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3. 3月24日:エル・シーダ

(うーん、思い出せない……。あの時、どんな事を話してたっけ……?)


翌日の朝、朝食を摂りながら昨日の事を思い出そうとするアイリスだったが、どうしても昨日の事件の内容を思い出せずにいた。

アークトゥルスが汚染者を回収していた事は分かるのだが、その後現れたリゲルとどのような話をしていたか思い出せない。気が動転していたし、何より意味不明な内容であったため、話の内容が頭の中に入っていないようだ。


(……まあ、後で思い出せるかもしれないし、それよりも)

「まずはリゲルの事を調べないと」


アイリスはそれだけ呟くと、朝食の後片付けをして、すぐに家を出た。

今日は『ジェミニ』のギルド支部前でクラッドと待ち合わせをしている。昨日帰る途中、リゲルの事を探る前に、聞ける事をできるだけ聞いてしまおうという話になったのだった。

アイリスは足早に『ジェミニ』のギルド支部へ向かった。



************************************************



「まさか早速訪ねてくるとは思わなかったな。信用する気になったのか?」

「むしろ逆だな。信用できないから来てる、といった所だ」


無表情のまま話すリゲルにクラッドが答えた。

『ジェミニ』のギルド支部近辺、人通りの少ない通りに面した喫茶店の屋外席にアイリス、クラッド、リゲルの3人が集まっている。

リゲルは数多の資料を見比べながら、原稿と思しき書面にペンを走らせている。時折顔をしかめて書き直したりしているが、基本無表情だ。


「なんだ逆か、残念だな。それで、今日は何だ? まだ何か聞き足りなかったか?」

「ええ、昨日は突然だったから色々と聞けなかった事があるわ」

「そうか、じゃあ答えられる範囲で答えよう。何が聞きたい? あ、その資料取ってくれ」

「これ? はい。……じゃあまず、あなた達『ステラハート』が回収した汚染者はどうなるの? しかも昨日見た感じだと、アークは明らかに汚染者に危害を加えてたように見えるけど?」


資料を受け取ったリゲルは原稿にペンを走らせながら答えた。


「回収した汚染者には記憶の除染を行う。記憶水晶(メモリクリスタル)の記憶を蓄積する性質を利用して、汚染された記憶だけ記憶水晶に吸収するんだ。これで汚染者を汚染から回復させる事ができる」

「汚染と逆の事をするのね。危害を加えていたように見えるのは?」

「気を失わせてるだけだ、回収する際には当然抵抗されるからな。流石に殺したりはしない。少なくとも私やアークはな」

「そう、とりあえずは無事なのね。じゃあ除染が終わった汚染者はちゃんと解放しているの?」

「ああ。回収時の怪我の治療や除染時の記憶消去で2日~3日ほどかかるが、ちゃんと解放している」

「記憶消去? それって、まさか」


記憶消去、2日~3日の空白。最近多発している失踪事件と特徴が一致している。考えられる結論は一つしかない。

黙って話を聞いていたクラッドが聞き返した。


「最近の失踪事件も帰ってきた人は記憶が無かったり、2日~3日ほど失踪していたりするな。……そういう事なのか?」

「……そういう事だ」


一瞬答えるべきか迷ったような間が空いたが、リゲルが答えた。失踪事件の真相は『ステラハート』による汚染者回収だと認めたことになる。


「おいおい、随分あっさり認めたな? これがバレたらまずいぞ? 世間がどれだけこの件に関心を持ってると思ってるんだ?」

「大丈夫だ、私達の仕業だとバレないように気は遣ってる。それに万が一の際には各ギルドの『ステラハート』が連携して情報操作すれば何とかなる。ただ、面倒だし褒められた事じゃないから出来れば避けたい」

「俺達にはバレたけどな。それにしても、そんな事までしてるのか……。大変だな」


クラッドは半ば呆れつつ首を振った。今度はアイリスが質問した。


「各ギルドに『ステラハート』がいるって言ったわね。『ステラハート』は何人くらいいるの?」

「主要ギルドに一人ずつだ」

「それだけ? 意外と少ないのね」

「各々がギルド内で数人の協力者達を持ってるから実際はもっと多い。とは言え基本的には私達だけで動いて、協力者達は必要に応じて手伝ってもらう形だから、こっちは考えなくていい」

