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<14歳編>
丁度、桜が散りきった今の時期に京都なのか?
そんな疑問はあまり感じなかった。ただ荷物をまとめて先生の指示に従い、だらだらと観光するだけ。
修学旅行とはそのようなものだ。そして学生時代の思い出になっていく。良いも…悪いも。
【選別】
急な班決めはブーイングもなくすんなり通り、あっという間に当日を迎えた。私は補助席に座って揺れながらバスガイドさんを真下から眺めていた。それなりの美人だけど真下から眺めると少し残念に見えた。
隣は木下さんとその隣に倉敷さんが座っていた。気を使ってくれた倉敷さんが補助席でいいって言ってくれたが、ものの数分でバスに酔ってしまい窓際に強制移動となった。
補助席の固いシートが揺れる度、肩甲骨に鈍痛が走る。微妙に角度が悪いようだ。それを察して木下さんがソワソワしているが、彼女は人と話すのが苦手なようだ。さっきの新幹線の移動の時も黙ってお菓子を差し出してきた。どうぞの一言が言えないようだ。
「大丈夫だよ」彼女に併せて小声でこの席で構わないと意思を伝えた。
目が初めてあった。彫りの深い顔立ちの奥で大きめの目が震えていた。「ごめんなさい」とだけ返してくれた。
その間もバスの後方の方は盛り上がっており、朋美ちゃんグループとクラスの男子が騒いでいた。
最早バスガイドさんの声は中ほどまでしか伝わって居ないようだ。
初っ端から疲れきっている担任は寝息を立てて前の席に鎮座していた。
肩甲骨がずっと痛いと思いちょっと振り返ると、クラスの男子が割り箸でつついていた。どおりで痛いはずだ。にやにやと笑いながら声を掛けて来た。
「ね?ね?倉敷ゲロった?」
「うるさい。」
「うぜー。はぶられてる癖に。調子乗んなよブス。」
朋美ちゃん勢力から外された私の扱いはこんな芋みたいなクソ少年からもコケにされる。お前もどちらかというとクソだろう?修学旅行という行事が彼に調子を与え自分が見えてないようだ。
一日目の観光はしおり通りに終わった。部屋に戻って早く寝てしましたい。
がしかし、どういう割り振りか…。私達のグループと朋美ちゃんのグループは相部屋だった。大きめの座敷に7組の布団。私達は隅っこに三人固まった。気が休まらないのは倉敷さんも木下さんも表情から読み取れた。消灯は10時だったが早めに寝てしまおうと思った。朋美ちゃんとマリリンとたなやんの三人は男子の部屋に行っているそうだ。管ちゃんだけが残ったのが意外だった。入念にストレッチをして管ちゃんも寝る準備にかかっている。
「管ちゃん行かないの?」
「バスケ部の決まりで男子の部屋に行ったら連帯責任になるから。」
「そっか。」
「カナちゃん。それ?手作り?」
管ちゃんは私のポーチを指した。
「うん。布余ってたから作った。」
「可愛いね。さすが手芸部。」
「手芸部じゃなくて家庭科部だって」
久々の管ちゃんの感じに思わず笑いが漏れた。倉敷さんも木下さんも少し笑ってる。
「カナちゃん。あの…最終日だけど…一緒に…っ」
管ちゃんが何か言いかけて訪問者が押し掛けて来た。
「管ちゃーーーーーん!!バスケ部今から全員一階のロビー集合!!」
バスケ部の渡辺さんだ。
「え?何で?」
「サチがやらかした!!」
「マジ?」
管ちゃんはジャージ姿で部屋を出て行った。その内に私達は眠くはないが断固として寝ていますアピールの為深く布団に潜り込んだ。朋美ちゃん達が戻ってくる前に倉敷さんが小声でこう言った。
「あの…私の事は気にせずに…管さんが最終日って…」
最終日は自由時間の事だ。私と倉敷さんと木下さんは三人で京都の映画村を回る予定にしていた。
「最後まで聞けなかったから、分からないけど…向こうは向こうの予定があるだろうから。」
倉敷さんは木下さんと顔を見合わせ頷いた。
「変更があったら…いつでも言ってください。」
「ありがとう…もう敬語やめようよ。私映画村楽しみにしてるんだ。」
三人で薄暗い部屋で小さく笑った。
結局そのまま管ちゃんは11時まで戻らず、先に朋美ちゃんグループが戻ってきた。朋美ちゃんとたなやんはテンションの高いまま布団を整え出した。
深く布団にもぐっているので様子は伺い知れなかったけど布団を整える風にのってマリリンの香水の匂いが漂った。多分私の近くだな。
三人は私達が寝ているにも関わらず、誰と誰がデキてるとか。隣のクラスの北里くんについて熱く語っていた。北里君は転校生で顔が良く身長も高いので女子に人気がある。どうも会話の感じから北里君を三人で見に行ったようだった。
そして北里君トークに飽きた頃にマリリンの性教育が始まった。マリリンもたなやんに乗せられて今の彼氏との進行具合を暴露していた。
「マリリンってもうエッチしたの?」
「うん。みんなには黙っててね。」
「えーーー黙っとく!!秘密だよ!!どうだった?」
「全然痛くなくて…本当に処女?って彼氏に疑われた。」
「トオル君家でしたの?」
「うん。彼のお母さんが居ない日に。」
「夜?泊り?」
「……実は……昼」
「えーーーーー大胆!!」
「でもエッチしたの親にバレたみたいで…トオルちゃんママにちゃんと避妊しなさいよって言われたって。」
「親公認!?」
「向こうはまさか私が中学生って思ってないみたい。何か同じ高校生と思ってるみたい。」
