か?」
「は、はい。ですが私の落ち度ではなく、悪魔の能力が――」
「言い訳は良い。……しかしそうか。杖を失ったか……」
父上はあごに手をやり、僕など視界に入っていないかのように考え始めた。ふむ、とわずかに唸ると
そしてそれは唐突にやってきた。
抑揚のない、いつもとなんら変わりない声で。
「――あたらしい賢者を立てるしかないか。おい、ヨハネスを取り押さえろ」
「え?」
頭も追いつかないうちに僕は突如扉から入ってきた兵士たちに組み伏せられた。抵抗する間も、考える間も与えられないうちに。
「ち、父上……っ!? いったいどういうことです!?」
「杖のないお前に価値はない」
「なに……!?」
「『賢者ヨハネスは果敢に悪魔に挑み殉職した』。そうするしかないではないか。杖を無くし無能となったお前に動かれては、私たちが築き上げた『賢者』というブランドに傷がつく」
「なにを馬鹿なっ!!」
「馬鹿はお前だ。我らがあの杖を手に入れるのにどれほど苦労したと思っておる」
父上、いや、この狸野郎は淡々とそんなことを言ってのけた。
「神聖さと強さを兼ね備えた神秘の存在。それが賢者だ。万一にも今のお前が人前に出て弱い魔物や冒険者に負けでもしたら我々の権威と信用は失墜する」
なぜこうなる。
なぜ僕が。
なぜ…………。
「お前に聖杖を託した私が間違いであったな」
――なぜッ!!
「こっ……の野郎ォォオオオオッ!!」
殺してやる、殺してやる、殺してやるっっ!!
実の息子でも用済みなら平気で切り捨てる。こんな身勝手なやつに人生を終わらされてたまるかッ!
「この低能兵士どもめ、邪魔だ! 僕の上から退け!」
だが僕の叫びに兵士が反応するはずもなく、微動だにできない。
「醜いな。もうよい、ここで首を落とせ」
「はっ」
頭上で銀色の刃が煌めいている。
そしてそれは無情にも振り下ろされる。
いやだ、死にたくない。死にたくない……!
その瞬間親父の背の窓が割れ、白銀の突風が吹きこんだ。
反射的に目を瞑っていると、聞いたことのない声が僕の耳に飛び込んできた。
「賢者殿およびその関係者の方とお見受けする。お初にお目にかかる。サクリードという者だ」
(勇…者……?)
目を開けると銀髪の男が僕の首を狙っていた剣を素手で掴んでいた。
会った事はなかったが感覚でわかる。この男は本物の勇者だ。
その敵意を許さない甚だしい存在感、威圧感。眼に映しただけで圧倒される。
「なっ……勇者、だと……!?」
目に見えて親父がうろたえていた。あの食えない男が怯んでいるのを初めてみた。
「なにやら穏やかでない様子だが、いかがされた?」
チラリと地面に伏している僕に眼をやると、親父の方に向き直ってサクリードはそう言った。
「……い、いえ、これは身内の問題でして勇者殿のお手を煩わせるものではございませんとも。それより、このようなまるで賊のような訪問の仕方はいかがなものですかな? できれば正当な手順を踏んでから訪ねてほしいところですな」
わずかに声が震えながらも、勇者相手に言葉を紡ぐ親父はさすがというべきか。
通常の人間であれば、この威圧感にはただ頭を垂れることしかできないだろう。
だがそんな親父の言葉にも勇者はさして気にした様子はなく、
「それは失礼した。次からは気を付けよう」
と白々しいとも思える答えをした。
そしてサクリードは続ける。
「まずこちらから伝えねばならないことがある。……件の悪魔だが、私が先ほど討伐した」
「なにっ!?」
思わず声を荒げてしまった。
だが、あの悪魔を倒しただと!? この短時間で、それも一人でだと!?
「なんと……」
親父も素で驚いたように見えたが、次の瞬間には次の策をどうするかに思考を割いているのが分かった。
「勇者殿が言うのであれば本当のことなのでしょう。それについては我々『賢者』陣営としても感謝を申し上げましょう。……しかし、やはりそれを伝えるだけであれば今回の襲撃のような侵入行為は無礼が過ぎましょう。いかに勇者殿とはいえ、さすがに看過しがたい」
「ふむ」
「通常であれば打ち首同然の所業なのですが……さすがに勇者殿にそのようなことはできますまい。しかし何もなし、とはいかないのもまた然り」
「というと?」
「勇者殿にもなにか償いをしていただかなければ」
(親父……!?)
