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44. 4月25日:ディム・ヌーン(その3)

宿に戻った二人はリゲルと共に『キャンサー』の構成員から奪った紙の内容を確認した。まだクラッドとリムは戻って来ていないので、その二人には後で内容を伝えるつもりである。


「……見たところ、地図みてーだな」


奪った紙はディム・ヌーンの地図であった。リゲル達が持っていたものと同様、キャンサーの拠点らしき位置に書き込みがある。一部の拠点からは矢印が引かれており、日付や人名等も記入されている。日付は既に過ぎたものもあれば、まだ来ていないものもある。


「……拠点の所に何か色々書き込まれてるな。これは……襲撃計画か? 対立した一派の拠点を襲う予定表のようだな」

「これを見ると『キャンサー』同士で争ってるのが良く分かるわね。内部対立がひどいとは聞いていたけど、こんな計画を立てる程だなんてね」

「今日の日付が付いてるのもあるな。……北部か。大丈夫なのか、これ?」

「今は『タウルス』や『サジタリウス』の巡回が多いからな、奴らも迂闊には仕掛けられないだろうし、大丈夫だろう。万一何か起きても、それはそれで構わんだろ。一網打尽にできるからな」

「巻き込まれがなければ、だけどな。……俺達が今日行ったのはここか」


アンタレスは東部の第3放雷針を示す位置にある黒丸に注目した。今日様子を見に行った場所である。そこにはルディウムと言う名が書かれている


「ルディウム……って誰だ? 指名手配犯か?」

「分からないわ。今日見た人達の中にいたのかしら?」

「どうだろうな。……んー、他に変わった事は書いてねーな。他の拠点は……。」

「ここを見て。リンガーと書かれているわ。……けど、書き直されているわね」


アイリスは地図の丁度中央付近の黒丸を指差した。そこには確かにリンガーと書かれているのだが、その上に二重線が引かれレヴィンと書き直されている。訂正の後は新しく、ごく最近書き直されたようだ。


「ここは確かフィアスが調べた場所だな。シリウスの情報だと、リンガーがいる場所で間違いねーんだが……」

「書き直されているのは気になるな」


リゲルは腕を組みつつ口元に手を当て、考える素振りを見せた。


「……まさか、今はいないのか? 今いるのはリンガーではなくて、このレヴィンという奴なのか?」

「この書き方だと、そう読み取れるわね。両方いるなら書き足すだけで修正しないでしょうし」


アイリスがリゲルに反応して答えると、リゲルは深く溜息を吐いて首を振った。


「やれやれ、全然作戦通りにいかないな……。分かっていた事だが」

「まあでも、これは別にいいんじゃね? リンガーの情報は何もない訳だし、このルディウムやレヴィンって奴についてはまたリム達に聞けば良いだろ。知ってるかどうかは別として、何の情報もなく姿形も分からないAランク指名手配犯を相手するよりマシだろ」

