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38. 4月24日:ディム・ヌーン(その3)

『レオ』支部・宿舎内でアイリスは椅子に座ったまま微睡(まどろ)んでいた。クラッド、リムも同様であり、リゲルはベッドで毛布を被り完全に熟睡している。プロキオンのみが目覚めたまま、リペアラーに魔力(イーセル)補充を行っていた。もう夕刻であり、皆アンタレスを待ちくたびれた結果であるが、多少なりとも疲労が溜まっていたのも間違いない。

そんな中、突如として響いたノック音が宿舎内を包む静寂を破った。


「おーい、プロキオン、リゲル、いるか?」

「……空いてるから入って」

「……ん? 来たの……? ふぁ……。」


アイリスはノックの音とプロキオンの声で目を覚ました。

扉を開けて入って来たのは赤黒い髪の少女、アンタレスである。だがそれだけでなく、微笑を絶やさない白髪の少年と目つきの極めて悪い黒スーツの青年も一緒だった。


「遅くなって悪い。リゲルから聞いてるだろうけど、『キャンサー』拠点を調査してきたぜ」

「……お疲れさま」

「ん……来たのか」


クラッドとリムも目を覚まし、アンタレスの方を向いた。リゲルだけはいまだ目を覚ましていない。起きる気配すらない。

アンタレスはアイリスたちの方を向いて笑った。


「アイリス、無事合流できたようで良かったぜ」

「ええ、お陰様でね」

「リムも久しぶりだな、2週間半ぶりか。元気にしてたか?」

「ああ、元気にしてたよ。元気にしてたせいで、こいつにこき使われてるがな」


リムはクラッドと同様、笑いながら冗談交じりで――半分本気で――プロキオンを指差した。相変わらずプロキオンは無表情で魔力(イーセル)補充を続けている。


「ははっ、こいつも人使い荒いからなー。困ったもんだよな。……で、あんたは……。」


アンタレスは見た事のない、しっかりした体格の青年を見つめた。アイリスに寄り添うように佇むその青年はアンタレスを興味深そうに見ている。


「……俺はクラッドだ。君がアンタレスか、名前だけはリムから聞いているよ」

「ああ、あんたがクラッドか。よろしくな」

「ああ、よろしく」


アンタレスはクラッドと挨拶を交わすと、今度はリゲルの方を見た――そして引きつった笑みを浮かべた。アンタレスはリゲルに近付くと、被った毛布を思い切り引き剥がした。


「起きろっ!」

「うわっ、何だ!? ……ん? ……アンタレス、か……?」

「アンタレスか、じゃねーよ! 何でがっつり寝てるんだよ!?」


突然起こされたリゲルは目を擦り、アンタレスを見つめた。寝ぼけた目に映るアンタレスは輪郭がぼやけているが、怒っているのは分かる。


「……眠かったんだ、仕方ない」

「せめて居眠りに留めろよ!? 折角俺等が頑張って調査してたのに、そりゃないだろ!?」

「……記事を書くのを忘れていてな、実は昨日徹夜したんだ。……ふぁ、まだ眠いな……。」

「こんな時くらい『ジェミニ』の仕事も休めよ! 全く、変な所で律儀だな……。」

「……それ、私も言ったわ」


リゲルは欠伸をして頭を掻き、ベッドの縁に腰かけた。呆れて首を振るアンタレスに、アイリスが呟いた一言は届かなかった。


「……ところで、彼等は誰?」


プロキオンは入り口付近で佇む微笑を絶やさない白髪の少年と、目つきの極めて悪い黒スーツの青年を一瞥し、アンタレスに問いかけた。アイリスも気になっていたところである。


「ああ、俺の協力者だ。別に作戦に参加してもらう訳じゃないが、動きだけ知っててもらおうと思ってな」

「フィアスです、よろしく。あ、先程のやりとりで皆さんの名前は覚えましたから、自己紹介は結構ですよ」

「ん……そうか。よろしく」

(……こいつ、絶対性格悪いな)


フィアスは一同を見渡し、名前だけ告げて自己紹介とした。一方で相手方の自己紹介を断る様からは、どこか恐れ知らずで不遜な性格が垣間見える。リゲルは気にせず返事をしたが、クラッドはそう感じていた。


「あー……その……レグニールです。よろしくお願いします……。」

「……っ!?」


レグニールは機嫌を窺うように弱々しく自己紹介を行い、悪い目つきのまま全員を一通り見渡した。当然全員と目が合ったのだがアイリスと目が合った時、アイリスはまるで雷に打たれたかのように悪寒が全身に走るのを感じた。

アイリスが思わず体をびくりと震わせ驚愕したのを見て、レグニールはしまったと言わんばかりの表情を見せた。


「あ……も、申し訳ありません、怖がらせてしまって! そんなつもりじゃなかったんです!」

「あ……いえ、大丈夫です……。」

「ああ、またやってしまいました……。生まれつきこんな顔なものですから、よくこういう事になってしまうんです」


レグニールはうなだれて顔を手で覆った。幾度となく同じことがあったようで、苦労しているらしい。また、その形相に反して臆病な性格である事が口調から読み取れる。


「わざとじゃないのか、その目つき……。言っちゃ悪いが、物凄い悪党面だな」

「はい、良く言われます……。実際は見ての通り、ただのヘタレですが……。」


リムの同情を含んだ発言も聞き慣れているようだ。


「こいつ、この顔でこの性格だからよく弄られてるんだ。ま、あまり弄り過ぎないようにな。さて、本題に入るか。リゲル、作戦の事は話してくれ」

「ああ、分かった」


リゲルはアンタレス達に作戦について説明した。想定していた状況と違うとは言え、基本的にサルバシオン自治区で打ち合わせた内容と何ら変わりはない。フィアスとレグニールに内容を知ってもらうためだけの説明である。


