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40. 4月24日:イルミナイト王都(その1)

シリウスは欠伸をしながら、昼下がりの街道を気怠そうに歩いていた。休憩を兼ねた仮眠から目覚めたばかりで、まだ多少の眠気が残っている。

リリィと『エクソダス』の繋がりを把握しつつ、『エクソダス』の動向を調査という名目で王都に送り込まれたは良いものの、大量に汚染者がいるにも関わらず戦闘行為を禁止され碌に行動できずにいた。今できる事と言えば、せいぜい適当な場所に張り込んでリリィか『エクソダス』を見つけ出す程度である。

しかし汚染者に見つかっては不本意ではあるが、隠れてやり過ごさざるを得ない。既に数回見つかってやり過ごしているが、その度に暇を持て余してしまい、志気が削がれてしまうのであった。

昨日は北東部で1日中同じ事をしていたが、大した収穫もなく終わっていた。現在は王都南東部の主要街道沿いで張り込めそうな場所を探しているところである。


(随分人が減ったわね。……ここ最近碌に外出してないでしょうね、王都の人間は)


街道は昨日に比べて人が少なくなっていた。間違いなく『キャンサー』の暴動警戒のためであるが、そうでなくとも謎の――彼女自身が引き起こした――惨殺事件などが発生しており、治安の悪化を不安視して閉じこもりがちになる人が多数いるのである。それでも汚染者には度々会う程、王都の汚染は進んでいる。その度にシリウスは王都での作戦失敗が如何に手痛い事であったか、不本意ながらも実感するのだった。

すれ違う人は『サジタリウス』や『タウルス』の腕章を付けている者が多い。巡回も相当強化されているようである。シリウスも潜入調査名目とは言え『キャンサー』に所属しているのだが、末端かつ『キャンサー』に似合わないほど容姿は美しく整っているので、『キャンサー』だとは思われていないようである。

シリウスは暫く街道を歩いてみたが、特にこれと言って良い場所が見つからず溜息を吐いた。そして近くにあった喫茶店に立ち寄り、屋外テラスの空席についた。

適当に注文を済ませ、ポケットから王都南東部の地図を取り出してテーブル上に広げた。


(この辺は『エクソダス』に有益そうな施設もないし、どこで張るのが最善かしらねぇ……。リリィにしても、戦闘禁止じゃあ流石に『サジタリウス』本部を張るのは面倒だし……。……はぁ、ベテルも神経質すぎるのよ、戦闘禁止なんてね。多少殺したって大差ないわよ、全く)


シリウスは心中で不満を呟き、地図をやる気なく漠然と見続けている。

南東部は公園が多いため過ごしやすく、何かしらの施設よりは住居が多く存在している。本来なら特に留意すべき点がなく後回しにしても良い地域だが、既に志気を失っているシリウスには順序などどうでも良かった。近場から順繰りで調査するつもりであった。


(街中はここまで特に情報なし……。一旦街を離れて、公園周りでも探してみようかしらねぇ……。)


運ばれてきた紅茶を啜りながら、シリウスはぼんやりと思索に耽った。

まだ調査を始めて2日目というのもあるが、いまだ有力な手掛かりは見つかっていない。『エクソダス』が公園に用があるとは思えないが、手掛かりのない現状ではとにかく色々な場所を探してみる他ない。


「はぁ……面倒ね。『エクソダス』でもリリィでも良いから、向こうから来てくれればいいのに」


小声で呟き、会計を済ませて街道を公園の方に向けて歩き出した。しかし足取りは重く、気怠げな表情は全く変わっていなかった。



************************************************



王都南東部の公園は大小合わせて複数あり、シリウスも見て回るのに多少時間が掛かった。既に日は傾き、西空は赤みを帯び始めている。

公園はいずれも緑地公園であり、遊具なども特にない散歩中心に利用されるような公園である。尤も、それでも利用者は少なく、外出者の少ない現在では尚更である。幾つかの公園周辺は既に調査を終え、最後の公園内に入った所である。


(……今までよりは広いわね。どうせ何もないだろうけど)


開けた公園には噴水があり、その周囲の窪みには水が溜まって池のようになっている。丁度その近辺には何故か立入禁止としてテープで囲まれた場所があり、見ると大量の血痕が残っている。最近何か事件があって調査しているのだろうが、今は『キャンサー』は暴動警戒の方が優先なのだろう、『サジタリウス』や『タウルス』の見張りなどもいない。シリウスもどうせ『キャンサー』が争った跡程度にしか考えなかった。

