どうやったって、僕は漫画の世界には行けやしない
川沿いを歩きながら、太陽に向かって指を立てる。
指に、心地の良い風があたり、体全体が、ふわっと宙に浮くような感覚を得る。
僕は、この世界で一番強い人間になれると信じている。
指を空に向かって立てることによってこの世でいちばんの人間であることを誇示しているのだ。
「あんた何やってんのよ」
僕の後ろから、赤い自転車を押しながら歩いてくる女の子が喋りかけてきた。
「うーん、考え事かな」
僕は、ちらっと後ろを一瞬振り返り、彼女の姿を確認した。
そのまま、彼女の無視して歩き続けた。
夕暮れ時の川沿いは、とても綺麗だ。
水面は、ゆらゆらと揺れながら夕日が反射し、宝石のように光り輝く。水面に飛び込めば、どこか違う世界へ飛んで行けるのではないかと思うくらいだ。
「考えごとって……あぁ、もう」
女の子は、赤い自転車を思いっきり押して小走りで僕の方へ向かってきた。
「無視すんな!」
僕の歩く方向を自転車で塞いだ。
赤い自転車とともに、肩で息をしているブラウスとスカートの女の子を尻目に、黙々と歩いた。
女の子は深くため息をついて、男の子を追いかけた。
学校の帰り道ではあるけれど、僕はカバンはもっていない。カバンは学校に置いてきた。
家に帰った所で、カバンの中は開けない。
宿題をやるわけでもない。
カバンの中身は、次の日になっても変わらないし、親が作ったお弁当があるわけでもない。
中身の変わらないカバンを往復させる行為が僕にとっては苦痛だった。
「そんな、指を空に掲げたところで、異世界なんかに行けやしないわよ。正体不明の凶悪な敵が街を襲ったり、正義のヒーローが現れたり。もう、いい加減高校生なんだから、気付きなさいよ。それくらい」
自転車のチェーンが、カラカラと回転する音が、川沿いの道に響いていた。
気がつけば、日は暮れていた。
日差しがなくなったせいか、少し肌寒かった。
「明日は、学校に来るわよね」
「行くよ。今日はたまたま休んだだけ」
「たまたまって……、あんたもう1週間も休んでるじゃないの」
僕は、別にヒーローになりたいわけじゃない。
異世界にいきたいわけじゃない。
正体不明な凶悪な敵が街を襲ってほしいわけじゃない。
いろいろな、漫画やアニメを見た結果、僕はこの世界があまりに退屈で、わかりきった生活が続くことに気がついてしまったのだ。
高校を卒業して、大学に行って。適当なサークルに入って、大学1年目から就職活動をして。就職してからは、適当に合コンをして、適当な彼女を捕まえて、適当に結婚して。気が付いたら、適当に子供ができて、適当に定年退職。
僕の人生は適当「そのもの」なんだろう。
こんな感じで人生が続いてしまうのならば、空に指を天高く突き上げて川沿いを歩いていた方がいいんじゃないか。
そしたら、何か少しでも変わるんじゃないか。
こういう感覚を、人は、モラトリアムとかって言うらしい。
「じゃあ、明日は学校に来なさいよ」
女の子は、自転車にまたがってペダルに足を乗せた。
女の子は、ペダルに体重をかけてチェーンを回し、タイヤをゆっくりと回して川を渡るための橋の方に向かって走っていった。
僕は、一人でそのまま川沿いを歩いた。
家に帰るならば、橋を渡った方が早い。
でも、僕はそうしなかった。
僕は、テクテクとあるいた。
この世界が、漫画の世界とつながることを信じて。