「……後は『タウルス』に情報提供すれば良い。で、『キャンサー』拠点の情報は正しかったのか?」

「間違いないみてーだ。全部正確な情報だ」

「そうか。じゃ、早速『タウルス』支部に行くか。早ければ早い方が良い」


リゲルはベッドからゆっくり立ち上がって凝った身体を伸ばした。同時にクラッドとリムの方を向いて話しかけた。


「クラッド、リム、一緒に来てくれるか? 『タウルス』所属の傭兵がいた方が話もしやすい」

「ああ、分かった」

「良いぜ。元よりそのつもりだしな」

「アイリスはここで待っててくれ。話が終わったら戻ってくる」

「分かったわ」

「プロキオン、しばらくの間ここを仮拠点にしてもいいか?」

「……無理。近くに宿屋があるからそこにして」


プロキオンは迷いなく拒否した。それを聞いてリゲルは少し困った顔をした。


「何で無理なんだ?」

「……ここは本来『レオ』所属者しか使えないから。それ以外の人を宿泊させるのは禁止事項。本当なら部外者を入れるのも推奨されない」

「部外者を7人も入れといて、今更それか。しかもアイリス達まで泊めといて……。」

「……見つからなければいいだけ」

「どの口が言うんだ……。まあいい、それなら仕方ない。アンタレスとアイリスは宿の方で待っててくれ」

「俺も説明に行った方が良くねーか? 調査した奴がいた方が説明しやすい思うぞ」

「いや、必要ないだろう。説明しようがしまいが情報の精査は入るだろうからな」

「んー、そうか……。分かった、じゃあそうさせてもらおうか。フィアスとレグニールは解散でいいや。明日から普段通り過ごしててくれ。もし何かあったらまた頼むぜ」

「了解だよ、アンタレス」

「はい、分かりました」

「プロキオンはここに留まるのか?」

「……うん」

「分かった。何かあったら連絡する。……よし、これで全員動けるな? 早速行くぞ」


リゲルは纏めた荷物を持って扉を開けた。夕暮れの空は星が煌めく夜空へと変わっている。

リゲルが一足先に外に出て、プロキオン以外の全員がリゲルに続いて宿舎を出て行った。静寂を取り戻した宿舎内でプロキオンは大きく息を吐き、リペアラーをしまって記憶水晶(メモリクリスタル)を取り出した。


「……やっと修正ができる。昨日喋りながらやったのは失敗だったわね」


プロキオンは記憶水晶に手をかざして念じ始めた。



************************************************



宿は歩いて数分もせず、『レオ』支部とは目と鼻の先の場所にあった。到着したアイリスとアンタレスは宿泊手続きを済ませ、部屋の鍵を受け取った。後ろには何故かフィアスとレグニールもいる。


「いや、お前らはもう解散でいいぞ?」

「一応、君達がどこの宿にいるか確認しておこうと思ってね。ま、ほとんど『レオ』支部と同じ場所だね」

「どうでもいいだろ、仮拠点なんだから。……ふぁーあ、今日は走り待ったから眠いぜ」


フィアスの話を適当に流し、アンタレスは欠伸をして鍵を掌で回して弄りながら部屋の方を向いた。


「んじゃ寝て待つとするか、リゲルも文句は言えねーだろ。じゃ、お前らも早く帰れよ」


アンタレスは協力者2人にひらひらと後ろ手を振り、部屋の方へ向かって歩き去った。


「言われなくても、だよ。帰るよレグニール」

「あ、はい……。」


レグニールはフィアスに言われて小さく返事をした。どう見てもレグニールの方が年上だが、上下関係がはっきりと分かる絵面である。


「……変わった子ですね。強引と言うか、何というか……。」

「はい、いつも振り回されてしまって……」


レグニールがアイリスと言葉を交わす間すら待たず、フィアスは宿を出て行った。


「ああ、もういない! いつも置いてくなんて酷いですよ、フィアスさん……。」

「ふふ、大変ですね、レグニールさんも。」


レグニールは宿を出ようと扉に手を掛けた。アイリスも部屋に入って待とうと、部屋の方に向き直った。


「……っと、その前に……。あのー、アイリスさん? 一つお伺いしたい事があるのですが……」

「はい、何でしょう?」


後ろからレグニールに呼び止められ、アイリスは顔だけレグニールの方を向けた。レグニールは神妙な表情を浮かべているが、目つきだけは威圧するようかのように悪いままである。


「……あなた、ジェイスという人に会った事はありませんか?」

「ジェイス? ……もしかして、『リブラ』のギルドマスターの?」

「ああ、御存知でしたか。では会った事が……」

「いえ、それはありません。私も『リブラ』に所属していますが、末端メンバーですしギルドマスターに会うなんてとても……。」

「あー……そういう事ですか。分かりました、もう大丈夫です。お手数をお掛けしました」

「それだけですか? 何故こんな事を?」

「いえ、大した事ではないのでお気になさらないでください。では失礼します」


レグニールは急かされるように宿を出て行った。

『リブラ』のギルドマスターであるジェイスという人物に接点などないし、増して会った事などあるはずがない。アイリスは妙な事を聞かれて不思議に思い、首を傾げて理由を考えたが思い当たる節はない。

とは言えレグニール本人も大したことではないと言っているので、あまり気にする事もないだろう。アイリスも深く考えずに部屋に向かった。

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