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32. 4月23日:サルバシオン自治区南部(その2)

アークトゥルス達は木漏れ日が射す街道をトラニオン・リッジに向けて歩いていた。早朝の街道には心地良く涼しい微風が通り、心身を冴え渡らせてくれている。

この先の予定としてはトラニオン・リッジまで全員で向かい、ディム・ヌーンに向かうリゲルとアンタレスはそこで別れる事になる。アンタレスとカノープスは2人で歩きながら経路を確認した。アークトゥルスとリゲルも話を聞いている。


「なあカノープス、サルバシオンからトラニオン・リッジまで馬車とか出てるのか? 流石にずっと徒歩じゃねーだろ?」

「大丈夫よ、ちゃんと出てるわ。ただ、自治区の南端までは徒歩だけどね。治安が悪いから馬車は中まで入って来ないのよ」

「出てるならいいや。トラニオン・リッジに着くまでどれくらい時間かかる?」

「今からでも着くのは夜でしょうね。河も峡谷も越えないといけないし、トラニオン・リッジ自体峡谷の上に造られた都市だから、どうしても登りは必要だしね」

「うわ、めんどくせぇ……。」


トラニオン・リッジまでは馬車が出ているので直接的な疲労はないとは言え、かなり大変な旅になるようだ。アンタレスは渋い顔をして額に手を当てて答えた。


「で、当然トラニオン・リッジからディム・ヌーン行きの馬車は出てるよな? 列車はまだ開通してなかったと思うけど」

「ええ、出てるわ。ただ、ディム・ヌーンまで馬車だと半日かかるし、夜は出てないわ。1日だけトラニオン・リッジに泊まる必要があるわね」

「まあ、それは仕方ないな」


リゲルは腕を組んだまま息を吐き、アンタレスの続きのように答えた。


「結局トラニオン・リッジで一旦足止めか……。ま、そんな気はしてたがな。アンタレス、ディム・ヌーンでどうするか、少し話しておこうか」

「そうだな」

「こっちもいいかしら?」

「ええ」


全員が行程を確認した所で、それぞれの都市での作戦について各々打ち合わせ始めた。

アークトゥルスとカノープスはトラニオン・リッジで『サジタリウス』の協力を得る作戦である。


「カノープス、具体的にトラニオン・リッジではどうしましょうか?」

「とりあえず、着いたら『サジタリウス』のイルミナイト側支部に行きましょう。まず小隊長に話をして、支部長に話をしてもらえるか聞いてみる事にするわ。小隊長は支部長の信頼も厚い人だから、話を通してもらえれば『ステラハート』の事も信じてもらえる可能性が高いわ」

「小隊長……? 小隊にカノープスの協力者がいるのね?」

「ええ、私の所属する小隊全員協力者よ。私以外に3人いるわ。みんな信頼出来る人達よ」


カノープスはどこか得意気に、3本の指を立てて答えた。


「そう、なら安心ね。話を通してもらえたら、私が説得すれば良いかしら?」

「そうね、私達が立ち会えば問題ないわ。支部長に協力要請できたら、イルミナイト側支部は拠点として使わせてもらえると思うわ。その次はギルドマスターに話をしてもらえないか聞いてみましょう。……流石に難しいとは思うけど、これは運が良ければ、という事で」

「そうね、そうしましょう。後はどこまで予定通りに進むか、ね。……カノープスがいて本当に助かるわ。私1人だったら接触するのも大変だったと思うわ」

「ふふ、これくらい大したことじゃないわよ」


アークトゥルスとカノープスが話をしている間、リゲルとアンタレスもディム・ヌーンでの活動について話をしている。

ディム・ヌーンでは先ずアイリスやプロキオン達と合流した後、『タウルス』と共に『キャンサー』拠点制圧、及び指名手配犯討伐の予定である。上手くいけば有力者の信頼を得られると同時に接触が図れる。


「もうアイリスは到着してる頃だろうな。プロキオン達は昼前に到着、と言った具合か。……午前中はアイリス1人でディム・ヌーンを彷徨(さまよ)う事になるか。プロキオン達が早々に見つけてくれるといいが」

「何事も無きゃいいけどな。合流できたら連絡入れるように、プロキオンに言っとくか。そうすりゃ俺らも安心だし、俺等とも合流しやすいしな」

「そうだな。その後は『タウルス』に『キャンサー』の拠点情報を送って制圧作戦を立ててもらい、それに参加する、と言った感じか。……私達の飛び込み情報で大丈夫か? 信頼してもらえるかどうか」

「丁度『タウルス』所属のリム達が一緒にいるしな、その辺は問題ないだろ。……ああ、俺が頼まれて調査した、って事にしてもいいぜ! 何せ俺は天下の調査ギルド『スコーピオ』の所属だしな、不自然はねーよ」


