26. 4月22日:サルバシオン自治区南部(その1)
ノクタニア王国領サルバシオン自治区南部、コンクリート製高層建築物の廃墟が立ち並ぶ一角に『ステラハート』の本拠点はあった。
日が沈んで暗くなった頃、その高層建築物の廃墟の一室では空間が歪んで青白い光の粒子が出現して集い、人の形を取った。
「ぐぅっ……!」
その人型の光からリゲルが現れ、出現と同時に倒れ込んだ。リゲルの状態は転送直前のダメージを受けた状態のままである。
セイファートに殴られた顔面が鈍い痛みを発し、何者かに狙撃された足や胴体は逆に鋭い痛みを発している。全身から感じる痛みのおかげで、しばらくは立ち上がる気も起きそうにない。
「げほっ、げほっ……! はぁ、はぁ……くそっ、油断した……!」
リゲルは倒れたまま咳込んで喀血し、肩で息をして苦しそうに表情を歪ませている。
何とか応急処置を、とも思ったが狙撃で内臓をやられているので到底応急処置では治療できそうにない。
(仕方ない、リペアラーを使うしかないか……。その前に……)
リゲルは壁際まで這って進み、壁に寄りかかった。そして左膝を曲げて左脛の銃痕を確認した。どうやら骨に当たったようで、貫通せずに弾丸が残っている。
「ふぅ……。ぐっ……うぅ……!」
リゲルは歯を食いしばって銃痕に指を入れ、激痛に耐えて銃弾を取り出した。
(くっ……。よし、これで)
リゲルは腰のポーチから棒状の小型機械、リペアラーを取り出した。それを握りしめて念じ、リペアラーを起動した。
リペアラーから翡翠色の光の帯が発せられ、リゲルの身体を包み込んだ。光の帯が触れた傷口は一瞬のうちに塞がり、殴られた部分の青痣は元の白い肌へと戻った。
「……ふぅ」
一瞬のうちに治療は完了し、リゲルは一息ついた。もう痛みは全く無く、傷跡も分からないほど完全に回復した。
落ち着いたリゲルは立ち上がり、部屋を見渡した。
(……ん? 明かりがついている? ……この血痕は?)
改めて部屋を見てみると妙である。
ここは転送用の部屋であるが、リゲルが残した血痕以外にも複数の血痕がある。そして何より明かりがついている。『ステラハート』は全員王都にいたので、明かりがついているはずはない。
察するに、誰かが傷ついて戻ってきたものと思われる。
(まさか、他にも誰か戻って来てるのか? 血痕があるという事は……『エクソダス』にやられたか!?)
リゲルは早足で部屋を出て普段会議を行っている大部屋へ向かった。本拠点にいる時は大体ここに集まっている。
「誰かいるのか!?」
(……リゲル!?)
大部屋の扉を慌てて開けて中を見ると、大部屋の中にはアークトゥルス、アンタレス、カノープスがおり、驚いたような案の定と言いたそうな、複雑な表情をしてリゲルの方を振り向いた。
アークトゥルスとカノープスは服が血で真っ赤に染まっている。先程の血痕はこの2人のもののようだが、見た所怪我をしていない。アンタレスは多少汚れた程度である。
「アーク? アンタレスにカノープスまで……! 血だらけだぞ、大丈夫か!?」
「…………。」
「……どうした?」
3人とも返事をせず、アークトゥルスはリゲルに近寄って何かが書かれた紙を渡した。リゲルは答えない事を不思議に思いつつ、紙を見た。紙には箇条書きで文章が書かれていた。
・全員【沈黙呪印】という魔法をかけられて喋れない
・エクソダスに襲われ、止むなく撤退してきた
・私とカノープスはリペアラーを使ってしまった
・シリウスはまだ王都にいる
・シリウスも【沈黙呪印】で喋れない
「やはり『エクソダス』に襲われたのか……。 で、よく分からんが魔法で喋れないのか? ……それでさっき、通信しても答えなかったのか」
アークトゥルスはこくりと頷き、持っていたメモに走り書きしてリゲルに見せた。
・エクソダスに襲われた場所を教えて
・【沈黙呪印】は受けなかったの?