「そういう事ね……。じゃあ主要ギルドは9つあるから、9人ね」


農水ギルドの『アリエス』、傭兵ギルドの『タウルス』、報道ギルドの『ジェミニ』、交通ギルドの『レオ』、医療ギルドの『ヴァルゴ』、商業ギルドの『リブラ』、調査ギルドの『スコーピオ』、警備ギルドの『サジタリウス』、工業ギルドの『ピスケス』。

当然この他にも様々なギルドが存在するし、全て数えるとそれこそ星の数にも上るが、現在主要なギルドと言えばこの9つだ。


「あと『キャンサー』にも一人いるな」

「犯罪ギルドにもいるのかよ! そこは流石にダメだろ」

「『キャンサー』の一員としてはまともに働かない奴だから大丈夫だ。心配しなくていい」

「そりゃそうだ。まともに働かれたら俺達が困る」


クラッドが思わず反応した。『キャンサー』と言えば犯罪集団でありギルドではないのだが、一般的にはギルドと同質のものと捉えられている。『タウルス』や『サジタリウス』とは敵対関係にあると言っていい存在であり、当然ギルドとして認められてなどいない。


「じゃあ『ステラハート』は10人?」 

「10人……いれば良かったんだがな。……実はもう3人死んでる。今は7人だ」

「え……死んだ、って……。」


予期せず死んだという発言を聞いてアイリスは血の気が引いた。今こうして語っている様子からは感じ取れないが、リゲルは思っていた以上に過酷な世界を生きているようだ。

発言をしたリゲルはいつの間にか走らせていたペンを止め、黙り込んでいる。

動揺しているアイリスの代わりに、クラッドが話を続けた。


「確か昨日、汚染用の記憶水晶をばら撒いている奴らがいる、って言ってたな。という事は、お前達『ステラハート』は『そいつら』と対立している、という事だな。まさか『そいつら』に殺されたのか?」

「…………。」

「……答えられないか」

「……いるな……。一人だけか……。」

「……リゲル? どうしたの?」


アイリスがリゲルを見ると、リゲルの様子がおかしい。なにやら原稿を見つめてペンを止めたまま、小声で呟いている。表情は変わらず無表情のままだが、明らかに周囲に向けて気を張っている。


「なあクラッド、今まで私が言った事……信じられるか?」


気を張ったまま、リゲルは唐突にクラッドに話しかけた。


「なんだ、突然……。まあ記憶水晶の件は体験したからともかく、他はまだ半信半疑だな。実際、俺は何も見ていないしな」

「だろうな。信じてもらうには実際に現場を見てもらった方がいい」


そう言うとリゲルはテーブルに広げた資料や原稿を片付け始めた。


「現場を見てもらうって、どういう事だ?」

「私の後をつけて来い。遠巻きに見ているだけでいい」


資料を片付けたリゲルは席を立って通りへと出た。そのまま辺りを軽く見渡すと、裏路地へ続く抜け道に目をつけて歩き出した。


「何なんだ、一体?」

「裏路地に入っていくわね。……クラッド、あれは?」


裏路地に入ったリゲルを尾行するように男性が裏路地に入って行った。


(あれ? この状況、昨日と似てる……)

「あいつ、怪しいな……リゲルも気になるし、追うか」

「……そうね」


二人も席を立ち、リゲルと何者かを追って裏路地へ入っていった。リゲルは路地をより人気(ひとけ)のない方へ進んでいる。

それを謎の男が尾行している。

さらにその二人をアイリスとクラッドは尾行している。


(何なんだ、この状況)

(昨日もこんな状況だったわ。流石に尾行はしてないけど)

(じゃあもしかすると、あの男が汚染者なのか?)

(それは分からないわ)


小声で言葉を交わしつつリゲルと謎の男を尾行する二人。

今の所、謎の男に気取られてはいない。あちらもリゲルの方に注意が向いているようだ。


(リゲルは……また曲がったわね。そろそろ突き当りにぶつかりそうだけど)


狭い路地へ曲がっていったリゲルを追って、謎の男は慎重に足を進めていた。

そして曲がり角で建物の影に隠れ、奥の様子を覗こうとしているようだ。そして男が路地を覗きこむと――突如路地から腕が伸び、男を拘束して奥に引き込んだ。


(何だ!?)

(あれは……まさか!)