「そうだと良いがな……。」


アンタレスはフォローのつもりで答えるも、想定外の事態にうんざりしていたリゲルは不安しか感じなかった。



************************************************



「……遅いわね……。何かあったのかしら?」

「そうだな。とっくに昼は過ぎてるんだけどなぁ……。」


アイリス達は宿でクラッド達の帰りを待っていたが、2人の帰りが妙に遅い。出発前は午後一で戻る、と言っていたのだが、既に昼は過ぎて2時近くになっている。

アイリスは心配そうに窓の外を見つめた。相変わらずの曇天は冷たい雨を降らせており、静かな水音が外から聞こえてくる。


「大方、巡回が長引いているんだろう。……律儀だな、2人とも。本籍地の巡回じゃないんだから、時間になったら断り入れて切り上げていいだろうに」


リゲルは記事の続きを執筆しながら答えた。


「お前がそれを言うか……っと、噂をすればか?」


アンタレスが冗談めかして答えると同時に、部屋の外から足音が聞こえた。早足で部屋に近付いて来ている。


「悪い、遅くなった」


部屋の扉を開けてクラッドとリムの2人が入って来た。二人とも雨に濡れているが、変わりがないように見える。


「お帰りなさい……え? クラッド、怪我してるじゃない!? 大丈夫!?」

「ああ、大丈夫だ。この程度、何ともないよ」


一見何事もないように見えたが、よく見るとクラッドは怪我をしているようだった。腕に血が滲む包帯を巻き、頬にうっすらと切創の跡が残っている。

アイリスはクラッドを見て思わず近寄り、不安気な表情をしながらその手を取った。クラッドは心配させまいと笑って見せた。


「遅かったな。何かあったのか?」

「暴動だよ。もうすぐ巡回も終わるって頃に近くで発生しやがった。鎮圧してたら遅くなっちまった」


リゲルの問いにリムが面倒臭そうに答えた。


「暴動? ……良かった、2人とも無事で」

「大丈夫だって。そう簡単にやられないさ」

「揃いも揃ってチンピラばっかだったな。数だけは一丁前に多かったけどな」


アイリスは安心して胸を撫で下ろした。クラッドもリムも場数を踏んでいるだけあり、落ち着いた様子で平然としている。


「……なあ、暴動ってどこで起きたんだ?」


ふとアンタレスが2人に質問した。


「確か北部だな。商店街の裏通りに拠点があってな、そこで『キャンサー』同士が争い始めたんだ」


クラッドとリムは奥に進みながら答えた。適当な椅子に座って一息つくと、アイリスも続いてベッドに腰かけた。


「北部か……。ああ、やっぱりそうだ。アイリス、これ見てみろ」

「……どうしたの?」


アンタレスは『キャンサー』から奪った地図をアイリスに手渡した。そして今日様子を見に行った拠点部分を指差した。


「クラッド達が鎮圧した暴動ってのは、こういう事じゃねーか? ほら、ここから北部の拠点に矢印が伸びてるだろ? で、北部の拠点部分に今日の日付がある」

「……そういう事だったのね。今日そこを襲撃しに行ってたから、あそこの拠点は構成員が少なかったのね」

「アイリス、何の話だ?」


クラッドの問いかけに対し、アイリスは今日拠点を偵察しに行った事を伝え、襲撃計画と思われる情報を含む地図を奪う事に成功した事も伝えた。


「……なるほど、あいつらはそこの拠点から来たのか。じゃあ、今度制圧する時はだいぶ楽になるな。今日の暴動鎮圧で粗方倒したし、相当数も減ったからな」

「いや、そうとも限らないぞ。何となく嫌な感じがする情報もあった」


楽観視するクラッドにリゲルは警告するように返事をした。そして地図を見るように手で促した。

クラッドとリムは促されるままにアイリスが持つ地図に目を向けた。


「おお、なかなか良さそうな情報じゃないか。これがあれば警戒しやすいな」

「で、これの何が問題なんだ?」

「今度私達とお前たちが制圧する予定の拠点部分を見てみろ。レヴィンという名とルディウムという名が書かれているだろう?」

「……何?」


2人は言われた部分を確認した。そこには確かにレヴィンとルディウムの名が書かれていた。中央部の拠点にはリンガーの名を訂正してレヴィンと、東部の第3放雷針部分の拠点にはルディウムと記入されている。

