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9. 4月7日~8日:イルミナイト王都

王都ではアークトゥルスがリゲルからの要請で『ピスケス』の細工職人養成施設を調査していたが、施設内の汚染者があまりに多く調査は難航していた。遠巻きに隠れて監視するのが精一杯である。


(これは酷いわね……とても施設には近づけそうにないわ)


記憶水晶(メモリクリスタル)の出処が恐らくここだとリゲルから聞いてはいたが、ほぼ間違いないようだ。施設の関係者はほとんど汚染されてしまっているのだろう。これでは立ち入った調査はできないし、かといって回収するには汚染者の数が多すぎる。


「困ったわ……。これじゃ調査できそうにないわね」


アークトゥルスは人目を避けて物陰に隠れると、通信機を取り出して操作した。とりあえず今はこの現状を仲間に伝える他、できる事がない。


「……ベテル? 私よ」

≪ああアークですか。どうです、調査の結果は?≫

「リゲルの言う通り、間違いなくここが汚染源のようね。施設内が汚染者で溢れているわ」

≪やはりそうですか……。何とか施設に忍び込めませんの?≫

「ダメね、汚染者が多すぎて見つからずに忍び込むのは無理よ。遠巻きに監視するのが関の山ね」

≪それは困りましたわね。それでは記憶水晶の大元を調査できませんわ≫

「何か良い作戦はないの?」

≪記憶水晶を回収するだけでしたら、『タウルス』に運搬する途中を狙う手段もありますけど、これでは結局大元を押さえられませんわ。どうにかして忍び込んで調査したいですわね≫

「夜中に忍び込んでみる? これなら人もいないでしょう?」

≪それも良いですけど、万が一『サジタリウス』の巡回に見つかったら厄介ですわ。しばらく様子を見て巡回パターンを把握してからにすべきですわね≫

「そうね、じゃあその作戦で行きましょう。数日は様子見ね。……『タウルス』の方はどう? カノープスから報告はあった?」

≪ええ、報告によると『タウルス』に汚染者は全くいないそうですわ≫

「全くいない? どういう事?」

≪恐らく、生産時点で包装まで済ませているのでしょう。『タウルス』側は直接記憶水晶に触れる機会がないのですわ≫

「そういう事ね……。念のため、カノープスには引き続き『タウルス』の調査を進めさせて」

≪分かりましたわ≫

「それと、他のみんなはいつ王都に到着するの?」

≪アンタレスは今夜到着しますわ。着いたらすぐにそちらに向かわせます。リゲルは明日エル・シーダを出発して夜に到着する予定で、プロキオンは少なくとも1週間は来れないそうですわ≫

「シリウスは?」

≪呼ぶ訳ないでしょう≫

「……そう、分かったわ。調査に戻るから、何かあったら連絡して」

≪ええ、頼みましたわ≫


通信を終えると、アークトゥルスは調査を再開した。

日中の調査では人がいなくなるタイミングを確認したが、どうやら日中にそのタイミングはないようだ。

アンタレスと合流した夜間の調査では『サジタリウス』の巡回パターンを調査したが、特に変わったところはない。

――そして調査を続けて一夜明けた時、施設周辺には妙な雰囲気が漂い始めた。


「……なあアーク、なんか変じゃねーか? 誰も来ねーぞ?」

「そうね……。昨日はこの時間には大勢いたのに……」


朝になっても、施設に誰一人来ていない。本来ならばすでに生徒が集まって講習が始まる頃である。

元々人が少ない地区であるが、今日は誰も来ていないせいで不気味なほど静まり返っている。物陰に隠れる必要もなさそうなほどだ。


「今日は休みかね? どうする? 今のうちに忍び込んじまうか?」

「待って、ベテルに相談してみるわ」


アークトゥルスは通信機を取り出してベテルに連絡を取った。


≪……アーク、どうしました?≫

「ベテル、今養成施設を監視しているのだけど、今日は誰も来ていないわ。今のうちに侵入して調査を行いたいのだけれど?」

≪誰も来ていない? 妙ですわね、調べによると今日は休みでも何でもないのですけど?≫

「……罠、かしら?」

≪分かりませんわ。もしかしたら本当にただの臨時休講かもしれませんし……しかし人がいないのは確かに好都合ですわ。今のうちに内部調査を行ってください。もちろん、罠の可能性もありますので十分に注意してください≫