アンタレスは『スコーピオ』所属を自慢するようかのように意見を出した。冗談交じりの表現なのだろうが、残念ながらリゲルは冗談を返す気がなかった。


「お前が威張って言う事じゃないけどな」

「……まあ、うん。ちょっとは乗ってくれよ」

「で、ディム・ヌーンにはAランク指名手配犯の『告死刃』リンガーがいる、と。これは私達とプロキオンで対応するしかないだろうな。クラッド達に相手させるには危険過ぎる」

「だな。他にも指名手配犯はいるかもしれねーし、B~Cランクくらいなら何とかなるか? いた場合、リム達はそっちに当たってもらうとかどうよ?」

「いれば、な。……まあ1人くらいいるだろ。『キャンサー』も無駄に規模がでかいからな、いても不思議じゃない。まあ、それは合流してから考えよう」

「そうするか。リンガーってどんな奴だ? 指名手配犯とか興味ないから知らねーんだけど」

「私も知らないな。それも合流したらクラッド達に聞いてみるか。『タウルス』に所属してるなら流石に知ってるだろう」

「何にせよ詳細は合流してから、か。意外と話す事ないな」

「行き当たりばったりな作戦だからな、仕方ない」

「大丈夫かよ? 上手くいくのか?」

「まず予定通り行かないと考えていいだろうな。適宜修正は必要だろう。ま、その辺は私とベテルで何とかするから、心配するな」

「分かった。頼むぜ、リゲル」

「……話は終わったかしら?」


丁度話が纏まった所でアークトゥルスがリゲル達に話しかけた。リゲル達より早く話は纏まっていたようだ。


「アーク、そっちはもういいのか?」

「ええ、確認程度で済んだわ。……大半はカノープスに任せっきりになってしまうわね。本当に申し訳ないわ」

「ふふ、気にし過ぎよ、アーク。あなたがリーダーなんだから、もっと私達を使っていいのよ?」


カノープスは申し訳なさそうに話すアークトゥルスに笑って見せた。


「そうは言っても、(しょう)に合わないのよ。極力他人の手を煩わせたくないと言うか……あまり迷惑を掛けたくないのよ」

「難儀な奴だな、お前も。……と言うか、そんな事言うなら今朝(けさ)みたいなのは()めてくれ」

「あー……。あれは本当に悪かったわ、無意識にやってしまったのよ」

「無意識レベルで染み付いてるのか……。本当に早く直せよ?」


申し訳なさそうに苦笑いするアークトゥルスにリゲルは手を振って答えた。しかしリゲルに責めている様子は全くなく、くすりと微笑む姿からは世話焼きを楽しんでいる様子すら窺える。


「……今日ばかりは人の事言えねーけどな」


アンタレスはぼそりと呟いた。


「う……まあ、そうだな……。でも冗談だったんだから、お前も本気にするなよ」

「いやお前、あの時の口調は本気(マジ)でそうしろ、って感じだったぜ? 冗談とか言ってるけど、ベテルに怒られそうになったから適当に言い訳しただけだろ?」

「…………。」


リゲルは黙って目を逸らした。図星のようだ。


「アンタレス、あなたも素直に謝ってくれれば良かったのに。私を巻き込まないで欲しかったわ」

「……(わり)ぃ。そっちにまで疑いの目が向くとは思わなかったんだよ」

「まあ確かに私も疑われるとは思わなかったけど……。それにあなたが悪いんだから、私に助け船を求めるのはお門違いよ」

「まあ……うん、そうだな……。」


カノープスに文句を言われてアンタレスも頭を掻いて黙ってしまった。これでもカノープスを巻き込んでしまった事を反省しているのである。


「全く、あなた達は……。」


アークトゥルスは2人の後ろで微笑みながら、首を振って呟いた。


「「お前が言うな!」」


リゲルとアンタレスが同時に振り向いて声を上げた。声も動きも重なって響き、発言した本人達が一番驚いてきょとんとしている。


「ふ、ふふっ、あははっ、何やってるのよ」


見ていたカノープスは思わず失笑し、口元に手を当てて笑い声を上げた。リゲルとアンタレスはお互いの顔を見合わせ、カノープスに遅れて失笑した。


「ふふっ、全く馬鹿馬鹿しい」

「あー、なんかどうでも良くなっちまったな」


リゲルとアンタレスの失笑は苦笑いへと変化し、2人とも話を切り上げて前を向いた。

アークトゥルスは変わらず微笑みながら、やれやれと言わんばかりに再び首を振った。今回は何も呟かなかった。


(……久しぶりに心から笑った気がするわね。最近気を張ってばかりだったし)


カノープスは心地良さそうに微笑を浮かべ、素直にそう思った。何気なくアークトゥルス達に目を向けると、全員似たような表情をしている。

恐らく――いや、間違いなく――自分と同じ気持ちなのだろう。カノープスはそう感じていた。

トラニオン・リッジまでの道中、清々した気持ちでいられそうである。

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