臨時の仕事
「つ、疲れた……。なんとか乗り切ったぞ……!」
今は陽の日(休日)の午後10時。日本出身の好青年、すなわち俺こと片桐聖が経営するファミレスである『三日月亭』の閉店時間である。
店が軌道に乗り始めたこともあり、休日のディナータイムは大盛況だった。肉料理のほとんどが品切れになってしまったほどだ。
俺が一人で切り盛りしていたキッチンはまさに戦場だった。残った体力でなんとか閉店作業を終え、店の上の階の居住スペースに向かった。
もういい。今日はソファでこのまま寝よう。
そう思ってリビングに入ると、
「おい、なんでお前が俺を差し置いて寝てやがる……」
ソファはウェイトレス姿の黒髪色白の少女に占領されていた。
すぅすぅと穏やかな寝息を立てている彼女はこの店の従業員であり、俺の同居人である。
キッチンが忙しければ当然ホールも大忙しである。
俺同様に彼女も相当疲れたに違いなかった。
「そうだよな。お前ももう寝たいよな。仕方ない。今日はそっと寝かしといてやる…………とでも言うと思ったかぁぁぁあああああっっっ!!!」
「うげっ!?」
ソファを傾けると、奴はなんともかわいくない悲鳴を上げてカーペットの床に落ちた。
「ひどいよお父さん! か弱い娘に乱暴するなんて!!」
信じられないといった目でわーわー言ってるコイツの名はルリ。
ホムンクルスである。
日本からこの世界にやってこさせられてちょうど一年たったある日、『彼女を作ろう』から『彼女を造ろう』に作戦を変更した俺が生み出した子だ。
故に造形は16歳の和風美少女という俺好みの姿なのだが、性格は妙に感情豊かで怠惰な奴になってしまった。
「だからお父さんじゃなくてお兄たまと呼べと何度言ったら……と、そんなことは今はどうでもいいか。おら、早く店の制服脱げ。変なしわがついたらどうする」
「は~い……。それとお父さん、そろそろウェイトレス増やそうよ~。もう私ひとりじゃ回んない」
「む……」
それは常々感じていたことだが、全然人が集まらないのだ。
まかない付の時給1000ベール(ベール:お金の単位)というそこそこいい待遇で募集をかけているのだが、まだ面接にきた子はいない。
街の掲示板の張り紙料もバカにならないし、はやいとこ人員確保したいところだ。
「そうなんだがなぁ……。というか、そう思うならお前の友達を勧誘してきてくれよ」
なぜかルリのほうが俺よりも交友関係が広くて人気者なのである。
俺も時折、街の女の子に声をかけているのだが、毎回「用事があるから」と帰ってしまうのだ。
この世界の美少女は多忙なんだなぁ、とぼんやり思ったりしたものだ。
「私の友達にこんな重労働はさせられないわ」
と、一言いうとルリはシャワールームに行ってしまった。んだよ、チクショウ。
まあいいや。明日も早いし、今日は俺も風呂に入ったらすぐ寝るとしよう。
………………
…………
……
その翌朝。
俺とルリは契約している肉屋に向かってゴロゴロとリヤカーを転がしていた。
日本と違って、店までトラックで届けてくれるわけじゃないのでこうして自力で肉を取りに行かなければいかないのだ。
「眠いよぅ……眠いよぅ……」
「俺だって眠いけど、こういう地道な労働をしないと金がなくなって餓死して永眠しちまうぞ」
いやホント。この世界には生活補助も保険もないのだ。
この世界の一般人の平均は20レベル。冒険者の平均で40、超一流冒険者で90くらいで、100を超える奴はかなり少ない。
そんな世界で俺はレベル300。
槍を使うジョブのなかで最上位職である【神槍】なのである。
あらゆる状態以上に耐性を持ち、大気圏から自由落下しても傷一つつかない耐久力を持つ俺が一番恐れているのは餓死なのだ。
まだ頭がふわふわしているルリを引っ張りながらなんとか肉屋の前に着くと、いつもはもう開いているはずの肉屋はまだ開店していないようだった。
おかしいな……。今日は休業日ではないはずだ。
「おやじ~。……お~い」
どんどんと店の戸を叩いて呼ぶと、中から目の下にクマを作った肉屋のおやじがトボトボと現れた。
「……なんだ、おめぇか。悪いが今は肉を売ってる場合じゃねぇんだ。悪いが帰ってくれ」
「そうは言われても……。こっちも自分の店があるんだ。なんとかならないか?」
「……後で損した分の金は払う。だから悪いがーー」
「ーー待って」
口を開いたのは、さっきまで目が半開き状態だったルリだった。
「おじさん、何か困ったことがあったなら話してみて? お父さんならもしかしたらなんとかできるかもしれないよ。こう見えても、そこそこ活躍してた冒険者だったんだから!」
「「……何?」」
「ルリ、あまり無責任な事は「冒険者だったってのは本当かっ!?!?」
思いのほか食いついたおやじに、思わず一歩下がる。
「お、おう……」
「頼むっ!!! 俺の娘が『黒の森』に行ったきり帰らねぇんだ!! 俺の、俺の娘を探してくれ!! 一人でも人手がほしいんだっっ!!」
「わ、わかった。わかったから……」
目をガンガンに開いたおっさんに肩をつかまれ、思わず承諾してしまった。
目の下にクマがあるゴツイおっさんに掴み掛られると、いくらLv.300といえど耐え難い……。
「俺の娘、シャントルというんだが、冒険者をしていてな……。『黒の森』で討伐系の依頼をこなしていたらしいんだが、昨日シャル以外のパーティメンバーが傷だらけで帰ってきたんだ」
アースボアというイノシシ系の魔物を討伐している中、パーティは『黒の森』の生態系の頂点に立つグリフォンに遭遇したらしい。
パーティはアイテムを駆使して、なんとかグリフォンから逃げられたらしいがその途中でパーティはバラバラになってしまったという。
運よく合流できた二人のメンバーと、他の冒険者に保護された一人の計三人が帰還したようだが、肉屋のおやじの娘であるシャントルだけまだ帰ってないらしい。
グリフォンから逃げる時に荷物のほとんどを捨ててしまったらしく、一刻を争う事態といえるだろう。
ふむ……。
おやじは店の損害分の金も払うと言ってくれている。それに、ここで肉屋に恩を売っておけば今後いろいろと融通がきくかもしれない。
「よし、今日は臨時休業だな」
「うん!」
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