6. 4月5日~6日:イルミナイト王都
イルミナイト連合国王都。
イルミナイト王城直下の城下町であり数多くの放雷針の存在によって大きく発展した、圧倒的な規模を誇る連合国最大の都市である。
繁華街では昼夜問わず喧騒が止むことはなく、至る所に鉄道が敷設され人々の活動をより活発にしている。王城近辺では貴族達の豪奢な屋敷が立ち並び、街中とはまた違った上品な雰囲気を醸し出している。
主要ギルドの本部も全て城下町に存在し、1日の活動量も各都市の支部とは比較にならない規模である。
そのうちの1つ、傭兵ギルド『タウルス』本部併設の訓練施設をクラッドは訪れていた。
クラッドは現在、行商の護衛任務で王都を訪れているが、数人の護衛が交代で護衛をしており現在は非番である。
クラッドは玄関ホールで細身で緑髪の男性と会話していた。
「しかし随分賑わってるな。おいリム、これ全部ギルド登録者か?」
「んな訳ないだろ。最近新しい催しを始めたんだよ」
クラッドは施設内で賑わう人の数に驚いた。普段の2倍ほどはいる。
一緒にいる友人リムは傭兵稼業の傍ら、施設の指南役も受け持っている人物である。リムによると、この大人数は新たに始めた催しによるものらしい。
「そういう事か。何を始めたんだ?」
「簡単な護身術の講習だ。ほら、最近失踪事件が多発してるだろ? 万が一襲われた時のために一般市民を対象にした講習を始めたわけだ。もちろん無料でな」
「……なるほどねぇ……。」
既に事件の真相を知っているクラッドは複雑な気分であった。汚染者でなければ事件に巻き込まれないし、仮に汚染者だったとしても付け焼き刃の護身術で場慣れしている『ステラハート』には敵わないだろう。
とは言え、普通の事件に巻き込まれた時には役立つ内容であるのも間違いないのだが。
(この中にも汚染者はいるんだろうか……。全く分からないな)
「おーいクラッド、どうした?」
「ん? ああ悪い、ちょっと考え事していた。……これ、みんな講習希望者なのか」
「ほとんどそうだな。思った以上に希望者が多くてな、ここ最近忙しいんだ」
「良いじゃないか、仕事あるんだから。俺はだいぶ減ったぞ」
「ああ、エル・シーダの方は治安良くなったからな。でもお前もアイリスの護衛の仕事があるだろ? ……ていうか前から思ってたが、これ護衛と言う名目のデートじゃねーか」
「羨ましいか?」
「当たり前だろ。あんな美人でスタイルも良くて性格も良い女が彼女とか、誰でも羨ましがるっての。この勝ち組め」
「残念だったな。ところで、忙しいんならこんな事してていいのか?」
「いいんだよ。休憩だ、休憩。お前こそいいのか?」
「いや、もう帰るぞ? そろそろ時間だからな」
「帰るのかよ! 本当に顔見せに来ただけか!」
「いや始めに言っただろう。じゃあな、また今度遊びに行く」
「ああ、ちょっと待ってろ!」
「うん?」
そう言うとリムは駆け足で事務所に向かった。しばらくすると、手に小さな紙袋を持って戻ってきた。
「ほら、これやるよ」
「何だこれは?」
「講習を受けた人に配ってるお土産だ。『ピスケス』の細工職人養成所で作られた装飾品だとさ」
「へえ、随分良い物じゃないか」
「そうでもないだろ。悪い言い方すると、体の良い贋作処分なわけだしな」
「……そう聞くと微妙だな。まあでも、ありがたく貰っておこう。じゃあまたな」
「おう、またな! 遊びに来るの待ってるぜ」
クラッドはリムと別れて施設を出ると、持ち場に向けて足早に歩いて行った。
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翌日の4月6日は護衛任務最終日であった。夕暮れ時、行商がエル・シーダに向けて馬車の一団を走らせている。
仕事を終えたクラッド含む護衛の傭兵一行は荷台に乗って移動している。
(今回も無事終わりそうだな……ん?)
ポーチ内の手荷物を整理していると、小さな紙袋が出てきた。昨日、お土産としてリムから受けとったものだ。
(そういえば、中身は何だ? 装飾品って言ってたか)
気になったクラッドは紙袋の中身を確認しようとした。
「……あっ」
持ち上げた紙袋が上下逆だったらしく、中身が荷台に落ちてしまった。
中身は黄色い水晶をあしらった真鍮のネックレスのようである。クラッドはチェーン部分を掴んでネックレスを確認した。
チェーン部分は普通であるが、黄色い水晶を飾るパーツはよく見ると微妙に捻れていたり、形が不揃いだったりしてお世辞にも良い出来とは言えそうにない。
(これは確かに微妙だな……。まあいいか)
クラッドはチェーンを掴んだまま紙袋にネックレスを戻し、それをポーチにしまった。
(…………ちょっと待てよ!?)
数分後、クラッドは唐突に先ほどの紙袋を取り出し、袋の中を覗いた。
見えるのは黄色い水晶をあしらった真鍮のネックレス、当然中身は変わらない。
しかし、クラッドはリゲルとの会話を思い出していた。
――それはどんな形だ? さっきのと同じか?――
――小指大の大きさで黄色のものだ。ただ、くれぐれも、絶対に素手で触るなよ。汚染用だから侵食力が半端じゃない、一瞬で汚染されるぞ。さっきみたいに直接触れなければ大丈夫だ――
(これってまさか……記憶水晶か!?)
大きさは丁度小指大だし、黄色い水晶と言う点も一致している。偶然にも、今の所素手では触れていない。
(いや待て、まだ記憶水晶と決まったわけじゃない……。記憶水晶だとしたら何でこんな所に? 『ピスケス』の細工職人養成所で作られた装飾品とか言ってたな、そこで記憶水晶がばら撒かれてるのか? いや、配ってるのは『タウルス』だから、むしろ『タウルス』がばら撒いてるのか? もしかして『タウルス』本部の人間は大部分が汚染者になってるのか? リムも? いやいや、そうすると『ピスケス』も汚染者の巣窟という事に……)
「……おーい兄ちゃん、そんな紙袋覗いてどうした? 何か面白い物でも入ってるのかい?」
「……ん? あ、ああいえ、何でもありません」
「おや、そうかい。随分集中してるもんだから不思議に思ってね」
同乗していた初老の傭兵に声をかけられてクラッドは我に返ったようである。
(とりあえずリゲルにこれを見てもらうか。色々考えるのはそれからにしよう)
クラッド含む一行はそれ以降特に何事もなくエル・シーダに向かっていった。