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31. 4月23日:サルバシオン自治区南部(その1)

「……全員、集まったわね? じゃあ行く前にもう一度作戦を確認するわよ」


地平線から日も昇り切らない早朝、アークトゥルスは大部屋に集合した『ステラハート』一同を確認しながら話を切り出した。


「作戦内容はイルミナイト内の拠点確保、候補のトラニオン・リッジには私とカノープスが向かって『サジタリウス』に接触、説得して味方に付けるわ。ディム・ヌーンの方にはリゲルとアンタレスが向かって『キャンサー』討伐及び指名手配犯討伐で信頼を得る形で支配者層に接触ね。ベテルとシリウスはここに待機して後方支援。……みんな、これでいいわね?」

「アーク、急で申し訳ありませんが作戦を一部追加しても構いませんか?」

「ベテル? 一部追加って……一体何を?」

「おいおい、今から追加かよ? もう出発前だぞ?」


何気なく確認を取ったアークトゥルスにベテルギウスが手を挙げて呼びかけた。

アークトゥルスはきょとんとした表情を見せてベテルギウスに問い返した。了承の返事以外が来るとは思っていなかったのである。アンタレスやカノープスも気になってベテルギウスの方を向き、話を聞いた。


「昨日の夜リゲルと話をしたですが、今回の作戦、話を聞く限りでは『エクソダス』に待ち伏せされたようです――しかも入念な準備込みで。恐らく、私達の情報が漏れたのではないかと」

「情報が漏れた? 何処から?」


アークトゥルスが聞き返すと、ベテルギウスはリゲルに目配せした。リゲルは何も言わず頷いて答えた――そのまま話を続けてくれ。そう言っているようだ。


「……まだ推測でしかありませんが、恐らくリリィが『エクソダス』と繋がっていたではないかと。彼女と接触してすぐ昨日の事態ですし、可能性としては一番考えられます。そこで、彼女が本当に『エクソダス』と繋がっているか、調査を行おうと思います」

「それは良いけど、どうするの? 今は王都に近づけないでしょう?」


カノープスが首を傾げて質問した。王都には『エクソダス』8名全員が居座っており近寄るには危険である。


「シリウス、あなたが王都に行って調査して来て下さい」

「おいベテル、正気か? 確かに実力的には問題ねーだろうけど、こいつがそういう仕事を真面目にやるわけねーだろ」


アンタレスは後ろにいるシリウスを指差しながら、ベテルギウスに懐疑的な視線を送った。シリウスは意に介さず、聞き耳だけ立てている。


「大丈夫だ、何か秘策があるらしい。任せるとしよう」

「リゲル? ……まあ、あんたとベテルが言うなら大丈夫か。シリウス、ちゃんと仕事しろよ?」


アンタレスは振り返ってシリウスに一言釘を刺した。シリウスは全く反応しなかった。


「追加はそれだけ? じゃあ私達の作戦には変更ないのね?」

「ええ、あなた達は決めた作戦通りに行動して下さい。王都の件は私とシリウスで調査します」

「分かったわ。……他に話はないわね?」


アークトゥルスは皆を見回して問いかけた。全員、他に話す事はないようだ。


「……いいわね? じゃあ行きましょう。みんな、頼んだわよ」


アークトゥルスは転送装置を取り出した。それを見てカノープスは直後に起こる事態を察し、顔をしかめた。


「カノープス、トラニオン・リッジの――」

「お待ちなさいアーク!」

「え!? ……びっくりした、突然どうしたのベテル?」


ベテルギウスが突然声を上げてアークトゥルスに待ったをかけた。眉間に皺を寄せ、何かに怒っている様子である。カノープスは案の定、とでも言いたげな表情を見せて溜息を吐いた。


「突然どうしたの、じゃありません。何をしているのですか?」

「何って……。」


アークトゥルスは転送装置とベテルギウスを交互に見つめた。何に対して怒っているのか、よく分かっていない様子である。


「……アーク、緊急時以外は転送装置を移動に使うな。お前の悪い癖だ」

「あ……。」


リゲルに言われて、アークトゥルスも気が付いたようだ。ベテルギウスは移動に転送装置を使おうした事に対して怒っているのである。


「アーク、つい最近も注意したばかりでしょう? リーダーのあなたがそんな様子では皆に示しがつきませんわ。大体あなたは……」

「あ、ええと、その……。わ、悪かったわベテル……。」


アークトゥルスは思わず後ずさり、ベテルギウスに対して制止するように手を向けて謝った。


「謝るくらいなら早くその悪癖を直しなさい。全く……。」

「ふふっ、アーク、お前も大変だな? まあ実際便利だし、気持ちは分かるが無闇に使わないよう意識しないと……」

「リゲル、他人事じゃありませんわよ? あなたも少し前、アンタレスに転送装置を使って帰るよう言いましたわね?」

「う……。あれは……ただの冗談だ、本気にするとは思わなかった」


リゲルは脇に視線を逸らして答えた――同時に、地雷を踏んでしまった、と自分の迂闊な発言を後悔した。


「アークに言う前に自分もそういう発言を控えなさい。アンタレスも冗談を真に受けるんじゃありません、私に怒られるのが分かってたのでしょう?」

「……! ま、まあ状況が状況だったし? 一回くらい良いだろ、と思って」


怒りの矛先がアンタレスにも向かい、アンタレスはぎこちなく振り返って答えた。アンタレスはいつの間にか扉の前まで移動していた――矛先が向くのを恐れて密かに逃げようとしていたらしいが、敢え無く捕まった形である。