「ええ、分かったわ。……アンタレス、ベテルも調査してほしいそうよ。行きましょう」

「おう、気を付けていくか」


アークトゥルスは通信を切ってアンタレスと共に養成施設へと近づいて行った。

施設周辺に誰もいないおかげで、隠れる必要すらなく近づける。

施設は正面入り口以外は塀で囲まれているが、せいぜい人の背の高さほどしかないので乗り越えるのは容易である。元々人はいないが、それでもなるべく人目につかぬよう、二人は最も人通りの少ない施設裏側に回った。


「よっと!」

「はっ!」


二人は一息で塀を飛び越えて内部に侵入した。『ステラハート』にとっては、この程度の塀を飛び越えるなど全く造作もない事である。

施設内は実習を行う工房と講義等を行う二階建ての校舎に分かれており、二人は丁度工房と校舎の継ぎ目部分に出たようだ。


「さてアーク、どっちから調査する?」

「まずは工房ね。記憶水晶が加工されるならここでしょうし」


二人は工房の入口へ向かった。工房はレンガ造りの長屋で、複数の入口があるが恐らくどこから入っても同じだろう。窓からは内部が見え、長手方向に様々な工作機械が並んでいる様子が見られる。見える範囲では人の姿もない。

周囲を警戒して入口に近付くも、人の気配はしない。警備の人間すら来ていないようだ。


「アンタレス、鍵を開けてちょうだい」

「あいよ、どれどれ……」


アンタレスは腰につけたバックパックから開錠用の道具を取り出して扉の鍵穴を覗きこみ、鍵を開けようとした。アークトゥルスは周囲を警戒しているが、相変わらず人の気配はしない。


「……ん? 鍵かかってないぞ?」

「え、開いてるの? いつも鍵かけてないのかしら? ……まあいいわ」

「じゃあ開けるぞ」


アンタレスは扉を開けて慎重に中を確認した。中にも誰もおらず、ただ立ち並んだ工作機械があるのみで油と金属の入り混じった匂いが漂っている。


「マジで誰もいねーな……」

「油断しないで。気を付けて調査しましょう」


二人は仲に入って扉を閉め、工房内の調査を開始した。

工房に二階部分はなく、現在いる工作機械が立ち並んだ場所以外に調査できそうな場所はない。


「お、いかにも怪しいものがあるじゃねーか」

「そうね、あの箱……」


そう言って二人は工房奥の隅に積まれた箱に目を付けた。

アンタレスが箱を開けると、中には大量の小さな紙袋が入っていた。アークトゥルスは紙袋の1つを取り出し、中を覗いて中身を確認した。

中身は黄色い水晶をあしらった装飾品である。


「……当たりね。記憶水晶だわ」

「やっぱりか。これ全部そうなのか?」


アンタレスは複数の袋の中身を確認したが、全て記憶水晶を使用した装飾品であった。


「すげーな、こんなにあるのか。……なになに、1箱に200個入ってるのか。それが……30箱か。と言う事は6000個あるんだな。よくもまあ、こんだけ作ったもんだ」

「本当にね。これは最後に持ち出してしまいましょう」

「そうだな。次は記憶水晶を持ち込んだ奴が誰か、調べるか?」

「ええ、恐らく校舎の方に何かしらの記録が残っていると思うわ。それを調べれば……」



「大したものでしょう? それは全てここの生徒たちの作品ですよ」



「――誰!?」「誰だ!?」


突然後ろから聞こえた声に驚いて二人が振り返ると、全く気配がしなかったのに、工房の入口にがっしりした体格の男性が立っていた。油の染み跡が残る作業着を身に着け、浅黒い肌に白髪と白い口髭が特徴的な初老の男性であり、軽く微笑んで二人を見つめている。


