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33. 4月23日:ディム・ヌーン(その1)

日付が変わって間もない真夜中、アイリスを乗せた列車はディム・ヌーンに到着した。

アイリスは列車を降りて駅舎に入り、時計を探して辺りを見回した。見つけた時計を確認すると午前2時を示している。


(四半日で着くなんて、流石に列車だと早いわね。馬車だったら朝まで掛かってるわよね)

「……さて、どうしようかしら」


早く着いたのは良いが、具体的にどうするべきか全く分かっていないのが現状である。プロキオン達と合流しろ、との指示だがそれ以外の情報が一切ない。


(……とりあえず、外に行ってみよう)


アイリスはとりあえず外に出て街の様子を確認した。大都市とは言え、真夜中では随分ひっそりしているようだ。

駅前通りは街灯以外の明かりが点いておらず、街の様子は分からない――ただ、駅前だと言うのにほとんど人がいないのは分かる。真夜中とは言え、イルミナイト第2の大都市の駅前通りにしては静か過ぎる。アイリスが乗ってきた列車は終発だったようで、少なくない数の乗客がいるにも関わらず、である。


(……ディム・ヌーンって、こんなに静かな街なの? 何かおかしいような……?)


周囲を見渡すと同じく下りてきた乗客が街中へ消えていく様子が見られるが、皆首を傾げていたり、静かだな、変だなと呟いていたりしている。どうもアイリスだけが違和感を感じている訳ではないらしい。


(とにかく、今街を回っても駄目ね。せめて朝まで待たないと)


幾ら何でも真夜中に探し回っても無意味だろう。そう思ったアイリスは駅舎の中に戻り、待合室で朝になるまで待つ事にした。

待合室にはかなりの数の人がおり、皆椅子に座って眠っている。皆同じ、朝まで待とうとしている人達だろう。アイリスは空いた席に座り、欠伸をしながら朝からどう動くか考えた。


(朝になったら……どうしよう? プロキオンを探さないといけないけど、容姿が分からないし、無闇に探し回っても見つからないわよね?)


アイリスは手足を組み、目を瞑った。まだ夜中なので眠い。


(プロキオンも合流を狙ってる以上は私を探してるはず……。王都から私が来る事は伝わってるだろうし、カノープスと容姿が同じなんだから向こうは私の事が分かるわよね? あまり動かないで、駅周辺の様子を探るだけに留めて私を見つけてもらう方が良いかしら?)


アイリスは再び欠伸をして俯いた。かなり眠くなって上、中途半端に目覚めたので疲労も取り切れていない。


(……とにかく、朝になるまで休もう)


目を瞑って間もなく、アイリスは寝息を立てていた。



************************************************



「……ん……?」


待合室の窓から陽光が差し、室内が明るくなった頃にアイリスは目を覚ました。

待合室の人は少なくなっており、残っている人はまだ眠っていたり、伸びをして出て行ったりと動きが見られる。外からは朝の訪れを伝えるかのように、小鳥のさえずりが聞こえる。

アイリスは目を擦って席を立ち、待合室を出た。時計を見ると7時を回った頃である。動き出すには丁度良い頃だろう。


「……とりあえず、この辺りを見て回ろうかしら」


改めて駅舎を出ると、真夜中は見えなかったディム・ヌーンの街並みが朝日に照らされてはっきりと見えた。

左右と正面に緩やかにカーブする石畳の街道が続き、その街道沿いには木造や石造の建物が立ち並んで白色や茶色の斑模様を成している。大半は何らかの店舗のようであり、早い所は開店準備も始めているようで店舗前を掃除している様子が見られる。

夜中に見た時は暗くて分からなかったが、思いのほか街道は広くない。駅前は意外と発展していないらしい。

王都に比べてあまり建物が高くないので、少し見上げると一面に広がる青空が良く見える。中心部に貴族街や王城のような視界を遮るものがない事もあり、王都の後だとより一層広大に感じられる。

唯一視界を遮るのは、天を衝くかのように巨大な3本の放雷針のみである。澄んだ青空に漆黒の放雷針は良く映える。

アイリスは空を見上げて一息つくと、街道を歩き出した。


(……随分人が少ないような……? やっぱり何か変……?)