メモを見せると、テーブルの上に広げられた王都の地図を指差した。アンタレスとカノープスはテーブルを囲んで地図を見ており、その周囲には走り書きのメモが散乱している。アークトゥルス達は喋れないながらも、メモを使って何か会議していたようだ。
「……特に魔法らしきものは受けなかったぞ?」
リゲルは答えつつ地図を確認した。地図には赤丸で各々が襲われた場所が記されており、襲撃者の名前も記入されている。
リゲルはすぐに襲われた場所を記入し、襲撃者の名前を記入した――セイファート、狙撃手と。それを見たアークトゥルスはまた走り書きでメモを見せた。
・すぐベテルに逃げるように連絡して
拠点がばれてるかもしれない
「ばれてる? どういう事……あっ……。」
リゲルはメモを見た後、再び地図を見て気が付いた。
各々が襲われた場所は王都北東部、南西部、王都外周東部、貴族街東部入口。この4ヵ所を線で囲むと、その中心にあるのはベテルギウスの診療所である。
「まさか、囲まれてる……!? 分かった、すぐ連絡する! 誰か通信機を貸してくれ、私のは壊された」
リゲルは壊れた通信機を取り出してテーブルの上に置いた。それを見たカノープスは通信機を取り出してベテルギウスに繋ぎ、リゲルに通信機を手渡した。リゲルが通信に出るのを待つ間、アンタレスは「狙撃手って誰?」と書かれたメモを見せたが、リゲルは「後で話す」と書き加えた。
十数秒後、ベテルギウスが通信に出た。
≪カノープスですか、どうしました?≫
「ベテルか!? 私だ、リゲルだ」
≪リゲル? どうしてカノープスの通信機を?≫
「話は後だ! ベテル、すぐに逃げろ! サルバシオンの本拠点に戻って来てくれ」
≪……! 何があったんですか?≫
「診療所が『エクソダス』に囲まれてる! 拠点にしてるのがばれたのかもしれない」
≪何ですって!? どうしてばれたんですか!?≫
「分からない。とにかく私やアーク達は『エクソダス』に襲われて本拠点まで戻ってきた。ベテルも襲われないうちに早く来てくれ」
≪しかし、アイリスやリリィはどうするのです!? それに私の転送装置は今、使えないんですのよ!?≫
「あ……しまった、そうだった……! ええと、それは……」
ベテルギウスの転送装置は除染を止めた時点で丁度エネルギー切れを起こしていた。再び使用可能にするにはプロキオンの魔力充填が必要である。リゲルはその事を完全に失念していた。これではベテルギウスは本拠点まで逃げられない。
アイリスの方も問題だった。『エクソダス』は一般市民を襲う事はないが、アイリスはカノープスと間違われて襲撃される可能性がある。さらに、まだ王都にはシリウスが残っている。彼女に見つかってもまずい。
リリィもシリウスと出会ってしまったらシリウスに攻撃するだろうし、そうなればまず間違いなく返り討ちに合う。
リゲルは焦って打開策を考えた――王都の地図と大陸の地図を見比べ、そして一つの結論を導いた。
「アンタレス、王都東門近辺に転送ポイントを設定したな? 教えてくれ!」
アンタレスは頷き、転送ポイントの座標を記入したメモをリゲルに渡した。
「……よし、私が迎えに行く! ベテルは急ぎ王都東門の方へ向かってくれ、敢えて人目につくようにすれば奴らも襲撃しにくいはずだ!」
≪分かりました。アイリスとリリィはどうしますの?≫
「アイリスはディム・ヌーンに向かわせてくれ、プロキオン達と合流させる! リリィは悪いが今は放っておけ! どうせ『エクソダス』には襲われないし、何か書置きでも残しておけばいい!」
≪何故ディム・ヌーンに? サン・ダーティでは……≫
「それも後だ! とにかく襲撃されないうちに東門に向かってくれ!」
≪え、ええ、分かりました。お願いしますわ≫
ベテルギウスは困惑しつつ通信を切った。リゲルは続けてシリウスと連絡を取った。リリィやアイリスと鉢合わせないように呼び戻すつもりである。
あまり待つことなく繋がったが、アークトゥルスのメモ通り、喋れないようで返事はない。
≪…………。≫
「シリウスか? 私だ、リゲルだ! ベテルの診療所が『エクソダス』にばれた、体勢を立て直すから今すぐ本拠点に戻ってこい! 私はベテルを迎えに行く!」
≪…………。≫
「……シリウス、緊急事態なんだ、今回ばかりは頼むから戻って来てくれ。いいな?」
≪…………。≫
最後に諭すように語りかけた後、リゲルは通信を切った。
「よし、今からベテルを迎えに行ってくる。カノープス、しばらく通信機を借りるぞ。皆は待っててくれ」
リゲルは転送装置のエネルギー残量を確認した。ギリギリで転送3回分の残量はある。行きと帰りで丁度使い切る形だ。
よし、と頷き移動しようとしたところ、カノープスがメモを手渡した。
・気を付けて
「……ああ」
リゲルは皆に微かに微笑んで見せ、転送装置を起動した。
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「…………。」
シリウスはまだ王都北東部に留まっていた。リゲルからの通信を受けたシリウスは通信機をしまい、ベテルギウスの診療所に向けて走り出した。
リゲルからは本拠点に戻ってくるように言われたが、シリウスは無視するつもりだった。
(…………。)
話から察するに、ベテルギウスの診療所は『エクソダス』に囲まれている。つまり、診療所に向かえば『エクソダス』がいる。シリウスは『エクソダス』を潰すつもりで捜し歩いていたので丁度良い。
(……ベテル……。)
しかし、今のシリウスはそんなつもりで向かっているのではなかった。
ベテルギウスは今、転送装置を持っていないのでまともに逃げられない。それに戦闘能力も低いベテルギウスが集団で『エクソダス』に襲撃されたらひとたまりもない。
(ベテルはやらせない……!)
シリウスはきっと表情を引き締め、診療所へ向けて走り続けた――ベテルギウスを守るために。