その広間を囲むように遊歩道が通っているらしく、何もない広間よりは探す意味がありそうである。シリウスは遊歩道を歩き出した。


「……!」


シリウスは半周ほど回った所で足を止めた。植え込みの奥から何か話し声がする。気になったシリウスはどうせ『エクソダス』ともリリィとも関係ない、と思いつつもその現場に近寄った――全くの無警戒で、気配を消すなど考えもせず。


「……! 誰だ!?」


まだ姿も見えないうちに男の声が響いた。早くも気付かれたらしい。

すぐにシリウスも植え込みの陰にいた声の主を発見した。そこには声の主を含む4人の男達が隠れていた。1人は王都の地図を広げており、どうやら何かを話し合っていたようである。

明らかに不審なその男達が何者なのか、シリウスはすぐに察しがついた――そして、その内1人は汚染者であることも感じ取った。


「女か? 何だお前?」

「おい、見つかってちまったぞ。どうする?」

「どうするもこうするもねぇよ。誰だか知らねぇが、口封じしとけば良いだろ」

「…………。」


男達が少々慌て気味に言葉を交わす中、シリウスは無言で腕を組み、わざとらしく手を動かした。男達はその仕草を見て、はっとした表情を見せ、何故か落ち着きを取り戻したようである――汚染者らしき1人を除いて。


「何だ、お前も構成員(キャンサー)かよ。脅かすな」

「……女の構成員も珍しいな」

「しかし見ない顔だな。さてはお前、この辺の構成員じゃないな? 何処から来た?」

「待て、油断できないぞ。お前、派閥はどっちだ? 強硬派か? 穏健派か? もし強硬派なら……。」

「……外れね。分かってた事だけど」


汚染者と思しき1人が脅しを掛けてきたが、シリウスは意に介さずその場を離れようと背を向けた。

彼女の想像通り、そこにいたのはただの『キャンサー』構成員、しかも末端と思われる出で立ちである。大方、暴動関係の作戦を打合わせていたという所だろう。

シリウスの目的から言えば完全に外れであり、付き合う必要は全くない。突っかかってきた1人は汚染者であり、さっさと離れた方が面倒もなく得である。


「おいこら、聞いてんのか! 答えろ! 強硬派か、穏健派か!?」

「そんなの興味ないわ、馬鹿馬鹿しい。勝手にやってなさい」


暴動を起こそうとしている『キャンサー』が穏健などという言葉を使うのは滑稽でしかない。シリウスは馬鹿にしているのを隠さず、吐き捨てるように言い放った。

『キャンサー』の暴動は、強盗や恐喝等を中心に活動する強硬派と詐欺や窃盗等を中心に活動する穏健派の派閥争いが原因であるが、それもシリウスは興味なかった。ただ勝手に争って勝手に自滅する、馬鹿げた行為に関わる気など更々ない。


「てめぇ、待てこら!」 

「……触るな!」

「うわっ!?」


汚染者がシリウスを追いかけて後ろから強引に肩を掴んだ。シリウスは苛つき、掴んできた手を掴み返して腕ごと捻った。汚染者は抵抗できず、地面に倒れ伏せた。思わぬ光景に残りの構成員も驚愕し、目を丸くしてシリウスを見た。


「面倒だから私に関わらないで」

「くそっ……! おい、こいつ殺っちまえ!」


汚染者も苛ついたらしく、他の構成員に向けて声を荒げた。


「はあ? 別に放っておけば良いだろ、こんな奴。関わるなって言ってるし」

「俺達を邪魔しに来た訳でもなさそうだしな。帰りたがってるじゃねーか」

「それより話の続きしようぜ。まだ決まってない事、山ほどあるだろ?」


他の構成員は至って冷静に汚染者を嗜めた。シリウスはその隙に走り去ろうとした――が、その瞬間、奇妙な感覚をシリウスは感じた。すぐ近くから、何かが失われたような感覚である。

シリウスは踏み留まり、その場で振り返った。そこにはきょとんとした顔の汚染者がいた。


「……それも、そうか。あれ、俺何であんなに苛々してたんだ? ……まあいいか。おいお前、もういいからどっか行け。もう邪魔すんじゃねーぞ」

「……? そう……。」


汚染者は何故か落ち着きを取り戻した様子である。汚染者は『ステラハート』に敵対するように刷り込まれるにも関わらず、この反応はおかしい。

そのおかしさを疑問に思った時、シリウスは先程の奇妙な感覚の正体に気が付いた。汚染者特有の気配が消失したのである。

汚染者は――今や元汚染者だが――再び構成員の輪に加わり、何事もなかったかのように会話を再開した。今度はシリウスの方がきょとんとした表情を見せることになった。


(……この感覚、除染された奴と同じね。一体何が起きたの?)