それらの名を確認した2人は神妙な顔をして息を呑み、目を見合わせた。


「……なあリム、これ不味くないか?」

「ああ、やべーな、これ……。」

「やはり何かあるのかそいつら……。はぁ、聞きたくないが聞こう。そいつらは何なんだ?」


リゲルは心底嫌そうに溜息を吐いて質問した。


「……『赤熱魔人』レヴィンと『黒魔導』ルディウム。どちらもAランク指名手配犯だ」

「ディム・ヌーンに3人もAランク指名手配犯が集まってんのかよ……。いや、この書き方だとリンガーはいなくなったのかも知れねーけどよ、それでも冗談きついぜ……。」


クラッドとリムは神妙な表情を崩さず、少々の落ち込みと共に答えた。


「Aランク……。大丈夫かしら……?」

「おいおい、結局Aランクかよ……。どんな奴らなんだ、そいつらは? まさかまた情報なしとは言わねーだろ?」


アイリスは心配そうに呟き、アンタレスは呆れながら問いかけた。


「大丈夫だ、こいつらは情報ありだ。『赤熱魔人』レヴィンは大剣を振るう巨漢で、顔に大きく火傷の跡が残っているのが特徴だ。こいつが持つ大剣は炎属性の魔法がかけられてるらしくて、炎を纏って刀身が赤く熱せられる事と、魔人のように凶暴な性格から『赤熱魔人』に二つ名がついたらしい。こいつに迂闊に挑めば焼け焦げた肉片にされるのがオチだ。元は『タウルス』のAランク傭兵だったんだが、あまりに凶暴過ぎて除名されたとか言う話も聞くな」


クラッドは『赤熱魔人』レヴィンについて答えた。


「『黒魔導』ルディウムは……まあ二つ名時点でお察しだが、魔法使いだ。黒髪が特徴的なひょろりと痩せた低身の男で、基本的には窃盗やら詐欺やら大人しい事しかしねーらしい。が、いざ追い詰められて戦闘となると凶悪だ。主に闇属性の魔法を使って相手の動きを封じた上で、別の魔法で止めというのが常套手段だとか。こいつは昔から魔法を使って色々悪事を働いていたらしくてな、魔術師連盟も魔法使いの印象悪化に繋がるから何とかしようとしてるらしいぜ」


リムは『黒魔導』ルディウムについて答えた。

2人の説明を聞いたところで、リゲルとアンタレスは再び溜息を吐いた。


「情報があるのは良いが、やはり一筋縄では行かなそうだな……。」

「しかもルディウムの方は魔法使いかよ……。仕方ねぇ、プロキオンはクラッド達の方に同行させるか? 魔法使い相手は魔法使いがやるしかねーだろ」


それを聞いてクラッドとリムはぴくりと反応した。


「そうだな。レヴィンについては私達2人で何とかするしかないか」

「いや、2人だけは流石に辛くないか? ……仕方ない。アイリス、プロキオンの代わりにリゲル達の方に行ってくれるか?」

「え、私?」


アイリスは思わずクラッドの方を見つめた。


「大丈夫だ、まさかいきなりレヴィンの相手をしろ、なんて言わないさ。レヴィンはリゲル達に任せて露払いだけやれば良い」

「それは良いけど、そっちこそ大丈夫なの?」

「プロキオンがいるなら大丈夫だ。あいつも魔法使いだし、何とかしてくれるだろ。リゲル、アンタレス、構わないか?」

「分かった。アイリス、分かってると思うが決して無理はするなよ」

「なに、大抵は俺等だけで何とかなるから大丈夫だ。気を張り過ぎないようにな」

「……分かったわ。お願いするわね」


突然の事で多少の戸惑いはあったが、リゲルやアンタレスも提案を受け入れた。アイリスも素直に話を聞き入れる事にした。

話が終わるとクラッドはアンタレスの方を向いた。


「アンタレス、この地図借りていいか? 流石にこの情報は『タウルス』や『サジタリウス』にも回した方が良い。なるべく犠牲を出さないためにもな」

「ああ、良いぜ。アイリスも良いよな?」

「私に聞かなくても良いわよ。あなたが手に入れたものなんだから」

「ありがとう。助かる」


クラッドはアンタレスに対して頭を下げた。


「でも、情報流したら賞金狙いの傭兵が集まるんじゃないか? それも腕自慢がな。なるべく手柄立てて注目されなきゃならねーのに、やりにくくなるぞ?」

「あー、それは大丈夫だ。これがあるからな」


そう言ってリムは何かを取り出した。

取り出したものは記憶水晶(メモリクリスタル)である。以前クラッドが見せたもの、そしてプロキオンが念じていたものと同じものである。すっかりその存在を忘れていたアイリスは、今思い出して思わず声が出た。