親父の考えが分かった。
あの狸は勇者をも陣営の手駒にしようとこの一瞬で考え至ったのだ。
難癖をつけるようなやり方で交渉し、相手に考える間を与えないようにして不利な誓約を結ばせる。それが親父の常套手段だ。
サクリードは確かに貴族の屋敷に侵入した形になったが、それはあくまで僕を助けるためにやむを得ず突入したのだろう。仮に裁判でもやったなら勇者の無罪は確実だ。
親父の交渉、あんなのはただの詐欺だ。
だがこの親父の手法で幾人も支配し、駒としている。
「なるほど。ではこれで大目に見ていただきたい」
そう言うとサクリードは表情一つ変えず、――『グリットクロス』を差し出した。
「こっ、これはっ!?」
「かの悪魔から取り戻したものだ。そして私には必要のないものだ。これを返すということで今回の事は水に流してもらいたい」
「……よいでしょう」
『グリットクロス』の恩恵は計り知れない。親父も勇者の不興を買う前に聖杖を手にしておきたいと考えたのか、すぐに承諾した。
「そしてついでと言ってはなんだが、私に貴殿らの仲裁役を任せてはくれないだろうか」
「は、仲裁?」
「貴公と賢者殿はなにやらただならぬ事情の御様子。私がその間を取り持ちたい」
「い、いえ、それには及びませぬ。こちらの内輪の問題ですゆえ」
親父の言葉にサクリードははっと少しため息をつくと、その鋭い金色の双眸で親父を睨んだ。そしてゆったりとした足取りで親父ににじり寄る。
一気にサクリードの威圧感が跳ね上がった……! あれがこっちを向いていたらと思うとゾッとするほどだ。
「ひっ!?」
あの図体のでかい親父が情けなくしりもちをついた。
白髭の大男が無様にも地べたを這いながら壁際まで後ずさっている。
「預かり知らぬ場所で人が死ぬのは構わん。だがこの私の目の前で人が死ぬのは気に入らないのだ。勝手とは思うがご容赦いただきたい」
言葉こそ丁寧だが、拒否を許さない語気がそこにはあった。
「賢者殿と貴公らいわゆる『賢者陣営』の者は互いに今後いっさい干渉しない、という誓約を結んではいかがだろう」
「それは……これからはヨハネスと我々は関わらないようにするということですか?」
「いかにも」
「……よいでしょう」
親父はそう言うと、すぐに誓約書を書き上げ、自分の捺印を押して寄越した。
「これで後はその紙にヨハンがサインをすれば成立です」
「ふむ、確かに確認した」
サクリードは洋紙に目を通すとそれを懐にしまった。
かと思うと、僕を抑えていた兵士たちに一言「退いてくれ」というと、あろうことか僕を担ぎ上げた。
「お、おいっ! 何をするっ!?」
「賢者殿、しばし耐えていただきたい」
サクリードはそのまま割れた窓の淵に足を掛ける。
まさか、ここから僕を担いで出ていくつもりか!?
「仕事は終わった。ここらで私は帰るとする」
「ゆ、勇者殿! 先に聖杖をっ!」
ここにきて親父は杖のことしか頭にないらしい。僕のことなど頭の片隅にもないようだ。
「誰も貴公に返すとは言っていない」
「なんだとっ!?」
「それと最後に言っておきたい。人の意思も自由も、むろん命も貴公の物では断じてない」
勇者がパチンと指を鳴らした。途端、控えていた親父の護衛兵たちが気を失ってその場に倒れ伏した。
「ひぇっ!?!?」
「今回大目に見ているのは私か貴公か、よく考えていただきたい」
それだけ告げると、勇者と僕は屋敷の窓から飛び立った。
一部の人を除いて、周りの人たちは平民状態の主人公と勇者状態の主人公を結び付けられません。完全に別人だと認識してしまいます。
そのあたりはスキルが関係していますがそれは後々に。




