ミステイク
賢者がシスターの元に戻ってきたとき、既に聖の姿はなかった。
「おや、先ほどの青年はどこへ行ったのですか?」
賢者、ではなくその従者の男が訪ねた。
「セイならなんか用事があるらしくってどっか行っちまったよ」
シャントルが答える。
「そうですか」
「それがどうかしたのか?」
「いえ。それより、日が落ちてきましたね」
* * *
俺は街全体を見渡せる鐘の塔の上に立っていた。
(悪魔は人の魂をエネルギー源とする……。人が密集している繁華街が怪しいか……)
【神眼】を常時発動させながら、一部の隙もなく集中する。だが、予想に反して街はいつも通りだった。
上から眺めていても埒があかない。そう判断して、直接聞きこみをして回ることにした。
「悪魔? ああ、そんな噂が最近流れてるみたいねぇ~、物騒だわ」
道端の主婦に聞き、
「何か変なことは起きてないかだと? 俺たちゃ毎日変なことだらけさ!」
酒屋の店主に聞き、
「悪魔か……悪魔ねぇ……。それよりお兄さん、この『幸運のブレスレット』を知ってるかい? 今ならコイツを500,000ベールで譲ってやってもいいんだが――――おい、どこ行くんだっ!?」
怪しい商人に聞き、
「悪魔? 知らねぇよ。それより、うちの娘には手を出してねぇだろうな! 何? 出すわけないだと? 俺のシャントルのどこが気に入らねえってんだ!!」
肉屋の店主に聞いた。
だが何も情報は得られなかった。
(どういうことだ……)
不可解、不可解である。
これだけ聞きこめば悪魔を目撃した人もいそうなもんだが……。
なんだか踊らされているような――――あ。
ふっと閃いた。
否、ようやく気づいた。
「やられた!」
無意識に言葉が漏れる。
くそぅ。これは悔しい。俺としたことがかなりミスったぞ……!
警戒していたのは俺だけじゃなかったんだ!
俺自身が悪魔側に警戒されていた……!!
ルルエさんを助けた夜、俺と分身を通して交戦した黒幕は俺を脅威とみなして一時的に遠ざけたかったんだ。
そして俺はもう一つ見落としをしていた。
人間の魂を狙う悪魔は人口の多いところに現れると思いこんでいたことだ。
人の『魂』が密集しているのは何も街中だけじゃない。――墓地だ。
墓地にもゴーストがたくさんいる。最初から今回の黒幕は墓地で悪魔の召喚をするつもりだったんだ。ゴーストたちを生贄として。
このあいだの夜に悪霊がいたのはおそらく『ゴーストから魂の収集ができるか』の実験の残骸。過度にゴーストに苦痛を与えて悪霊化させたものだろう。
そして俺をここまで誘導した、つまり、墓地から遠ざけた人物はといえば――
――それは賢者の従者だ。
つまりあの従者の青年が黒幕だ。
奴は俺が盗み聞きをすると読んで、わざと『街中で悪魔の被害が出た』なんて言ったんだ。
彼が悪魔の噂の発信源と考えれば、俺より先に賢者が悪魔の情報を手に入れられたのも納得がいく。
奴の目的はおそらく、悪魔の召喚と同時に賢者を抹殺することだ。
『王都に悪魔がいる』という嘘の情報で賢者を王都に呼び寄せ、次に本当に悪魔を召喚して賢者を殺す。そしてそのまま救援が駆けつける暇を与えず王都を落とす。
従者ならば賢者が本当はたいして強くないことも知っているだろう。
教会にはルリがいるとはいえ、あいつ一人じゃすべての人を守り切れない。
「ああ~…ちくしょう……!!」
俺は急ぎ教会に向かった。