「あ、それは……。」

「何だそれは? 記憶水晶か?」


リゲルは執筆を中断し、興味深そうに記憶水晶を見つめた。


「プロキオンが言うには、対『エクソダス』の切り札になり得るものだとよ。いや実際すげーぞ、これ」

「まだ実戦で使ってないが、これがあれば大抵の奴には負ける気がしないな。それくらいこれは凄い」


リムとクラッドはどこか得意気に語った。

リムはともかく、クラッドが得意気にものを語るなど珍しい。アイリスもほとんど見た事がない姿である。


「あいつが言ってた『切り札』ってのはそれか。何だそれ? 前はもったいぶって教えてもらえなかったんだが」

「悪い。それは訳あって言えないんだ。制圧作戦当日まで我慢してくれ」

「結局それかよ! 何だよ訳って!」


クラッドの素っ気ない回答にアンタレスは思わず声を上げた。


「言ったら驚いてくれないだろ? 当日、あんた達も周りの奴らもあっと言わせてやるさ。手柄も注目もいただきだ」


リムはにやにやしながら得意気に語った。それを見たリゲルは冷ややかに言った。


「……そこまで言うなら、相当なものなんだろうな。分かった、期待させてもらうとしよう。大したことなかったら殴るぞ」

「殴るならプロキオンを殴れ。用意したのあいつなんだから。……ま、そうはならないさ。絶対にな」


クラッドすら得意気にものを語っている。もはや調子に乗っていると言っていいレベルである。


「珍しいわねクラッド、あなたがそこまで言うなんて」

「調子に乗りたくもなるさ、こんな凄いものを手にしたらな。アイリスも貰えば分かる」

「……分かっちゃいけない気がするわ」


アイリスは苦笑を浮かべて答えた。言うだけ言った後、クラッドは軽く欠伸をした。


「さて、今日はもうゆっくりするかな? 暴動鎮圧で疲れたしな」

「ん? アイリスに剣術の稽古つけるんじゃねーの?」

「そのつもりだったけど、雨降ってるから屋上使えないしな……。まさか屋内で剣振るう訳にもいかないし」


窓の外を見ると雨は先程よりも強くなっており、止む気配はない。


「『タウルス』の練習場は使えないの?」

「今は碌に使えないな。巡回班の詰所になってる」

「そう……仕方ないわね」

「何、まだあと3日も空くんだ。十分練習できるから問題ないさ。……さて、俺達は部屋で休んでるから、何かあったら来てくれ」


アイリスに答えながらクラッドとリムは立ち上がり、部屋を後にした。


「私達はどうしようかしら?」

「俺達も休むか? やる事なくなっちまったし。あー疲れ……てもねーな。もうちょっと動けそうだ」


アンタレスは腰かけたベッドにそのまま倒れ込んだ。一眠りしようにも大して疲れておらず、目も冴えている。リゲルはアンタレスを一瞥し、執筆の続きを始めた。


「アンタレス、頼むから今日はもう大人しく寝ててくれ。これ以上執筆を中断したら本当に間に合わん。……また編集長に怒られてしまう」

「はいはい、わーったよ。……つーか、『また』って何だよ? お前、まさかしょっちゅう編集長に怒られてんの?」

「私だって、怒られたくてやってる訳じゃない。……ただ毎回締切ギリギリまで時間をかけて完璧に仕上げてるのに、何故か修正点多数なんだ。多分、誰か私の事を嫌ってる奴が何か妨害を……」

「いや単にお前の筆力が微妙なんじゃねーの?」

「…………。」


アンタレスに核心を突かれ、リゲルは何も答えなかった。本当は自分でも分かっている事である。


「……本当に大変ね、あなたも」


アイリスはリゲルに同情しながら、自分の荷物から読みかけの小説を取り出した。短い期間に様々な出来事があったせいで、長い間続きを読めていなかったものである。


「……まあな。何故私が『ジェミニ』担当にされたのか、本当に分からん。アーク辺りが担当してくれれば良かったのに」

「普段のあなたはしっかりしてるから大丈夫だと思われたんだと思うわよ?」

「こんなに『ジェミニ』の仕事が大変だと知っていれば、断ったのだがな」


リゲルは溜息交じりの口調で答えた。

アイリスはそれ以上聞こうとせず、小説の続きを読み始めた。

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