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7. 4月5日~6日:エル・シーダ

(クラッドとリゲルは確か明日帰ってくる予定だったわね。……あら、あれは?)


4月5日、3日間に渡るサン・ダーティでの取引を終えてエル・シーダへ帰ってきたアイリスは、港に続く街道に人だかりができていることに気が付いた。

近付いてみると街道に交通規制が敷かれている。規制を敷いているのは『サジタリウス』のようだ。交通ギルドの『レオ』ではなく警備ギルドの『サジタリウス』が規制を敷くのは、何か事件があった時である。


「あの、この先で何かあったんですか?」


アイリスは規制を敷いている『サジタリウス』の警備兵に話を聞いた。また汚染者の回収かと思ったのである。


「この先にある港の岸壁で昨日、殺人事件がありました。現在調査中ですので、ここは通り抜けできませんよ」

「え、殺人? ……ええと、分かりました」

「それと現在も犯人は捕まっておりません。近辺に潜んでいる可能性も十分にありますので、くれぐれもお気を付け下さい」

「はい、気を付けます」


アイリスは少し引き返した後振り返った。


(殺人という事は、汚染者回収とは関係ない? リゲルも殺しはしないと言ってたし……何にしても怖いわね)

「そこのお方、少しよろしいですか?」

「……はい?」


声をかけられた方を向くと、そこには手帳を持った女性がいた。

艶のある黒髪が特徴的な女性で品の良い服装をしており、腰には細身の剣を帯刀している。外見からはアイリスと同年程度と思われる。


「突然申し訳ありません。私は『サジタリウス』所属のリリィと申します。昨日発生した殺人事件について聞き込みを行っているのですが、御協力願えますか?」


凛とした態度で訪ねるリリィからは育ちの良さも感じられる。


「あの、実は昨日までサン・ダーティに居まして、今日戻ってきたばかりなんです。事件もついさっき知ったので分かることは何も……。すみません」

「そうでしたか、分かりました。ご協力ありがとうございます」


リリィは一言お礼を告げると、また別の人へ聞き込みを始めた。

気にせず帰ろうとしたアイリスだが、ふと思ったことがあってリリィの方を見た。


(……あれ? 『サジタリウス』が聞き込み調査? それって『スコーピオ』の担当だったはずじゃ……)


何か事件があった際には『サジタリウス』と『スコーピオ』が共同で解決に当たるのだが、通例では『サジタリウス』が現場の封鎖や警備を担当し、『スコーピオ』が検証や情報収集を担当している。

しかし、先ほど聞き込みを行っていたリリィは『サジタリウス』所属と言っていた。


(……何だろう?)


引っかかるものを感じるアイリスだったが、特に問題があるわけでもないので、それ以上気にせずその場を去った。



************************************************



アイリスより遅れること1日。日が沈んだ頃にエル・シーダに到着したリゲルは『ジェミニ』支部へ向かっていた。


(これは……何かあったようだな。何だ?)


普段より『ジェミニ』支部の動きが慌ただしい。夜でも人の出入りが激しい場所であり一般人には変わらないように見えるが、普段から支部を利用しているリゲルには目に見えて違う。


「ただ今戻りました。支部長、何かあったようですね」

「ああ、出張ご苦労様。実は一昨日、港で随分ひどい殺人事件があってな、その取材と報道で忙しかったんだ。もう紙面編集は終わってるから後で確認しておけ」

「殺人? 分かりました、確認しておきます」


支部長に出張報告を終えたリゲルは纏められた原稿の紙面を確認した。そこには発生した殺人事件の詳細が書かれているが、編集済みのようなので要点だけ確認した。


・被害者は男性4名、女性1名の計5名。いずれも刀剣類による斬殺と見られている。

・遺体はいずれも損傷が激しく、全身が切り刻まれている。

・犯人は現在も逃走中。凶器などの犯人に繋がる証拠品も発見されておらず、『サジタリウス』と『スコーピオ』が調査中。

・ここ数ヶ月、イルミナイト連合国各地で類似した殺人事件が数回発生しており、同一犯ではないかと見られている。

・過去にも未解決の類似事件が数件存在するが、関係があるかどうかは不明。


内容を確認したリゲルは呆れたように溜息をついて原稿を元に戻し、そのまま渋い顔をして『ジェミニ』支部を出た。

そして今日はもう上がろうと思って支部前の街道に出た時、丁度そこに見知った顔が現れた。


「おおリゲル、丁度良かった。探そうと思ってたんだ」

「ん? クラッドか。戻ってきてたのか」

「ついさっきな。それより今時間あるか? 話があるんだが」

「ああ、今日はもう終わりだ。それで、何だ?」

「あーでも、ここで話すのも何だな。アイリスにも聞いてもらいたいし、アイリスの所に行くか」

「そうか、じゃあそうしよう」


二人はアイリスの家に向けて歩き出した。

歩きながらクラッドはリゲルに話の内容を説明した。


「詳しい事は着いたら話すが、一応話しておく。……王都で記憶水晶らしきものを見つけた。今ポーチの中に入ってる」

「何? 本当か?」

「ああ。まだ本物か分からないから、判断してもらおうと思ったんだ」

「そうか……もし本物だったら解決の糸口になるかもしれないな」


それだけ話すと、二人は夜の街をアイリスの家に向けて歩いて行った。



************************************************



夜分遅く、アイリスとクラッドは神妙な面持ちで向かいに座るリゲルを見つめていた。リゲルはクラッドが手に入れた記憶水晶らしきものを慎重に確認している。

しばらくしてリゲルはそれをテーブルの上に置き、口を開いた。


「……間違いない、汚染用の記憶水晶だ」

「やっぱりそうなのか……何てこった。まさかうちのギルドが絡んでるとは」


クラッドはリゲルの判断を聞いて苦い顔をした。自分が所属するギルドが関わっているとは思っていなかったのである。


「これが汚染用記憶水晶……汚染者の原因なのね」


アイリスは記憶水晶を興味深そうに見つめた。ネックレスの一部としてあしらわれたそれは、一見ただの装飾用水晶に見える。見た目からはとても危険さは感じられない。


「これはどこで手に入れた?」

「『タウルス』本部併設の訓練施設だ。最近始めた一般市民対象の護身術講座でお土産として配ってるらしい。で、これを提供しているのは『ピスケス』の細工職人養成所だそうだ」