「そうですか。で、緊急時でもないのに許すとでも?」

「いや、それは……。」


アンタレスは冷汗を流しながらカノープスにフォローを求めて視線を送った。カノープスは視線に気づいていたが、外方(そっぽ)を向き我関せずと言った雰囲気でしれっとしている。いざこざに巻き込まれたくないようだ。フォローは期待できそうにない。

ベテルギウスはアンタレスの送る視線に気付いた――追った先にはカノープスがいる。


(カノープス、助けてくれよ……!)

(ごめん、巻き込まれたくないわ)

「……カノープス、あなたも何かやましい事があるのですか?」

「え!? そう来るの!?」

(いやそういう意味の視線じゃねーから!)


猜疑的になっていたベテルギウスに視線を間違った意味で捉えられ、カノープスにまで怒りが飛び火してしまった。もちろん、カノープスには何の非もない。


「や、やましい事なんて何もないわよ」

「本当ですか? ……アンタレス、なぜカノープスに視線を?」

「あー、それは、その……。フォローしてくれるかなー、と思って」

「フォロー出来る訳ないでしょう? 困るわよ、そんな事されても」

「……(わり)ぃ」

「全くあなた達は、揃いも揃って何なんですか? 疑われるような、注意されるような行動をするんじゃありません。何時(いつ)まで経っても私に注意されてばかりではないですか? もっと自覚を持って頂かないと、この先思いやられますわ。大体あなた達は……」


出発前だと言うのに、ベテルギウスの説教が始まってしまった。ベテルギウスの説教は始まると長い。アークトゥルス、リゲル、アンタレスに非はあっても、カノープスは完全に巻き添えを食った形である。

早朝から気の滅入る事態になってしまった。


「……で、この茶番は何時まで続くの?」


説教の最中(さなか)、唯一巻き込まれなかったシリウスが苛ついて言った。


「……まあ、そうですわね。作戦前に言っても仕方ありませんか」


言われてベテルギウスも落ち着いたようである。怒りが収まり、説教が中断された。

アークトゥルス達は内心でほっと胸を撫で下ろした。今回ほどシリウスに感謝した事はない――特にカノープスは。


「とにかく、今後は気を付けてください。いいですか?」

「分かったわ」

「結構です。……では皆さん、頼みましたよ」

「任せて。みんな、行きましょう」


アークトゥルス達は頷き、部屋を出て行った。

ベテルギウスはアークトゥルス達を見送り、部屋の扉が閉められると溜息を吐いて窓際に近寄った。そして窓を開け、直下の様子を探った。


「……ベテル、私は何をするのか、早く説明しなさいよ」

「少々お待ちなさい」


シリウスが説明を催促するも、ベテルギウスは窓から直下を見つめたままシリウスを制止した。

現在ベテルギウスとシリウスがいるのは高層ビル廃墟の12階である。窓から見える風景は主に数多の苔生(こけむ)した高層ビル廃墟と漆黒の放雷針であり、青空を狭苦しくしている。

直下の街道は良く整備されており、石畳ではなく瀝青と砂利で舗装された街道が複雑に走っている。道路脇には樹木も植えられており、景観も良い――尤も、人が住んでいない地域は森林の如く植物が生い茂って荒れ放題なのだが。

しばらく直下の観察を続けていると、アークトゥルス達が自分たちのいるビル廃墟から出てくるのが見えた。アークトゥルス達は、そのまま南方――トラニオン・リッジの方角へ続く街道に沿って歩き去って行った。


(……行きましたわね。これで話は聞かれませんね。さて)


アークトゥルス達が去った事を確認したベテルギウスは窓を閉め、シリウスに向き直った。シリウスは長時間待たされて、明らかに苛ついた表情を見せている。


「シリウス、あなたは王都でリリィの様子を探ってください」

「……あいつ、どうせ突っかかって来るわよ? 殺していいの?」

「話を聞いてましたか? 良い訳ないでしょう、そうなったら退きなさい」

「面倒ね……。どうせあいつ『エクソダス』と繋がってるわよ。これ以上余計な事される前に殺していいんじゃないの?」

「決め付けは良くありませんよ? なぜ繋がってると言い切れるのです?」

「あいつと会った時、近くにネビュラがいたわ。私達が()り合ってるのを観察してたようだし、どうせその時接触したんでしょうね」

「な……! なぜそれを早く言わないのですか!?」


ベテルギウスは思わず声を荒げ、シリウスに詰め寄った。シリウスはさらりと述べたが、これは極めて重大な事実である。


「……何で?」

「あなたがこの事をちゃんと話していれば、リリィと『エクソダス』が繋がっている事を協力前に予測できました! 今回の事態も防げたのですよ!? どれだけ重大な事をしでかしたか、分かっているのですか!?」


