模擬戦
夜のパトロールの次の日の早朝。
聖はシャントルの修行に付き合っていた。聖が面倒に感じていたのは事実だが、シャントルに店で働いてもらうのは元々そういう条件だったので仕方がない。
「開店は11時だけど、準備は9時からしないといけない。だから付き合えるのはそれまでな」
ちなみに今は朝7時だ。
「わ~ってるよ。じゃ、まずは手っ取り早く模擬戦してくれよ」
シャントルは『心域』から双剣を具現化させ、軽く素振りをしている。
「はいよ。そら、いつでもかかってこい」
聖が言い終わるや否や、シャルは勢いよく地面を蹴る。
『先の先』――相手に動く間を与えず先手を取り主導権を握る。
シャントルが常に心掛けていることだった。
わずかコンマ数秒で最高速に達し、大きな運動量を殺さないようにしてシャントルはスキルを唱えた。
「【スパイラル・エッジ】ッ!!」
【スパイラル・エッジ】――回転しながら斬りつける双剣スキルだ。
動きが単調であるというのが珠にきずだが、魔力消費も少なく威力も高い優秀な技だ。
シャントルの俊敏性と合わされば、レベル50以下の魔物がこの技を躱すことは難しい。
――――だが、単調な動きというのはここでは致命的だった。
相手は聖なのだ。
聖は回避系スキルを使うまでもなく、身体を半身にしてよける。
そしてシャントルが俺の横を過ぎるタイミングで、その背中を軽く押した。
「ぐぁっ!!」
勢いよく地面に激突するシャル。
スピードが着きすぎていたのが仇となり、体勢を大きく崩す。
だがそこからはやはり冒険者。ローリングで距離を取り、追撃に備える。
間合いは10メートルほど。
さすがに再び正面から突っ込むような真似はしないようだ。
ただ、10メートル程度だと聖の攻撃範囲内である。
故に間合いとしては本当は不十分だった。
レベル200以上だと100メートルをワンアクションで詰められるのが当たり前になっていく。
とはいえ、今それを言うのは酷だろう。
「【クイック・アップ】」
シャントルは敏捷上昇系のバフをかける。
そして再び地面を蹴った。
先ほどよりさらに一段と速い。
今度はスキルを使わず、幾重にも連撃を打つ。
だがことごとく躱される。
(くそっ……! どうなってやがる!)
シャントルは歯がゆさを感じていた。
攻撃をした直後に躱されるのならわかる。
相手の敏捷、反応速度が自分を上回っているのだろうと納得できる。
だがこの戦いはどうだ?
攻撃する前に避けられる。
聖は決して速い動きをしているわけではない。
むしろ、スピードはシャントルより遅い。
無論、わざと加減しているのだが。
なのにシャントルは後手に回らされていた。
「せいやっ!」
シャントルはここで、片方の剣で突きを放つ。
この突きは避けられる前提で放ったものだった。
避けさせたところをスキルで畳み掛けようという魂胆だった。
――――聖とシャントルでは経験に大きな差があった。
正直なところ、聖はシャントルが考えていることが手に取るようにわかる。
相手の行動予測――聖のそれはもはやスキル並に洗練されていた。
常に次の一手が見えている。
突かれた剣の下には既に、刃に沿うように聖の手が入れられていた。そしてシャントルの手と柄の間に指を滑り込ませる。
そのまま剣を片方奪い取り、もう一方の剣を弾き飛ばす。
「なっ……!?」
驚愕の表情のシャントル。
聖は突進の勢いを殺し切れていないシャントルの足を引っかける。
「くっ……!」
聖は倒れかけるシャルの襟を掴んだ。
その直後、シャントルの目の前に聖が先ほど弾いた剣が垂直に落下した。
もちろん狙ってやったことだ。
「…………っっ!?」
「勝負あったな」
「……ああ」
聖が襟を掴まなければ真上から自分の剣が直撃していた。
「ぐぬぬぬ……」
ここまで力の差があったことに悔しさがこみ上げる。
模擬戦を終え、聖は何をアドバイスしたものか悩んでいた。
シャントルは冒険者の基本の立ち回りはおさえていた。
だからこそ伸び悩んでいることも理解できた。
目立った欠点がない。
それはすなわち伸ばすべき所を見つけにくいということだ。
「シャル、レベルアップの条件は何か知っているか?」
「格上の敵を倒す、だろ? 常識だぜ」
「そうだ。自分よりレベルが上の魔物を倒さないと経験値が得られない。それはこの世界のルールで、誰にも変えられない」
「今更そんな当たり前なこと言われてもなぁ」
「まぁ聞けって。ではレベルアップでは何が上昇する?」
「そりゃあ……新しいスキルを覚えたり攻撃力があがったり……」
「じゃあ上昇しないのは何だ?」
「さぁ……。なぁ、セイは何が言いたいんだ? もったいぶらずに教えてくれよ」
「レベルアップで上がるのはあくまで”身体能力”。”戦闘技術”そのものは上昇していない」
シャントルはいまいち言っている内容を掴めていないようだった。
眉を寄せて、怪訝な顔をしている。