「そーなの!?」
「うん。」
その後にチャリと金属音がした。マリリンのネックレス先に付いている指輪の金属音だと思う。
彼氏とペアで買ってもらったものらしい。彼氏と遊びに行く時は左の薬指に付けてこれ見よがしに見せつけていた。
「いーなーペアリング。」
羨むのは朋美ちゃんの声。
「彼氏ができたら買ってもらいなよ。」
出た。マリリンの上から目線。
「ねぇちょっと!!ちょっと!!起きてるんでしょ?」
朋美ちゃんが声を荒げ。急に布団を叩く音が聞こえた。一番向こうの…
「木下さん起きてんでしょ?」
木下さん!!布団の擦れる音がした。
「木下さん付き合った事ある?」
何でそんな事をわざわざ木下さんに聞くのだろうか?そんなの聞かなくても分かってるじゃないか。
「だよね。好きな人は?え?何?聞こえない?」
「…ないです…」
消えそうな声が聞こえて来た。私は嫌な予感がした。
「今まで人を好きになった事は?」
彼女がどんな反応をしたのか分からなかったけど、三人が笑いながら木下さんをからかっているのは良く分かった。
「何で?恋しなよー!!隣のクラスの北里君とかカッコイイとか思わない?」
助けてあげたいけど、どんな風に助けてあげたらいいか分からなかった。
「ハーフなんでしょ?もっと恋に大胆にならなきゃ!!」
言われている事も明らさまにブスとかクソとかじゃないから反撃の隙がない。
困っている時に管ちゃんが帰って来た。そこでこの話題はお開きになった。
翌朝、木下さんは更に下を向いていた。食欲もないようだ。助けて上げられなかったのもあって私と倉敷さんも無言だった。自分が情けない。ごめんね。木下さん。倉敷さんと目が合った。倉敷さんも似たような心境のように感じた。
バスに乗る前に朋美ちゃんとたなやんは、木下さんを人気のない所まで連れていった。ひそひそと何か話している。不安で仕方がなかった。そしてその不安は的中する。
戻ってきた木下さんに何を話したか聞く前に彼女は朋美ちゃんとたなやんに挟まれるように座らされた。
木下さんの決して合わない大きな目が助けを求めていたが、バスの最前列の私達と一番後ろに陣地を広げる彼女達の間には距離があり過ぎて超えられそうになかった。
「木下さん今日は私達と回るからーー。」
朋美ちゃんが大声で私に言った。
「木下さん…大丈夫かな?」
倉敷さんの声は不安げに震えていた。
二日目の観光は奇妙だった。たなやんと朋美ちゃんの二人は木下さんを挟んで移動するのだ。そして何かと「こっちの方が可愛くみえる!!」「こうしたほうがお洒落。」などと言っては強引に何かを薦めていた。長い前髪を無理やりピンで留められている木下さんはやはり日本人離れした顔で歩くだけ目立った。そうこうしている内にお昼前に清水寺を観光した。私は坂の前を歩く朋美ちゃんグループを心配に眺めていた。寺に入る前に管ちゃんから腕を引っ張られた。
「ちょっと来て!!」
背の高い管ちゃんが身をかがめてきた。
「止めた方がいいよね!?」
「え?何が?」
私は管ちゃんの言ってる意味が分からなかった。
「あんた!!木下さんに今日ここで北里君に告白させるつもりよ!!」
「え?何で?木下さん北里君好きだったの?」
「分かんないけど、明らかに木下さん迷惑そうじゃん!!あんた何ぼーっと眺めてるの!?私もさっきマリリンから聞いてびっくりした!!一緒居るからおかしいなーって思ったらさ、変な計画立ってて!!」
「え?嘘…私どうしたらいい?」
「とりあえず、ここで木下さん捕まえよう!!」
「分かった!!」
そして急いで参拝の列に戻った時だった。本堂を過ぎたあたりで手拍子が起こった。
「「こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!」」
女子が中心となって木下さんを煽っていた。その神社は縁結びで有名な神社の前だった。菅ちゃん!と思って思わず探してしまったが、菅ちゃんはこんなときにバスケ部の顧問に捕まっていた。
「辞めようよ!!」私の声はその他大勢の勢いに呑まれている。「やめよー!!」必死に叫んだ。
「「こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!こっくはく!!」」
たなやんが笑いながら北里君をひっぱてきた。
これは何も言わなくてももう北里君も分かっただろう。北里君の前に押し出される木下さん。周りをうちのクラスの女子が囲む。様子が良く見えない。もう止められない。静まり返る歓声。北里君のごめんさないだけが私の耳に届いた。
「えー北里君なんでー?」っと言いながら朋美ちゃんが腕を絡めた。
「え?いや…俺付き合うとか良く分かんないし…。」酷く困った顔をしていた。
人混みが引いた後ようやく木下さんを捕まえられた。遅かった。
静かに涙を流す木下さんに何と言っていいか分からず倉敷さんと三人で先にバスに戻った。この姿はあまり人に見せてはいけない気がしたからだった。強引に止めたヘアピンを外すといつもの前髪がぱらりと落ちて来た。木下さんは私達の手を強く握り離さなかった。
ごめんね…って言おうとしたら涙が出てきてしまって声が出なかった。倉敷さんもずっと袖で涙を拭っていた。
最終日は結局三人でホテルに引きこもった。
そしてその日を最後に木下さんは学校に来なくなった。
【選別】→【14歳の性】へ続く。
続きます。