教会での戦闘
時間は少しさかのぼり、セイが教会をでて平民区の街中へ向かった直後に戻る。
少し赤みを帯び始めた太陽が白い教会を照らしている。
「斜陽……華々しい王都が落ちるにはちょうど良い時間帯かもしれませんね」
賢者ヨハネスの従者、シドーが地を這うような声色で言葉を発した。
だがシャントルはその言葉を聞かず、横に飛んだ。そしてそのままセラルタを押し倒す。
「きゃっ!?」
直後、シャントルの背中をナイフがかすめる。
暗器――。
音もたてずモーションも取らず、シドーはナイフを投擲したのだ。
シャントルはシドーの攻撃を見切ったわけではなかった。だが反射的に殺意を読み取り、これを回避した。
「目視しづらい鏡でできたナイフか……。お前、《暗殺者》だな? いきなり攻撃してなんのつもりだ?」
シャントルの言葉にシドーが少しだけ驚いたような顔をした。
既にシャントルは全身の神経に意識を乗せ、臨戦態勢に入っている。
「なんと……今のを躱されましたか。聖魔法の使えそうな《聖職者》は先に始末したかったのですがねぇ」
「あんなトロい攻撃、セイの特訓に比べりゃ止まって見えるね」
(とは言ったものの……。こりゃ厳しいかもな……)
シャントルは聖との修行を毎朝のようにやっていた。
また、休みの日は冒険者として魔物を倒していたし以前よりレベルも戦闘技術も上がっていた。
そして彼我の実力差も直感的に感じ取れるようになっていた。
すなわち、シドーを格上だと理解していた。
(あいつ、レベルはもしかしたら80近いかもな……)
シャントルは慎重に相手を観察する。
「い、いったい何事だ!?」
状況を掴めていない賢者が声を荒げる。
「おいお前! 僕の許可も得ずにいったい何をしている!」
賢者ヨハネスは『心域』からグリットクロスを取りだす。――が、近接戦に不慣れな賢者ではシドーの動きに付いて行くことはできないのは明白だった。
一秒と経たず、ヨハネスは後方に突き飛ばされた。
「がはっ!?」
「いやぁ、あなたみたいなのが賢者で助かりましたよ……」
ヨハネスを蹴り飛ばしたシドーの手にはグリットクロスが握られていた。この一瞬のやり取りで奪い取ったのだ。
賢者の象徴ともいえる『グリットクロス』を奪われる――。
それは賢者の敗北をなにより如実に示していた。
「け、賢者様が……!? な、何が起きているのですか!?」
いまだしりもちをついたままのセラルタがシャントルに問いかける。だがシャントルはそれに答えることはなく、ただひたすらシドーから目を逸らさないようにしていた。
「どうしていきなり攻撃をするんだ? お前は賢者の仲間じゃなかったのかよ」
まともに答えてもらえるなどとはシャントルも思ってはいなかった。
これは聖に教わった『定石』の一つだった。
”格上と戦う時の定石1.序盤は防御に徹し、時間を稼ぎ、敵の戦法を探れ”
言葉の節々から相手の性格を知り、攻撃パターンを推測する――。
聖ならばそういった技術も持っていた。
「簡単な質問ですね。それは仲間じゃなかったからですよ」
「あなたはっ! 賢者様のお側に仕えていながら神に背くのですか!!」
セラルタが叫ぶ。
セラルタとは対照的に、シドーは冷ややかな目を彼女に向けた。
「神に背く? まさか。私は今も神に忠誠を誓っていますよ。魔神にね。……まったく、こんな雑魚シスターは早く消した方がいいな―――ぐっ!?」
先に動いたのはシャントルだった。
シャントルの素早い膝蹴りがシドーの腹に突き刺さる。
さらに『心域』から出した双剣で斬撃を叩きこむ。
「はっ!」
「ク、ソッ――!! 鬱陶しい!!」
シドーが後ろに跳んでシャントルと距離を取った。
「シスター! アンタはガキどもとその辺の奴らを避難させとけ!!」
「シャントルさんは!?」
「決まってんだろ。あの気色悪い男を倒す!」
「…………!」
セラルタは一瞬ためらった後、シャントルの言う通りにこの場を離れて子供たちの元へ駆ける。
セラルタの足音が遠ざかるのを聞き、シャントルは集中力を一気に高めた。
戦闘スイッチをいれたのだ。
シャントルとシドー。
両者は同時に地面を蹴った。
――ギィンッ。
刃が交差し、甲高い金属音が響く。
「戦士系職で最速の《双剣士》、対して私は隠密系最速の《暗殺者》。さて、どちらが速いか勝負ですねぇ……」
(想像以上にコイツの剣圧が重い……! やはりレベル差がありそうだな……)
刃は拮抗していたが、シャントルが二本の剣なのに対し、シドーは片手。さらにはシャントルの武器より短いナイフだった。
本来、戦士系職の方が隠密系職より筋力で勝る。
それでもシャントルの両腕とシドーの片腕がつり合っているというこの状況は、二人のステータス差を示していた。
つまりアドバンテージのあるはずの筋力が同じということは他のステータスはシャントルが劣っている可能性がかなり高い。
(夜戦になったら夜目が効く《暗殺者》には勝てない。早めに決めねぇとな……)
両者は互いに相手の剣を弾き、再び距離を取る。
シャントルの額に汗が滴る。
不意に、シドーがニヤリと笑った。
(なんだ……?)