駅周辺でプロキオンと合流するべく見て回っているが、やはり何か違和感を感じる。相当に人が少なく、朝だという事を考えても――昨日の夜も感じた事だが――イルミナイト第2の大都市とは思えない程である。


(……あら? また『サジタリウス』の巡回? ついさっきすれ違ったばかりなのに……?)


しばらく歩き続けてすれ違う人が増えるに連れ、アイリスはある事に気が付いて足を止めた。先程から『サジタリウス』の衛士や『タウルス』の傭兵の巡回が妙に多いのである。


「こんなに巡回が多くて、人が少ない……。まさか、何かあった?」


このような状況は大抵、何らかの事件があって外出を控えている場合が多い。巡回が増えている事を考えると、余程の事態が起きている可能性がある。


(……本当にあまり動かない方が良いかもしれないわね。次に巡回に会ったら、何かあったのか聞いてみようかしら)


アイリスは眉をひそめ、再び歩き出した。注意した方が良さそうとは言え、まだ朝である。引き返すには早い。


(とりあえず午前中は駅の周りを探って……後は駅で待つ事にしましょう)


今日は一日中、駅周辺を探るつもりだったが、少し予定を変更して午前中に終わらせたい。街の外周に沿って進んでいたアイリスは最も発展している街の中心に向かって歩き出した。

歩き出して数分も経たない内に、アイリスは分かれ道で警備をしている『サジタリウス』の女性衛士を見つけた。アイリスは何かあったのか、聞いてみる事にした。


「あの、すみません」

「はい? ……何でしょう?」


アイリスに声を掛けられた女性衛士は、明らかに警戒した様子で返事をした。随分と気を張っているらしく、その様子だけでやはり何かあった事をアイリスは察した。


「街の様子が静かでおかしいように感じるのですが、何かあったのでしょうか? 昨晩ここに着いたばかりなので、状況が分からないんですが」

「昨日からディム・ヌーン各地で『キャンサー』の内紛に端を発する暴動が多発しています。大変危険ですので、完全に鎮圧するまでは外出を控えるよう、勧告が発令されています。それが原因でしょう」

「『キャンサー』の暴動ですか……。分かりました、注意します」

「もし暴動が発生した際には、すぐに現場から離れて身を隠すようにしてください。お気をつけて」


女性衛士は会話を終えるとすぐに周囲の警戒を再開した。予想通り、何かあったようである。アイリスは口元に手を添えて考え事をしながらも、再び街の中心に向かって歩き出した。


(クラッドも最近は『キャンサー』の動きが不穏、って言ってたけど……。暴動が起きるくらい状況がひどいなんて思わなかったわ。本当気を付けないと)


アイリスはふと腰に掲げた光子鋼剣に目を向けた。まだ受け取ってから日が浅いのもあるが、結局一度も使っていない。


(これも使わないに越した事はないけど、いざという時は仕方ないわね。……不安だけど、覚悟を決めないと)


アイリスは光子鋼剣を見つめて唇を固く結び、不安と覚悟が入り混じった複雑な気持ちを心に抱えた。

王都では結局アイリス1人では無力で何もできなかったし、『ステラハート』にも1人では危険だと判断されたから、今プロキオンとの合流を狙っている。それは分かっているのだが、自分から積極的に協力を願い出た以上、いつまでも頼ってばかりではいられない。1人でも戦えるよう、心身共に強くならなければならないだろう。


(思えば、今までずっと誰かに頼ってばかりだったわ……。『リブラ』の仕事にしても護衛を頼んでばかりだったし、『ステラハート』にしても言われるがまま指示に従っただけ……。自分で何とかしようなんて、考えもしなかった。なのに自分1人だけでも力になれると思った事自体、間違いだったのね。……はぁ、本当に考えが甘かったわ。これを機に考えを改めましょう)


アイリスは渋い顔で溜息をつき、心中で反省しながら歩き続けた。


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