「私が提供した記憶水晶を加工したものです。習作ゆえ少々不格好ですが、生徒たちの熱意が伺えるでしょう?」


丁寧な口調で話す男性は、かなり人が良さそうな印象を受ける。


「……これを持ち込んだのはあなたなのね? 一体何者?」

「申し遅れましたな。私はシルト、この養成施設の講師を務めております」


シルトは軽く一礼をして答えた。


「貴女方は確か『ステラハート』でしたな? 相変わらず我ら『エクソダス』の妨害を続けているようで」

「……初めて見る顔だが、どうやら容赦しなくていい奴みてーだな」

「そのようね」


アークトゥルスとアンタレスは剣の柄のようなものを取り出した。

アークトゥルスがそれを持って構えると、刀身に当たる部分の空間に光子が集い、透き通った白銀の刀身を形成して片刃の長剣となった。

アンタレスがそれを持って構えると、柄の先端からうねる光の鎖が伸び、先端に鉤爪状の刃が付いた鎖鉤爪とでも呼ぶべき武器となった。


「まあまあ、まずは話を聞いてください。そのために貴女方を迎え入れたのですから。わざわざ臨時休講にして鍵も開放しておいたのですよ」

「……やはり罠だったようね。けれど今更話す事などないと思うけど?」

「とりあえず聞くだけ聞いてくださいな」

「……言ってみなさい」


シルトは腕を後ろで組んでゆっくり歩きながら語り始めた。アークトゥルスとアンタレスは武器を構えたまま警戒を解いていない。


「単刀直入に申しあげましょう。訳あって貴女方に停戦を申し入れたいのです」

「停戦だあ!? どの口が言うんだよそれ!?」

「全く話にならないわね。今更停戦なんて出来ると思ってるの?」

「貴女方『ステラハート』は我々の作戦を阻止するため、活動を続けているようですが、最近の貴女方は我々が用意した記憶水晶を回収し、汚染者の除染するばかりで到底作戦の阻止が上手くいっているとは言えません。圧倒的に我々が優勢です」


シルトは語りかけるような口調で話を続けている。

アークトゥルスとアンタレスは武器を構えて警戒したまま、黙って聞くのみである。


「我々も別に貴女方を倒すことが目的ではないのですから、もう無駄に争うのは止めにしたいのですよ」

「よく言うわ。汚染者に私達を襲うよう仕向けておいて」

「もちろん停戦を受け入れて頂けるのならば、それは解除しますよ?」

「お断わりだっつーの。誰がお前らみたいな侵略者と停戦するかよ」

「我々は侵略のつもりではないのですがね。内面世界(インナースフィア)の事情は理解しているでしょう?」

「ええ、それは分かっているけど、だからと言って外面世界(アウタースフィア)を利用していい理由にはならないわ」

「そうも行きません、内面世界(インナースフィア)の人々が生き残るにはこれしかないのですから」

「あーダメだこりゃ、話にならねー。聞くだけ無駄だったか」


話を聞いていたアンタレスは呆れた声を出して鎖鉤爪を構えた。


「まーとりあえず、あんたには……大人しく倒されてもらうぜ!」


アンタレスは鉤爪をシルト目掛けて投げつけた。

シルトがひらりとそれを躱すと、アンタレスは鎖を引き戻して再びシルトを狙った。しかし、シルトは咄嗟に近くの工具を拾い上げ、鉤爪の攻撃を受け止めた。


「やれやれ、結局こうなりますか……まあ、予想はしていましたが」

「ええ、そうね」


アークトゥルスはアンタレスの攻撃に合わせてシルトとの距離を一気に詰め、剣を振り上げた。シルトは鉤爪を掃い、すぐ後ろに飛び退いて躱したがアークトゥルスは続けざまに剣を振り下ろした。シルトはこれも横に飛んで躱し、振り下ろされた剣は後ろにあった工作機械を両断した。

