悪魔は存在するか
ーーsideシャントルーー
夕暮れ時。
オレはエルって名前のガキを教会に送り届けるため、いつか全力疾走した道を歩いていた。
ガキの世話なんざ面倒だけど、セイに頼まれちまったからしょうがない。
「あ、あの……」
「あん?」
「ひっ……! い、いえ、なんでもない、です……」
なんか怯えられてんな……。
セイには懐いてるみたいだが。セイのどこが気にいったんだろうか。
あいつの近所での評価はといえば、『胡散臭い若者』ってカンジだ。
ま、否定はできないな。
ちなみにルリは『ダメな兄を支える健気で元気な美少女』だ。
ルリは王都でもちょっとした有名人だ。美人で、愛想が良くて、重度のブラコンとして有名だ。
ルリは自分ではセイの悪口とかいうけど、他人が言うとめちゃくちゃ不機嫌になるもんな。その上、唐突に「私のお父さん自慢話」なるものを始める。
セイ本人は気づいてなさそうだけどありゃあ相当ヤバい。
それにしても……王都、か。
セイはこの王都に悪魔がいるとか言っていたが……。
「なぁ」
「っ!? は、はい!」
「そう身構えんなって。……お前は悪魔が王都にいると思うか?」
「え、えっと――「いますよ」
オレたちの後ろから声がした。オレとエルは同時に振り返る。
そこにはフードの男が立っていた。目元は見えないが口はニヤニヤと笑っている。
「……アンタ誰だ?」
怪しい。怪しすぎる。
『邪悪な笑み』、というのが一番的を射た形容か。
「冒険者のお嬢さん、非常にいい魂を持っていますね。んん、夜じゃないのがもったいない」
「……? いったい何を言っている」
「難しいことは何も。ただ、『美しい』といっただけです。ふふ、あなたには安い褒め言葉でしたか?」
一向に何を言っているのか理解できないが、気持ち悪さだけはびんびん伝わってくる。
こういう輩は相手にしないほうがいい。ガキの教育にも悪いしな。
オレはガキの手を引いて、男を無視してその場を去った。
不審者と出くわしたせいもあって、予想より若干はやく教会に着いた。着いてしまった。
「あらぁ? シャルちゃん? みんな、シャルちゃんが来たわよぉ!」
「おお、シャル嬢とエルちゃんがないか」
「レディが訪ねてくれたとあってはもてなさねば!」
「さぁシャル殿、おじさんと遊ぼうではないか」
頭で考えるより、身体が先に動いていた。
エルを教会に残して、オレは全力で来た道を戻っていた。
* * *
時計の針は11時をまわっていた。もうどの店も閉まっている。
まだ肌寒い夜、月明りに照らされた道に歩く女性が一人。
ルルエはただの本屋で働く娘だ。
彼女は運悪く、夜遅くまで本屋に残って作業をしていた。
疲れた身体を癒すため、急ぎ足で自宅へ向かう。
すると反対側からゆっくりと歩いてくる人影があった。
距離が近くなると、全身に黒い衣装をまとった男だとわかった。
ちょっと気味が悪い、と彼女は思ったが特に気にせずすれ違おうとした。
「こんばんは。いい夜ですね」
不意にルルエは話しかけられた。
彼女は会釈だけ返し、歩く速さを上げて男の横を通り過ぎる。
「魂の質としては中の下ですが、今宵はあなたのもので我慢しましょう」
不意に背中に悪寒が走った。
ふりかえると、ちょうど自分の首を月明りを鈍く反射させた刃が切り裂こうとする瞬間だった。
「――ッッ!?」
ルルエは強く目を閉じた。
それしか出来なかった。
目を閉じると同時に金属同士をぶつけたような、ギィンという甲高い音が響いた。
「――ここは俺のファミレスの縄張りだ。誰だか知らんが見過ごせん」
目を開けると近所の胡散臭い青年が立っていた。
ーーside 聖ーー
今日も深夜パトロールをしておいて正解だった。
あやうくお気に入りの本屋の看板娘が殺されるところだった。
悪魔は誰かに召喚されることで生まれる。
そして召喚の代償として人の魂が必要だ。
さっきの発言からコイツが悪魔にかかわっている可能性は高い。
「ふむ……気配を感じませんでしたね……。気配遮断系のスキルでしょうか」
「……お前は何者だ?」
相手の言葉を無視して逆に質問をぶつける。
だが黒衣の男はあごに手をあててじっとこちらを見ているだけだ。
「今のは何と言うスキルを使ったのですか?」
「はぁ? んなもん教えるか」
目の前のコイツには会話したくない気色悪さを覚える。
ちなみにスキルは使っていない。単に奴が俺に気付けなかっただけだ。
「……まぁいいでしょう。あなたの魂はとても質がよさそうだ」
「一応だが、注意はしとかねぇとな。この街で妙なことすんじゃねぇ。それ以上するならこの街から出ていってもらう」
「なぜあなたにそのようなことを言われなくてはいけないのです?」
「お前が害悪だから。そして俺のほうがお前より強いからだ」
一発退場を言い渡すほど鬼じゃない、という俺の優しさを汲み取って欲しいな。イエローである内に刃を収めるなら俺も見逃すつもりだ。
「じゃあな。お前とはもう会いたくない」
「お帰りですか? ふひひっ、この私が逃がすとでも?」
男は短刀を強く握って構える。
だが――
「ああ? 勘違いすんな。もう終わったんだよ」
俺は男に背を向け、怯える看板娘さんに肩を貸した。
せっかくのカワイイ子との貴重なふれあいだ。
「――な、にっ!?」
黒衣の男は背中から心臓を貫かれていた。もちろん俺が貫いた。
男は灰となって風に舞う。生身ではない分身が死ぬとああやって灰になることが多い。
俺もさすがに生きている人なら躊躇なく殺しはしない。
分身を作り出す魔法はいろいろあるが、あれは人形に視覚やら聴覚やらをつないでるタイプだな。
「くそっ……やってくれたな……っ!」
こちらを睨みながら、男は消滅した。
だが分身であの強さか。
相手もなかなかの手練れだな。すくなくともレベル70以上だろうな。
ああ、これ以上あんな不気味な奴のことなんざ考えたくない。
俺は思考を右の震える女性へとシフトさせた。
「大変な目に遭いましたね。お怪我はありませんか?」
「は、はい。ありがとう、ございます……。あの、たまにうちの本屋に来てくれてる方ですよね?」
「え? ああ、そうですが?」
なんと……!?
相手も俺のことを知っててくれたとは!
これは脈ありとみていいだろう。だって、月に一、二度しかこない客を覚えるか、普通?
多少なり好意を持ってる人じゃなきゃ覚えないね、絶対。
「ああ、やっぱり。すごく印象的な方だったので覚えてたんですよ」
ほらきた。
これはいい流れだ。
人は第一印象で決まる。常識だね。
「官能小説のコーナーを入っては出て、周囲をきょろきょろして、また入ってすぐ出てを繰り返していた方なのですぐ覚えちゃいまいた」
…………。
…………なるほど、覚えちゃいましたか。
俺の第一印象はそんなふうに決まってたわけだ。
決まったと同時に終わってたわけだ。
しばらく本屋に行くのは控えよう。