取り敢えずシリウスはその場を離れ、急ぎ公園周囲の状況を探った。

暴動等、異常事態が起こっている様子はなく、特に何事もないように思える――が、汚染者の気配だけが消失している。人通りが少なくても度々出会うほど大量にいたにも関わらず、今は全く気配が感じられない。


「……『エクソダス』の仕業? 汚染者を知るのは私達と奴らだけだし……。」


一般人からすれば異常事態は起こっていないが、『ステラハート』にとっては異常事態である。シリウスは公園の植え込みの陰に身を隠し、通信機を取り出してベテルギウスと連絡を取った。多少の事は面倒なので報告しないつもりだったが、この事態は明らかに報告すべき事態である。


「……ベテル、妙な事が起きたわ」

≪シリウスですか。どうしました、妙な事とは?≫

「汚染者共の気配が消えたわ」

≪汚染者の気配が消えた、とは……どういう事です?≫

「そのままの意味よ。始めから汚染者なんていなかったかのように、汚染者の気配が一斉に消えたわ」

≪よく分かりませんわね……。とにかく、その時の状況を話してください≫

「さっき汚染者と相対してたけど、そいつが目の前で突然、除染された奴みたいに落ち着きを取り戻したのよ――汚染者特有の気配が消えると同時にね。訳が分からなかったわ」

≪目の前で突然、ですか……。自然に除染されたというのですか? 今までそんな事はありませんでしたよね?≫

「知らないわよ、そんなの。ただ、もう汚染者はいなくなったようね。周りを探ってみたけど、残ってる気配はないわ」

≪そうですか……。『エクソダス』が何かしたのかもしれませんね、彼等なら汚染解除の方法も知っているはずですし≫

「仮に奴らだとして、何故解除する必要があるのよ? 私達を馬鹿にしているのかしら?」

≪それは分かりません。この件、こちらでも調べてみますので油断だけしないように頼みますわ。……それで、『エクソダス』やリリィは見つかりましたか?≫

「まだよ。こんな面倒な調査さっさと終わりにしたいのに、こんな時に限って出て来やしない。妨害だけは一丁前にしてくる癖に、ね」

≪まあまだ2日目ですし、すぐには見つからないでしょう。引き続き調査を続けてください≫

「はいはい、分かってるわよ。面倒臭いわね」


シリウスは調査を続けなければならない事に辟易し、溜息交じりの返事と共に通信を切った。

もう王都南東部は調査しなくて良いと判断し、植え込みから遊歩道に出ると空を見上げた。雲一つない夕焼けの空がシリウスの瞳に映った。

シリウスは王都南東部の地図を取り出すと、それをくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。もう南東部に用はないので、これも必要ない。シリウスは南西部の方に向けて歩き出した。


「…………。」


歩き出したシリウスだったが、すぐに足が止まった。そして振り返り、街灯に照らされた遊歩道の地面を見た。そこにあるのは先程捨てた地図である。


(そう言えば、あれは……。)


シリウスはアイリスから奪ったメモ書きの事を思い出した。この地図と同様、丸めて捨ててしまったものである。


(確か、あのメモに書いてあったのは……。)


シリウスは目を伏せて口元に手を当て、メモ書きの内容を思い出した。メモに書かれていたのはリリィの名と、何かの場所を表す簡単な地図である。それが表すものは何だったか?

奪った当時は無意味な情報だったが、今になって非常に重要な意味を持つ情報となり、シリウスの脳裏に蘇った。


「……確か、北部だったわね。ちっ、もっと早く思い出していれば無駄足せずに済んだのに」


シリウスは顔をしかめて舌打ちし、早く思い出さなかった自分に苛つきながら北部に向けて歩き出した。

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