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37. 4月24日:ディム・ヌーン(その2)

(おー、いるいる……。如何にもな奴らだな、ここも拠点で間違いねーかな?)


日が傾いて空に橙色が混じり出した頃、アンタレスは建物の陰から離れた場所にある別の建物の様子を確認していた。シリウスの情報によると、『キャンサー』の拠点となっている場所である。その建物の前には明らかに怪しい集団がおり、情報が正しい事を示唆している。

その集団の内の1人が、扉番と思われる人物と身振り手振りしながら会話を続けている。見た目ではごく自然な動作だが、その中のある一瞬の動きをアンタレスは見逃さなかった。


(よし、『キャンサー』で確定だな。その動きは『キャンサー』所属である事を伝える動作だってのは、とっくにバレてんだよ。……さて、これでこの辺は良いかな? もう良い頃だし、一旦あいつらと合流するか)


現在、アンタレスの他にも2人の協力者が同様に『キャンサー』の拠点を調査している。アンタレス単独でディム・ヌーン全拠点の3分の1程調査を終えたところなので、他の2人も残りを調査を終えている頃だろう。

アンタレスはその場を離れ、人通りの多い街道に出て『スコーピオ』支部の方へ歩き出した。


「……ん?」


歩き出して間もなく、アンタレスは背後から視線と気配を感じた。立ち止って振り返ってみても、特に変わった様子はない。強いて言うなら普段より人通りが少ない点が違うが、それは近隣住民が『キャンサー』の暴動を気にして外出を控えているだけである。暴動が連日発生しているという情報は『スコーピオ』支部に到着した時に入手しており、アンタレスも理解した上で行動している。

視線の主は一見では見当たらないが、どこかに隠れて見ているのだろう――しかし、その気配は隠しきれていない。最近よく感じる、特徴的な気配である。


(『キャンサー』じゃねーな、見つかるなんてヘマしてねーし。……汚染者か、めんどくせぇ)


視線の主は汚染者で間違いない。そう理解した後、アンタレスは再び正面を向き早足で歩き出した。


(さっさと逃げるか。……はぁ、王都での作戦が上手くいってりゃ、こんな面倒もなかったのにな)


アンタレスは心中で溜息を吐き、一瞬だけ顔をしかめた。

背後から汚染者が付いてくる気配を感じるが気にせず歩き続け、道幅が狭まって枝分かれが多くなった場所に差し掛かった頃、アンタレスは汚染者を引き離すべく一気に走り出した。


(撒くのなんて余裕だぜ、俺だってディム・ヌーン暮らしが長いんだ)


枝分かれを繰り返す道を突き進むうちに、汚染者の気配は薄くなっていった。アンタレスも普段ディム・ヌーンで『スコーピオ』の仕事をこなしているだけあり、街道の大まかな繋がりは理解している。複雑に進んでも自身が迷う事はない。


「……げ、こっちにもか!」


背後の気配は薄れていく一方で、今度は正面と左脇から汚染者の気配を感じた。アンタレスは立ち止まり、一瞬思索を巡らせた後、予定していた道とは別方向に走り出した。多少遠回りになるが、3人に追われても問題なく逃げられる。


「……ったく、めんどくせー! 今日に限ってこんなに会うとか……ん? 何だ?」


文句を垂れながら走るアンタレスを奇妙な感覚が襲った。既に汚染者の3つの気配は背後に回っているが、その内1つの気配が突然消え去ったのである。


「……気配が消えた?」


その事を不思議に思っていると、また1つ、続けて最後の1つの気配も消え去るのを感じた。まるで水面の波紋のように広がっていったその現象に、アンタレスは思わず足を止めた。


「どうなってやがる? 気配が消えるとか……って、まさか!?」


アンタレスは汚染者がいたと思われる方向に向かって逆走した。

汚染者の気配が突然消える原因として考えられるのは、汚染者が何らかの原因で意識を失ったという事である。この状況、立て続けに意識を失う原因としては暴動が発生して巻き込まれたとしか思えない。

アンタレスは間もなく汚染者がいたと思われる地域に到着した。が――


「……何も起きてねーな」


到着した場所は特に何も起こっておらず、目に映るのは普段通りの情景である。

首を傾げて考えるアンタレスだったが、何もないならここにいても仕方がない。とりあえず再度『スコーピオ』支部を目指して歩き出した。もう急ぐ必要はない。


「どういう事だ……? まさか、除染でもされたってのか? 誰が、どうやって、何でだ? ……駄目だ、分かんねぇ」


伏し目がちになりながら、ぶつぶつと呟いて歩く様子は不審に映る。すれ違う人々の怪訝な視線を気にすることもなく、原因を集中して考えたが思い当たる節はない。


(……とりあえずベテルに伝えとくか)


アンタレスは適当な物陰に身を隠し、通信機を取り出してベテルギウスと連絡を取った。


「……おう、ベテルか? 俺だ」

≪アンタレスですか。どうです、作戦は順調ですか? もうディム・ヌーンに到着してる頃でしょう?≫

「早速ちょっと狂ってるぜ。『キャンサー』の暴動が始まっちまってたみたいだ。これからどんどん作戦も狂ってくだろうよ」

≪……そうですか、困りますわね≫

「まあ、リゲルとベテルで何とかしてくれるんだろ?」

≪それはそうですけど……。≫

「じゃあ別に良いじゃねーか、多少狂ったって。それよりベテル、妙な事が起きたんだが」

≪妙な事? ……まさか、汚染者の気配が消失した、という話ですか?≫

「え、何で知ってんだ!? その事だよ、汚染者に追われてたら突然気配が消えちまったんだ。調べても何もねーから変だな、と思って連絡したんだが」

≪実はつい先程、シリウスから同じ連絡がありました。王都の汚染者の気配が一斉に消えた、という内容でした。まるで汚染者なんて始めからいなかった、と思える程に跡形もないそうですわ≫