その様子を見た二人は路地へ向けて移動した。

路地からはかすかに物音が聞こえる。体が叩きつけられるような鈍い音だ。

何が起きているかは想像に難くない。リゲルが男を襲ったのだ。


「リゲル……?」


狭い路地の奥を見ると、リゲルが屈んでおり、その足元には先程の男が倒れている。気を失っているだけのようだ。

リゲルはすぐに二人の方を向き、口元に指を立てた。そして二人に向けて手招きした。黙ってこっちに来い、と合図しているらしい。

黙ったまま二人はリゲルの方へ歩み寄り、男を囲んで屈みこんだ。


「こいつが汚染者だ。見ての通り、外見は変わらないが記憶は汚染されている」

「彼が……本当に普通の人に見えるけど」

「そうだな、何一つおかしい点は無いな」


クラッドは倒れた男の外観を確認したが、どう見ても普通の市民である。汚染者だとか、記憶が汚染されているなどと言われても全く見た目では分からない。


「見ての通り、外見では判断できないが私達『ステラハート』は汚染者が近くにいると分かる。大抵の汚染者は気配を消しきれてないからな」


リゲルは喋りながら鞄から板状の何かを取り出した。それを握ると、その上に指を走らせている。

アイリスには見覚えがある光景だった。昨日、アークトゥルスが同じものを持って同じことをしていた。


「それって確か……」

「少し離れていろ」

「え?」


言われるがまま、アイリスとクラッドはリゲルと倒れた男から離れた。

リゲルは空いている方の手を倒れた男に当てると、昨日アイリスが見たのと同じように、倒れた男の体が淡く輝き、青白い光の粒子となって霧散した。


「何だ!? 何が起きたんだ!?」

「やっぱり……!」


クラッドは目の前で起きた事態を理解できなかった。アイリスは同じ状況を見ていたためあまり驚かなかったが、それでも改めて見ると現実離れした光景である。


「おいリゲル、一体何をした!? 人が消えたぞ!?」

「まあ落ち着け。昨日話した通り、転移魔法みたいなものだ。そう思ってくれ」

「アークもその板みたいなものを使っていたわね。それがあれば転移魔法が使えるの?」

「これは転送装置だ……と言っても分からないか。まあ、言う通りこれがあれば転移魔法の真似事ができる」

「転送装置……? まあいいわ、真似事ってことは少し違うの?」

「ああ。しかしやってる事はほぼ同じだ、深く考えなくていい」

「おい何の話だ? 全く訳が分からないぞ」


クラッドは全く話について行けず、混乱しているようである。


「状況は分からないだろうが、とりあえず『現場』は見ただろ? 信じる気になったか?」

「流石に信じるしかないな、目の前でこんなのを見せられるとな……。」


実際にアイリスが言っていた通りの事が目の前で起きた。これでは流石に信じざるを得ない。


「信じてもらえたなら、それでいい。じゃあ帰るか」

「ねえ……何でそんな転送装置なんて、すごいものを持っているの? そんなものを持っているあなた達……『ステラハート』は何者なの?」

「……ああ、そういえばそうだな」


何事も無かったかのように帰ろうとしたリゲルに、アイリスが不思議そうに聞いた。

魔法技術は一般には浸透しておらず、せいぜい放雷針の制御等の大掛かりな公共事業や軍事などに使われる程度である。なのに、なぜそれに準ずるものを個人レベルで所有しているのか? そしてそんなものを用意できる『ステラハート』とは何なのか? 疑問に思うのは当然である。

落ち着いたクラッドも疑問に思ったようである。


「それは……知らない方が良い」


リゲルは一瞬迷いつつ、答えられないとの回答をした。


「どうして教えてくれないの? 私達の事、信用できるんでしょう?」

「俺も実際に現場を見せられたし、もう信用するしかないからな。だから答えてくれてもいいだろ?」

「…………。」


リゲルは黙って考え込んでいる。


「私は誰にもこの事を言うつもりはないわ。それなら問題ないでしょう?」

「俺達が他人にこの事を言っても信じてもらえないだろうしな。俺もこの件に関しては口外しない」

「…………。」


リゲルはまだ考え込んでいる。


(……まあ関わらせる以上、いずれ答えなければならない事か。仕方ない)


「……わかった、答えよう。ただし、今までで一番信じられない内容だぞ?」

「そんなの今更よ。……ありがとう、リゲル」

「散々信じられない話ばかりだったからな。さて、今度はどんな話が出るのやら」


リゲルは一息、溜息をつくと静かに話し始めた。


「まず、この転送装置やら記憶水晶とやらはこの世界のものではない。別世界――いや、異世界とでも言うべきか――そこの技術によるものだ。異世界と言う言い方は語弊があるがな」