「筋力や耐久といった能力はレベルアップしないと上がらない。
でもレベルをあげるには自分よりレベルが上の敵を倒さないといけない。
レベルが上の敵を倒すには能力を上げないといけない」
セイがつらつらと言葉を並べる。シャントルはそれを反芻するように返す。
「えっと……レベルアップするためには強い魔物を倒さなくちゃいけなくて、強い魔物を倒すにはレベルアップする必要がある……?? ……矛盾してないか?」
「いや、だから言っただろ? 筋力、敏捷、体力……。いろいろある要素の中で技量だけはレベルに依存していないんだ」
「そうか……! それがさっきの模擬戦ってことか!!」
シャントルの言葉を聞いてセイはにやりと笑った。
どうやら伝わったらしい。
セイは先ほどの模擬戦で、力をレベル40相当くらいにセーブして戦っていた。
それでもレベル55のシャントルを圧倒したのは、その技量ゆえだ。
レベルが上、すなわち身体能力が上の相手に打ち勝つには技術で勝るほかない。
それがセイの持論だった。
「でもよ~……。それならどうやって技術を磨けばいいんだ?」
「それはまた今度教えてやるよ。とりあえず今日はもう店の準備しないとな」
「なんだ~……。じゃあ最後にさ、セイの本気見せてくれよっ!」
「へっ!?」
妙にキラキラとした目で聖を見つめる。
(う~ん……。どうしようか……)
ちょっと迷った聖だったが、やっぱり期待されると嬉しいのである。「しょーがねぇなー。ちょっとだけだぞ?」などと言いながら周りに人がいないか確認して、グッと右手に力を込める。
「はっ!」
そして空に向かって正拳突きを放った。
スキルでもなんでもない、ただの正拳突きだ。
だがシャントルは確実に何か特別なスキルだと感じた。
感じざるを得なかった。
なぜなら、
(な、なんつう地響きだ……! いや、地面だけじゃない。大気が振動している……!!)
ビリビリとした、鼓膜の奥を揺らされるような音。
気づけば、先ほどまで空の半分以上を覆っていた雲は消え去っていた。
思えば、地面はこんなにもひび割れていなかった気がする。
――――うまく理解できない。
シャントルの聖に対する感想はこの一言に尽きた。
「セイなら賢者に、いや、勇者サクリードにだって勝てるんじゃないか……?」
ぼそりとシャントルは呟いた。
「勇者、か……」
シャントルの呟きに続いてセイの口からも小さな声が漏れる。ただ、シャントルのものと違ってため息に似た声だった。
あんなに遠い目をしたセイを見たことがない。
シャントルはそう思った。
いつもは覇気がなく、愚痴を漏らしながら働く聖である。
まだ短い付き合いだが、聖の人柄をシャントルはだいたい理解していた。
簡単に言うと、へらへらしている。
だから聖が寂しさを滲ませ、天を仰いでいる今の姿が目に焼き付くかのようだった。
「その、勇者と会ったことがあるのか?」
「会ったことがある、なんてもんじゃない」
「…………」
何があったのか聞きたかった。
でも聖のただならぬ雰囲気――何か後悔しているともとれる様子がそうさせなかった。
「さて、今日はもういいだろ。帰ろうぜ?」
「お、おう」
とぼとぼと歩きだす聖の背中をシャントルは追いかける。
………………
…………
……
修行の後、店に戻った二人はルリといっしょにいつものように働いた。
今はちょうど昼のピークが過ぎ、ひと段落ついたところだ。
ルリは休憩時間で、外に出ている。
「セイ、セイは技術を上げて格上の魔物を倒すべきだって言ったよな? どうしてパーティの人数を増やして倒す方法じゃダメなんだ?」
唐突にシャントルが口を開いた。
「………………………え?」
聖にとってそれは青天の霹靂だった。
本来はシャントルの言った方法こそが強い魔物を倒すための正攻法であり常套手段だ。
パーティの人数分、経験値は分配されてしまうが勝てる確率は大きく上がる。
普通は誰でもそうやってレベルを上げる。
だからシャントルは聖が『ずっとボッチ冒険者だったから”複数人で魔物を倒す”という発想がすぐに出てこなかった』などとは思うはずもなかった。
「や……それはだね……。そ、そう! その意味を自分で見つけてこそシャル、君は成長できるんだよ!」
「な、なるほど!」
冷汗が伝う顔でビシッと言ってのける聖。
シャントルもシャントルで、「何事も思考訓練が大事だ! 自分で考えるのだ!」などとほざいている聖を感心した様子で見つめていた。
「ただいま~」
と、そこにルリがなにやら気落ちした様子で帰宅した。
「おお、ルリ。あと10分で休憩終わりだからちゃんと着替えとけよ」
休憩時間に街で遊んでいたので、ルリは今は私服姿だ。
「お父さん聞いてよ~。私、さっき変な金髪に誘拐されかけたんだよ!?」
「そうなんだ。はやく着替えてね」
「も~~!! ちゃんと聞いてよ~~!!」
こうして今日もファミレス『三日月亭』の一日は過ぎていく。