ベテルギウスはシリウスの顔面を指差して事の重大さを強調し、激しい剣幕でシリウスに迫った。流石にシリウスも事の重大さを感じ取ったか、少しだけ肩を竦めた。


「まあ……そうね」

「はぁ……。全く、本当にあなたは……。」


シリウスはばつが悪そうに目を背けて頭を掻いた。ベテルギウスは怒りを通り越して呆れ、頭を抱えて力無く近くの椅子に座り込んだ。そしてそのままうなだれて頭を振った。


「はぁ……。悪かったわね、謝るわよ。すいませんでした、これでいい?」

「珍しいですわね、謝るなんて」

「あんたしかいないからよ。アーク達の前で私がこんな所見せる訳ないでしょう? それに、あんたに逆らったら私の命は無いからね……本当の意味で」

「……まあ、そんな事だろうとは思いましたけど」


ぶっきらぼうとは言え、シリウスは珍しく謝罪した。訳あってベテルギウスの前でしか見せない、シリウスの意外な一面である。


「……とにかくそういう事があったのならば、リリィが『エクソダス』と繋がっているのはほぼ確定でしょう。あとは確認だけできれば良いですわね。予定変更です、代わりに王都で『エクソダス』の動向を調査してきてください。その過程でリリィとの繋がりも確認できるでしょう」

「……分かったわ。で、結局リリィが突っかかってきたらどうするの? 殺していいの?」

「駄目です。彼女は『エクソダス』に協力しているだけの一般人なのですから、殺傷は禁止です」

「本っ当に面倒ね……。じゃあ『エクソダス』の奴らは構わないわね? 完全に気付かれないまま調査も難しいし、どの道私を見つけたら襲ってくるわよ、奴らは」

「そちらは仕方ありませんが、だからと言って無暗矢鱈に仕掛けてはなりませんよ? 目的はあくまで調査であって、殲滅が目的ではないのですから。止むを得ない限り、『エクソダス』との戦闘は控えてください」

「何それ、つまらないわね? ……で、他には?」

「それと当然ですが、どうしても止むを得ない限り、汚染者も殺傷禁止です」

「はあ? それも駄目なの? ……汚染者なんて幾らでもいるじゃない、妨害ばっかで碌に調査できなくなるわよ?」


シリウスは仰々しく手を振って見せ、ベテルギウスに不満をぶつけた。ほぼ戦闘禁止を言い渡されているも同然である。


「あなたなら大丈夫ですわ、相応の実力がありますし。何とか調査を進めてください、出来る限りで構いませんから。調査手段も自由にして構いません」

「無理よ、調査にならないわ。面倒過ぎるし」

「……行きたくないと?」

「出来ればね」

「……仕方ありません。助けてもらった手前、こんな事はしたくありませんけど」


シリウスが作戦に対し嫌気を見せた時、ベテルギウスは懐のポケットから折りたたまれた紙を取り出して広げ、それをシリウスに見せつけた。見せつけたそれは白紙のカルテであり、5月1日の日付だけが記入されている。


「ちっ、脅さなくても分かってるわよ……。やればいいんでしょ、やれば。……はぁ、本当面倒ね」


それを見たシリウスは不満気に舌打ちして顔をしかめた。作戦を了承し、溜息を吐いてうなだれ、頭を振った。ベテルギウスは返事を聞くと白紙のカルテを懐のポケットに戻した。


「厳しい条件なのは分かっています。しかし、あなたしか出来ない事なのです。頼みましたよ」

「……分かったわよ」

「王都には行くには転送装置を使ってください。あまり時間もありませんし」

「……! へぇ……。」


シリウスは一転して意地悪そうに薄笑いを浮かべて言った。


「あれだけアーク達に転送装置を使うな、って言っておいて今度は使えと? 大層な二枚舌ね」

「……否定はしませんわ。ですが、あなたなら使う理由は何となく分かるでしょう? 」

「分かってるわよ、調査時間の関係でしょう? 王都までここから片道2日、往復で4日かかるわ。で、月末には戻って来なければならない。使わなかったら2~3日しか調査できない……違うかしら?」

「その通りです。流石に分かりますか」

「ま、そうでなくても勝手に使うつもりだったけどね。アーク達も勝手に使ってるんじゃない?」

「まあ、見てない所ではそうかもしれませんわね。……さて、準備が出来たら行ってきてください。何かあったらすぐ連絡するように」

「準備する事ないわ。……はぁ、面倒だけど行ってくるわ」


シリウスは嫌味な薄笑いを憂鬱な表情に変え、転送装置を取り出して操作した。


「もし途中で体調に変化があったら、即中断して戻ってくるように」

「それも分かってるわ」


返事を返すと同時にシリウスは青白い光子となって霧散した。大部屋にはベテルギウス1人だけが残された。

ベテルギウスは立ち上がり、東側の窓の外を見つめた。既に日は地平線から完全に顔を出し、狭い空から大部屋に明るい光を送り込んでいる。


「……みんな、どうかご無事で」


ベテルギウスは一言呟き、大部屋を後にした。

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