「異世界……それで昨日『こちらの世界』っていう言い方をしてたのね」

「この世界とは違う、別の世界があるのか。普通なら信じられない話だ」


異世界などと言う発言が飛び出ても、アイリスとクラッドは冷静だった。今まで散々信じられない事を話され、見せられているので、さすがに馴れてしまったようだ。


「で、その別世界には、この世界の侵略を狙っている奴らがいる。それが今、汚染用記憶水晶をばら撒いている『奴ら』、私達『ステラハート』と対立している組織だ」

「え、侵略? それほどの事態だなんて、思ったより大事(おおごと)なのね」

「なるほど、侵略は確かにまずいな。あんた達はそれを阻止している、という事なのか?」

「そういう事だ。ただ、その別世界にもこの世界への侵略を良しとしない勢力がいた。それが『ステラハート』だ。アークはその別世界出身の『ステラハート』でな、私はこの世界で新たにスカウトされた。半数以上は私と同じ、この世界出身だ」


異世界からの侵略など普通なら信じられないだろうが、アイリスとクラッドにはもはや信じない理由がない。二人は続けてリゲルの話を聞いた。


「奴らは今、汚染用記憶水晶をばら撒いてこの世界の人間に侵略時に抵抗しないよう暗示をかけている。加えて邪魔者、つまり『ステラハート』を攻撃するように深層心理に記憶を刷り込む。『ステラハート』を見かけたら襲え、とな。汚染者達は汚染された事に気付かないまま、本能のように私達を襲ってくる」

「ひどい話……。汚染した上に、そんな事に駆り出すなんて」

「何とも卑怯な奴らだな。あんた達は大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、私達もそう簡単にやられる程弱くない。いずれにしろ汚染者は回収して除染しなければいけないしな、向こうから襲ってくるのは探す手間が省けるからある意味では助かる。それよりも汚染者が増え続けている方が問題だ」

「汚染源を止めることはできないの? 誰かが記憶水晶をばら撒いているんでしょう?」

「この汚染用記憶水晶ばら撒きは最近始まった事でな、まだ汚染源が分かっていない。今調査してるが、どうしても後手に回ってしまう」


溜息交じりにリゲルが答えた。どうやら『ステラハート』より『奴ら』の方が上手く事を進めているらしい。しかし、それは着実に侵略が進んでいる、という事である。


「お前達も行き詰ってるわけか。……しかし大した技術力だな、異世界とやらは。転送装置にしろ記憶水晶にしろ、この世界では到底考えられないぞ」

「そうだな。別世界から比べたら、私達の世界はまだまだだな。まあでも、電気は扱えるし機械技術もそれなりに発展したから……原始時代脱却くらいはしたか?」

「自虐し過ぎだろ」

「ふふ、冗談だ。気にするな」


冗談とは言え、この世界を原始時代扱いできるほど別世界は遥かに高い技術を持つようだ。それならば転送装置にしろ記憶水晶にしろ、それらを所持していることに納得はいく。別世界ではありふれたものなのだろう。


「さて、いつまでもここにいるのも怪しいな。そろそろ移動するか」

「それもそうね」


確かに、いつまでも狭い路地にいるのは怪しい。3人は場所を変えることにした。

歩きながら話は続いている。


「リゲル、昨日は記憶水晶の回収を手伝ってほしい、と言っていたけど、汚染源が分からないんじゃ何もできないと思うんだけど?」

「もし見かけたら、でいい。積極的に探してくれって訳じゃない。普段通りに生活して、その中で記憶水晶を見つけたら回収するだけでいい。見つかれば私達も汚染源を突き止める糸口になるかもしれないからな」

「今まで通りの生活をしてればいいのか。もし見つけて回収したらあんたに連絡すればいいのか?」

「ああ、それでいい」


話しているうちに元の通りまで戻ってきた。


「さて、今日はもういいか? 原稿を書き進めたいんだが。あれ書くの大変なんだ」

「そうね。クラッドもいい?」

「そうだな。また分からない事があれば訪ねる」

「そうしてくれ。じゃあな」

「あ、そうだ。ちょっと待って」


去ろうとしたリゲルにアイリスが声をかけた。


「何だ?」

「そういえば聞いてなかったけど、『奴ら』の組織名は?」

「ああ、言ってなかったな。『エクソダス』だ」

「『エクソダス』……?」

「じゃあな」


それだけ聞くと、リゲルは『ジェミニ』の支部に向けて去って行った。

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