「『タウルス』と『ピスケス』か……。丁度『ステラハート』がいないギルドだな、それで発見できなかったのか? いや、装飾品なら誰でも身に着けていそうなものだがな……ずっと見落としていたか?」

「……誰も身に着けていないからじゃない?」

「何?どういう事だアイリス?」


リゲルは不思議そうに聞いた。なぜ誰も身に着けていないと分かるのか?


「だって……その……作った人には悪いけど、これはちょっと見た目が……。」

「ああ……なるほど、不格好だから誰も身に着けていないのか。……偶然か狙ったのか分からないが、上手く隠れたな。とにかく、調査してもらう事にしょう」


そういうとリゲルは鞄から板状の何かを取り出した。転送装置に似ているが別物のようだ。リゲルはその上に指を走らせた。


「それは転送装置? 似てるけど違う?」

「これは通信機だ。これを通じて遠く離れた人と会話ができるようになる」

「持ち運べる電話のようなものか。さしずめ携帯電話といった所だな。……そんなものもあるとは、別世界とやらの技術はすごいな」

「電話なんて最近開発されたばかりで、ギルドに設置されたものくらいしか見ないものね」


操作し終えたリゲルは、通信機の端を耳に当てて応答を待っている。

間もなく繋がったようだ。


「……ベテルか? 私だ。今大丈夫か? …………実は汚染用記憶水晶を発見した。…………まあ色々あってな。出処(でどころ)は王都の『タウルス』本部併設の訓練施設と『ピスケス』の細工職人養成所だ。この界隈を至急調査してほしい。…………恐らくそうだろうな。やってくれるか? …………ああ、今エル・シーダにいてな。先に調査しててくれ…………悪いな、私もなるべく早く王都へ向かう」

「傍から見ると、延々独り言言ってるみたいで不思議ね」

「そうだな。相手が何言ってるのか聞こえれば、大分違うんだろうがな」

「それで、今王都にいて動けそうなのは誰だ? …………そうか、お前は動かせないからアークとカノープスに頼むか」

(ん? カノープス? カノープス……どこかで聞いたような……?)

「…………それで、今度王都調査に集まるんだろ? 何かいい案は浮かんでるのか? …………そうか、まあ作戦があるだけましだ。それじゃ、よろしく頼むぞ…………ああ、じゃあな」


会話が終わったらしい。リゲルは通信機を鞄の中にしまった。


「独り言みたいに見えたけど、誰かと話してたのよね? 何を話していたの?」

「王都にいる仲間に『タウルス』と『ピスケス』の調査を頼んだ。近々、汚染源を突き止めるために王都を調査する予定だったんだが、今回クラッドが記憶水晶を見つけてくれたおかげで範囲が絞れた」

「そうか、それは良かった。とにかく、これで汚染を防ぐ目途は立ったか」

「そうだな、あとは私達に任せろ。ようやく『エクソダス』の尻尾を掴めそうだ」


リゲルは安堵したように一息ついた。表情には出さなくとも、やはり後手に回っていた焦りはあったのだろう。あとは『ステラハート』に任せろと言うリゲルだが、アイリスは手伝うつもりでいた。


「私は何か手伝う事はないの?」

「大丈夫だ、今まで通りにしててくれ。今回は最悪『エクソダス』の奴らと直接戦闘になることも考えられる。危険だからな」

「……そう……。」

「俺も手伝わなくていいのか? それなりに実戦経験はあるぞ?」

「ああ、さすがに相手が悪い。奴らも相当な手練れだからな、勝ち目は薄いだろう」

「手厳しいな。分かった、そうしよう」


クラッドは苦笑いして首を振った。今回は危険な任務になるようなので、リゲルもあまり関わらせたくないようだ。

アイリスは真剣な表情で話を聞いているが、何か考えているようにも見える。


「クラッド、これは預かっておくぞ。……さて、もう帰るか。長居しても悪いしな」

「俺も帰ろう。じゃあアイリス、遅くに悪かったな。おやすみ」

「……ええ、気を付けて」

「アイリス? どうした、考え事か?」

「ええ、ちょっとね……。大丈夫、気にしないで」

「……そうか。あまり考え過ぎないようにな」


クラッドとリゲルは席を立ち、玄関を開けて帰って行った。

二人を見送ったアイリスは寝室に行き、ベッドの上で横になった。


(リゲル達に任せてばかりでいいのかな……? 私達の世界の事なのに……。何かできることはないのかな……?)


天井をぼんやりと見据えたまま考えるアイリスだが、ただ漠然と考えるだけでは答えは出なかった。



************************************************



宿泊先のホテルに帰ってきたリゲルは自分の部屋に籠ると通信機を取り出して操作した。何か確認したい事があるらしい。


「…………おいお前、一昨日どこにいた?」


開口一番、相手に用件を聞くリゲルの口調はどこか呆れ気味である。


「…………やはりエル・シーダにいたのか。…………ああ、それだけだ。どうせお前は何言っても聞かないだろ? じゃあな、せいぜい大人しくしてろよ」


リゲルは一方的に通信を切った。通信機を鞄にしまうと、何事も無かったかのように部屋の荷物をまとめ始めた。

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