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隆士がソフトウェア開発本部1課に配属されて約1カ月。
これまでは未経験者ということで、白川と共に雑務やプログラミングの勉強をしてきたが、そんな隆士に遂に仕事が回ってきた。
隣の部署の新規案件が設計段階から炎上しているという。
このまま今の人員で製造に突入すると納期に間に合わないのは明白であるため、ソフトウェア開発本部のご助力をお願いしたいとのことらしい。
この案件に1課のおよそ半数である15人が参加することになり、その一員として隆士が選ばれたのである。
まあ、実際のところは大人数で突っ込めば、その中に数人役立たずが混じっていても何とかなるという上の判断であろう。
15人の中には、隆士の他、白川も含め5名の新人も含まれていた。
火消しのために投入されたチームとしては、やや不安な布陣ではないだろうか……。
そして、始まったプロジェクトは1週目から22時までの残業が常態化する有様だった。
深夜残業と休日出勤は賃金の割増率が高くなってしまうため、基本的にはさせてもらえなかった。
ゆえに家に帰って風呂に入って寝るくらいの時間は十分確保できたとも言えるのだが……。
隆士は初めて本格的にJavaのプログラミングに触れることになったのだが、やはり一筋縄で行くはずもなく……。
考え込んで、気が付けば1時間、2時間と時間が過ぎるのである。
上司は5分考えてわからなければ先輩に聞けとは言うが……。
既に炎上しているプロジェクト、どの先輩も余裕のない顔をして一心不乱にプログラムをひたすら書き続けている。
そんな状態で、いったいどの面下げて質問しにいけばいいのだろうか。
むしろその方法を教えてほしいくらいだ。
それでもさすがに1日仕事して進捗がないのを報告するのもちょっと気が引けるので、一番やさしそうな先輩に声を掛けてみる。
「あの。 すいません。 ちょっとわからないところがあるんですけど」
「あ、ちょっと待って。 じゃあ、これ終わったらそっち行くから」
その先輩は結構わかりやすく教えてくれた。
「ありがとうございます。 すごい助かりました」
「あい。 じゃあ、なんかまたわからないことがあったら聞いて。 上司からも新人の面倒見るようにって言われてるから」
先輩はそう言ってから、さらに一言追加して自分の席に戻っていった。
「できれば僕が忙しくないときに。 まあ、そんなときあるかどうかわからないけどね」
ですよね……。
しかしその後もわからないところは次から次へと出てくる訳で……。
都度、タイミングを見計らって、あるいは幾つか質問が溜まった段階で質問に行くのだが……。
「あー、ちょっと待って」
と言う先輩の顔からは、
またかよ。
といった表情が読み取れてしまうのである。
それは考えすぎかもしれないが、一度その表情を読み取ってしまうと、隆士はもう質問ができなくなってしまうのである。
そのような感じで日々の仕事を行っていたので隆士の仕事の進捗具合は芳しくなかった。
結局作業の遅れから割り当てられたタスクの幾つかを先輩に引き取ってもらうという結果に終わってしまった。
しかし、新人5名のうち、隆士よりも悲惨な結果を残してしまった者がいた。
それが白川であった。
白川は絶望的にプログラミングが出来なかった。
そして、まさかの実質進捗ゼロを何日にもわたって出し続けてしまったのである。
このプロジェクトが始まる前には隆士の白川に対する発言をあまり信じようとしなかった同期達も、その惨憺たる状況を見て白川に対する評価を改め、彼の相手をしないようになっていった。
上司、先輩も、
あいつはいったい、どうしたものかな。
と、諦めの表情を浮かべる。
そして白川の表情からも、やがて生気が失われていった。
隆士はその状況を見て密かにほくそ笑むのである。