アークトゥルスはすぐに追撃するも、シルトの軽快な身のこなしで躱されてしまう。


「仕方ありませんな、今日は退かせてもらいましょう」


シルトはアークトゥルスの攻撃を躱しながら転送装置を取り出した。


「逃がすかよっ!」

「むっ!?」


取り出した転送装置目掛けてアンタレスの鎖鉤爪が伸び、転送装置をシルトの手から弾き出した。

その時、一瞬弾かれた転送装置の方へシルトの注意が向いた。アークトゥルスはそれを見逃さなかった。


「もらったわ!」


アークトゥルスはシルトの懐に飛び込んだ。もはや攻撃を避けられる間合いではない。構えた剣を振り下ろそうとしたその瞬間であった。


「――!?」


アークトゥルスは攻撃を中断し、咄嗟に後ろに飛び退いた。次の瞬間、アークトゥルスがいた位置に何かが飛来し、それは壁に突き刺さった。間一髪で躱したそれは、矢だった。


「何やってんだお前ら!?」


アークトゥルスとアンタレスは声がした方を見た。

その方向にある離れた入口から、弓を構えた細身で緑髪の男性が二人を狙っている。先ほどの矢は、彼が放ったようだ。


「おいおっさん、早く逃げろ!」

「……!」


シルトはすぐに転送装置を拾い上げて操作した。


「逃がさないわ!」

「逃がすかよ!」

「動くんじゃねえ!」


緑髪の男性はシルトに攻撃を加えようとしたアークトゥルスとアンタレス目掛けて矢を放った。二人は矢を躱したが、追撃する時間はもうない。

操作を終えたシルトは光の粒子となって消失してしまった。


「げっ!? おっさんが消えた!?」

「くそっ、逃がしたか!」

「くっ、あと一歩だったのに……」


シルトが消失した工房には、転送に驚く男性と取り逃がして悔しそうな顔をするアークトゥルスとアンタレスが残った。

一瞬の間の後、我に返った男性はすぐに気を張ってアークトゥルスとアンタレスを見据えた。


「と、とにかくお前ら動くなよ! 誰だお前ら!? ここで何をしてる!?」

「いやお前こそ誰だよ? お前のせいで逃がしちまったじゃねーか」

「汚染者ではないし、『ピスケス』の関係者でもなさそうね」


アークトゥルスとアンタレスが武器の構えを解くと、武器の刀身部分が光の粒子となって消え、元の柄状の物に戻った。二人は何気なくそれをしまうが、男性にとってはそれも不思議な光景である。


「何だその武器? 本当何者だよお前ら」

「アーク、どうする? バッチリ見られたぞ?」

「……全部話しましょう。協力してくれるかもしれないわ」

「いいのか、巻き込んじまって? ……まあリゲルの前例があるし、別にいいか」

「ええ。一人でも協力者が増えれば助かるわ」

「おい、お前ら答えろよ!?」

「今から話すわよ。長くなるけど我慢して」


アークトゥルスとアンタレスは男性に『ステラハート』と『エクソダス』、汚染者や記憶水晶等、この世界に起きている事について全て説明した。

突飛な内容に初めは戸惑うばかりの男性だったが、説明を聞くうちに納得したようだ。完全に警戒は解いた訳ではないが、とりあえず二人に対する敵意はなくなったようだ。


「にわかには信じられないが、確かに言うとおりだな。おっさんが消えたのも納得がいく。とんでもない事になってるようだが……」


一通り話を聞いた男性は顔をしかめて答えた。納得はいくものの信じ難い内容のためか、全く実感が湧かない。


「今度はあなたの事を話してもらえるかしら? あなたは何をしに来たの?」

「ああ、そういえば話してなかったな。俺はリム、『タウルス』の傭兵だ。今日はうちで配ってる装飾品の在庫が尽きたから余ってないかと思って取りに来たんだが、来てみたら誰もいなくておかしいなと思った矢先、あんた達がいておっさんを襲っているのを見た、といった感じだ」

「『タウルス』……丁度いいわ。汚染を防ぐために協力してくれないかしら?」


『タウルス』の名を聞いたアークトゥルスは一瞬考えたが、リムに協力を要請した。カノープスから『タウルス』は汚染されていないと聞いているので問題ないだろう。『タウルス』の内部事情を知るためにも、リムの協力は重要である。


「まあ事情は聞いたしな。いまいち実感は薄いが、協力してもいいぞ」

「ありがとう、助かるわ。とりあえず、もう記憶水晶の配布は止めて。あとは記憶水晶らしき物を見かけたら連絡をくれるだけでいいわ」

「何だ、それだけでいいのか?」

「ええ、汚染者の回収や『エクソダス』の追跡は私達でなければ出来ないと思うわ。あとは普通に過ごしていればいいわ」


もっと積極的に動くものかと思っていたリムには拍子抜けであった。しかし、普段通りにしてればいいのは気が楽だ。


「そうか、それはそれでいいか。普段通りにしてりゃいいんだな?」

「ええ、もし記憶水晶を見つけたら『リブラ』本部に来て、私は普段そこにいるから。私も時々そっちに様子を見に行くわ」

「あんた『リブラ』で働いてるのか。とりあえず分かった、そうしよう」

「おーいアーク、記憶水晶の転送、全部終わったぞ」

「ええ、ご苦労様アンタレス」


アンタレスは話をしている間に記憶水晶の転送を終わらせたようだ。山になって積まれていた箱は跡形もなくなっている。


「それじゃ、シルトに逃げられた以上もうここに用はないわね。早々に撤退しましょう。ベテルに報告もしないといけないし」

「おう、そうするか。じゃあリム、あんたも頼んだぜ」

「まさかこんな事になるとはねぇ……」


アークトゥルスとアンタレスは工房を出ていった。そのまま裏手に回ると侵入した時と同じように塀を飛び越え、変わらず静かな街中に消えていった。

リムは普通に正門から出ると、えらい事に巻き込まれたものだ、と難しい顔をして考えながら『タウルス』の訓練施設へ帰って行った。

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