疑問に思ったのも束の間、シャントルはシドーを見失った。
「なっ!? 消えやがった……!?」
周囲は不気味なほどに静寂だ。
シャントルはひたすらに360度警戒する。
(どこだ……? どこにいる!?)
焦りがシャントルの思考を鈍らせていく。
「――――ぐあっ!?」
右側からの突然の不意打ちに受け吹き飛ばされた。
「ほう。ぎりぎり防御しましたか……」
間一髪で敵のナイフの一閃を剣で受け止めたおかげで致命傷は避けられた。
だが圧倒的な劣勢に変わりはなかった。
(これが……《暗殺者》か……!)
今までにない敵だった。
正面からぶつかり合わず、常に背中を突くような攻撃をする。
シャントルはいまだ敵の補足もできていない。
周りから嘲るような不快な声が聞こえるが、その実体がどこにいるのかが分からない。
「ぐっ……がはっ……!?」
一太刀も入れられないまま、シャントルはいたぶられるように攻撃を受けていた。
冒険者としての直感、敵の気配をぎりぎりで感じ取る技能のおかげで寸でのところで凌いでいるが圧倒的な劣勢は変わらない。
(強い……!)
姿を補足させないスキル。主導権をほぼ確実に握れる弩級スキルだ。
加えて攻撃も重い。あんな短いダガーによるものとは思えないほどに。
シャントルは確実に疲弊していった。
致命傷はないとは言え、受けたダメージも蓄積されていく。
このままではシャントルが負けるのは時間の問題だった。
「う~ん……弱いですねぇ……。前哨戦としてもちょっと役不足ですかね……」
「ぜ、前哨戦……だと……?」
肩で息をしながらシャントルが問う。シドーはシャントルの癇に障るように、わざと飄々とした態度で答えた。
「ええ。あの店長さん、カタギリさんでしたっけ? 彼との戦いの前哨戦。まぁウォーミングアップってやつですかね」
「……セイとの戦いだと?」
「彼、お強いですね。ぜひ本気で戦ってみたいものです。あなたの死体があれば彼も全力を出してくれますかね?」
「…………」
「彼のような猛者が君のようなお荷物を抱えてくれていたのは幸運ですね」
「……なめんな」
「おや? なにか言いました? もしかして降参ですか? やめてくださいよぉ。つまらないじゃないですか。弱いんだから、せめて頑張りましょうよ。ね?」
これ見よがしにシドーは姿を現した。まるで攻撃してくださいと言っているかの如くだ。
いや、”如く”ではなくまさに攻撃を誘っていた。挑発をした後でわかりやすく的を出す。
完全な罠だった。
「なめんじゃねえつったんだ、この根暗ヤロォッッ!!」
獲物が釣れた――――。
冷静さを失えば、働くはずの直感も機能しなくなる。
シドーはニヤリと笑う。
シャントルの全力の突進。
その両サイドから周囲の景色に溶け込んだナイフが迫っていた。
避けられるはずがない。確実に喉を抉る……!
シドーは己の勝利を確信した。
――だがシドーは見誤っていた。
シャントルの強かさ、戦闘における冷静な判断力を。
(あからさまな挑発。見せつけるような隙。罠でしかないが、それなら逆に利用できる……!)
シャントルは足を強く踏み込みバックステップをする。
直後、目の前で二本のナイフが交差して通過する。
ナイフが通り過ぎた後、再び相手に突っ込み一気に肉薄する。
「ぐっ……! 貴様、激昂したのは演技か!?」
(格上と戦う定石2.”敵が勝利を確信した時に最も大きな隙ができる”!)
そこを逃さずだせる技術全てをもって一気に叩く。
これを逃せば勝ち目はない。
シドーのダガーとシャントルの双剣。
筋力は拮抗していても、手数とリーチはシャントルが上回る。
しかもシドーは不意の攻撃で体勢を整えられていなかった。
双剣による無数の連撃がシドーに切りかかる。
「ぐっ……クソッッ!!」
(【スラッシュ・ラッシュ】!)
とどめに高速連撃の双剣スキルでシドーを追い詰める。
そしてついに、
(【ペネトレイト・スパイク】!)
シャントルの剣がシドーを貫いた。