「マジか? 王都でも同じ事が……まさかトラニオン・リッジのアーク達からも同じ連絡が来てるのか?」

≪いえ、そちらは来ていません。しかし、来る可能性は高いでしょう≫

「原因、分かるか?」

≪考えられるのは『エクソダス』ですね。彼等が汚染を一斉に解除した、というのならあり得ない話ではないと思いますが、そんな手段があるのかどうか≫

「……そう言えば王都でシルトっていう奴に会った時、あいつは停戦するなら汚染を解除する、って事を言ってたぜ。一斉に解除する(すべ)を持ってたって事だな、そう考えるとそれもあり得るぜ」

≪しかし、彼等には解除するメリットもないでしょう? 何故そんな事を……。≫

「んー……分かんねぇな。ま、理由を考えても仕方ないし、もう汚染者を気にしなくていいのも事実だしな。動きやすくなって良かった、と考えようぜ」

≪……まあ、現状そう捉えるしかありませんわね。分かりました、そちらは作戦を続けてください。また夜になったら進捗報告をお願いします。……それとこの件、決して油断しないように。後々何らかの影響が出るとも限りませんし≫

「ああ、分かった」

≪原因については調査します。分かり次第報告しますわ≫

「頼んだぜ」


アンタレスは通信を終えると顔をしかめた。


(王都でも同じことが起きてるのか……。何だってんだ、一体……。ま、ベテルに任せときゃいいか)


深い事は考えずに気を取り直し、アンタレスは通信機をしまって歩き出した。



************************************************



アンタレスが『スコーピオ』支部に到着する頃、空の青色は既に消えて橙色一色に染まっていた。丁度良い頃合いか、と思いながら支部に近付くと、支部前に2人の男が暇そうにして待っているのを発見した。既に調査を終えてアンタレスの帰りを待っていた協力者である。


「悪ぃ、遅くなった」

「遅かったね。寄り道でもしてたのかい?」


まずアンタレスに話しかけたのは、微笑を絶やさず話しかける白髪の少年である。


「いやー、汚染者に追われちまってな。それと変な事も起きて困ってたんだ。それよりフィアス、どうだった? 情報は合ってたか?」

「ああ、間違いはないよ。確実に『キャンサー』の拠点だ」


フィアスと呼ばれた少年は地図を広げながら答えた。調査したと思われる場所にはチェックが入っている。


「そっちはどうだ、レグニール?」


アンタレスはもう一人の協力者、レグニールの方を向いて質問した。黒のスーツに黒髪、途轍もなく悪い目つきの青年である。レグニールは溜息を吐いて答えた。


「全部正しい情報でしたよ。はあ、怖かった……。勘弁してくださいよ、『キャンサー』の拠点調査なんて。私の臆病さ加減はご存知でしょう?」

「そんだけ悪党面しといて何言ってんだ。基本相手側がビビって逃げていくじゃねーか」

「生まれつきこんな顔なんだから仕方ないじゃないですか! それ結構傷ついてるんですよ!?」


レグニールは恐ろしい形相で反論した。しかし言っている本人はその形相に反して極めて臆病な性格であり、本来は口答えなど出来はしない。相当に勇気を出して反論したに違いない。


「……腰引けてんぞ」

「う……。お、怒らないでくださいねアンタレスさん? 私も悪気があって反論した訳じゃないんですから……」

「いや怒ってねーよ。つーか今のどこに怒る要素があるんだよ。……まあいいや。ともかく、『キャンサー』拠点の情報は全部間違いなし、か。シリウスもちゃんと仕事してんだな、これだけ正確な情報を渡すとはな」

「僕の調べた拠点にはリンガーが潜んでいる、という情報があったけど、そのリンガーだけは確認できなかったね」


フィアスは両手の掌を上に向けて肩をすくめた――微笑を絶やさぬままに。


「リンガーについても支部でちょろっと調べてみたが、何の情報もない奴じゃねーか。見つからなくて当然じゃねーか?」

「そうだね。まあ、ここまで正確な情報ならここにいるのも確実だろうし、気を付けて戦えば良いんじゃないかな?」

「姿形が分からないんじゃ気を付けようがねーけどな。ま、やられる前に片っ端からやっちまえば良いだろ」

「……アンタレスさん、本当にリンガーと戦うおつもりですか? ああ恐ろしい、Aランク指名手配犯相手など、考えただけで震えが止まりません……。私なら即逃げ出す自信がありますよ」


レグニールはそわそわしながら落ち着かない様子で答えた。考えただけだと言うのに、声が震えて冷汗も出ている。


「大丈夫だよ、まさか俺1人で相手する訳じゃねーんだから。何とかなるさ。……っと、あまりゆっくりもしてられないな。時間もないし、早く『レオ』支部へ行かねーと。フィアス、レグニール、一応一緒に来て作戦を聞いといてくれ。別に作戦で何かしてもらう訳じゃねーが、俺達の動きだけ知っといてほしいからな」

「良いよ。君の仲間にも挨拶しておきたいしね」

「分かりました。……あのぉ、怖い人はいません……よね?」

「リゲルは怒ると怖えーぞー? 間違っても機嫌を損ねるなよレグニール?」

「ひっ! わ、分かりましたぁ!」

「おいおい、冗談だって。そんなにビビんなよ」


アンタレスは後ずさるレグニールに冗談だと笑って見せた。フィアスはそんな2人を意に介さず歩き出しており、少し離れた位置にいた。


「2人とも、置いてくよ?」

「すぐ行くって」

「ああ、置いて行かないでください!」


アンタレスとレグニールはフィアスに続いて街道を『レオ』支部に向けて歩いた。

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