21. 4月20日:『エクソダス』拠点
『エクソダス』拠点における会議室では2人の男性が席に座っていた。
会議室は大きな長方形のテーブルとそれを囲む豪華な椅子が10個程度用意されており、窓はないがシャンデリアから照らされる光が部屋を明るく照らしている。壁はシンプルながらも繊細な模様で装飾されており、汚れひとつなく美しい。
座っている男性のうち、1人は浅黒い肌に白髪と白い口髭の初老男性――シルトであり、もう一人は筋骨逞しい巨体を持つ中年の大男であり、胸当てや具足・籠手といった金属製の装備で身を固めている。また、逆立った茶髪と顎鬚、力強い眼光が只者ではない風格を醸し出している。
その男性は葉巻を吹かしながら、シルトから受け取った資料に目を通している。
「…………。」
「報告の通り、彼女達『ステラハート』が城下町を捜索している間に貴族街ではエルゴスが汚染用記憶水晶回収を済ませました。彼女達に回収させた記憶水晶も合わせて、記憶水晶は全て回収を終えたと言ってよいでしょう。これでイルミナイト連合国ではもう汚染者が増える事はありません……これで良かったのですか? わざわざ撒いたものを自ら回収など、行わなくても宜しかったのでは?」
シルトの発言を聞いて大男はすぐに回答した。
「ああこれでいい、元々民衆を巻き込むという事で気に入らん作戦だったからな。時間は十分に稼いだし、汚染もこれ以上行うべきではない」
「まあ、それは同意しますな。シリウスにやられた戦力も回復しましたし、交渉の準備も進みましなしな。……しかし、汚染を止めると彼女達が攻勢に出る可能性もあります。停戦申し入れも聞き入れられませんでしたし……」
「くくく、だから言っただろう? 停戦申し入れなど、今はやるだけ無駄だとな」
「まあ、私も正直成功するとは思っていませんでしたが。……それで、如何致しましょう?」
「やはりシリウスをどうにかせねばならん。奴さえ何とかなれば、残りは攻勢に出られても足止めなり何なりでどうにでもなる」
「やはり問題はシリウスですか……。確かに彼女の実力は圧倒的過ぎます。我らも逃げるしかありませんからなぁ……。」
「加えて奴は我らのみならず、民衆にも被害をもたらす。早急な対応が必要だが、奴1人に対して我々全員で当たらなければ到底始末できないだろう。何とかしてシリウスのみを炙り出す必要がある……奴に何か弱点でもあれば別だがな」
「ふむ、そうですなあ……。シリウスは『ステラハート』内でも浮いた存在、その実力だけを頼りに名を連ねているも同然……。それを利用できそうな気もするのですが……。」
二人が話を続けていると、突然会議室の扉が勢いよく開かれた。二人が扉の方に目を向けると、そこにはネビュラがおり、会議室に入ってきた。ネビュラは大層な剣幕を見せている。
「ギャラク、シルト、お聞きしたい事があります」
「……何だ?」
ネビュラの剣幕を気にせず大男――ギャラクは聞き返した。
「記憶水晶に『ステラハート』を攻撃するような暗示を、私に黙って追加していたようですね? それは本当なのですか?」
「……それは……」
「シルト、俺が答える」
「良いのですか? 話してしまって?」
「ああ、いずれ話すつもりだったからな。少しばかり早まっただけだ」
ネビュラの質問を聞いてシルトは返答に困っていたが、ギャラクが答えるようだ。ギャラクは持っていた資料を置き、吸っていた葉巻を灰皿に押し付けて火を消した。
「まず聞こう。どこでその話を聞いた?」
「先日、王都で協力を要請したリリィと言う人物がいると報告しましたね? その方からお聞きしました。彼女の知り合いが『ステラハート』に協力しているらしく、リリィが我らと通じている事を知らず協力を要請してきて情報を得たようです」
「なるほど、それでか。……ああ、本当だ」
「本当なのですね? 何故勝手にそのような事を!? 我らは決して民衆を傷つけるような事はしないのではなかったのですか!?」
「言えば反対しただろう? だから言わずに勝手に行った。正直、俺もこの作戦は乗り気ではなかったがな。……しかし、確かに有効だった。『ステラハート』を足止めし、我らの戦力回復、交渉準備、イルミナイト国内調査など、様々な点で有利に立てた」
「このような民衆を巻き込む作戦、あなたらしくありませんね? ……シルト、あなたですか?」
ネビュラの疑いの目がシルトに向いた。突き刺すような眼差しにシルトは頭を掻いてたじろぐ他なかった。
「ああ、それはですな……。」
「ネビュラ、これはシルト発案の作戦ではない」
どう返答したものかシルトは言葉に詰まったが、ギャラクは庇うように回答した。
「ではギャラク、あなたの作戦なのですか?」
「俺でもない」
「じゃあ一体誰がこのような作戦を提案したのですか!?」
ネビュラは苛ついて思わず声を荒げた。ギャラクは渋い顔をしている。
「……ネビュラ」
「……何でしょう?」
「今から話す事を決して『ステラハート』に悟られないようにしろ。……いいな?」
「……分かりました」
返事を聞くとギャラクはテーブルに置かれた葉巻入れから新たな葉巻を取り出して銜え、火をつけて一吹きした。吐かれた紫煙が芳醇な香りを漂わせた。
「……『裏切り者』だ」
「裏切り者……?」
「『ステラハート』の中に1人、誰だか分からぬが我ら『エクソダス』に情報を流している裏切り者がいる。今回の作戦はそいつの指示だ」
「何ですって!? ……裏切り者などいつの間に?」
ネビュラはまさか『ステラハート』に裏切り者がいるとは思ってもいなかった。驚愕の真実である。
「随分昔からだ。奴が『エクソダス』に接触してからもう4年近く経つな」
「4年も? 私がまだ『エクソダス』に参加してもいない時期ではないですか?」
「ああ、そうだな。奴は極めて正確な情報を流し、時には作戦提案もしてくる。そしてそれらに基づいた作戦はどれも有効だった。今回の件もそうだ」
「それでこの作戦ですか……。」
「まあ、もう十分有利になったし、終いにするがな。これ以上は必要ない」
「もう止めにするのですね? ……分かりました。しかし何故裏切り者がいる事を私に隠していたのです?」
「お前だけではない、俺とシルト以外の全員だ。『ステラハート』に裏切り者がいる事がばれないよう、極力内密にしていた」
「ばれても問題ないのでは? むしろ奴らの不和を招いて有利でしょう?」
「そうもいかん。俺なりの思惑があるのだよ」
「……分かりました。それは聞かぬ事に致しましょう。それで、裏切り者はなぜ我々に協力を? 何の目的で?」
「正直、奴に何の目的があって協力するのかは分からん。語りもしないし、聞いても答えん。……奴は我等が不利と見ると、我等の立て直しを図るべく情報を流してくる。しかし我らが有利の時はあまり情報を寄越さないし、協力もしない」
「不可解ですね? 我々に寝返るつもりならば有利になった時に寝返れば良いものを」
「どうも奴は『ステラハート』が壊滅する事を望んでいないらしい。しかし一方で我等『エクソダス』が壊滅する事も望んでいない。意図的に決着がつくのを長引かせている節が見られる。恐らく、それが奴の目的に繋がるのだろう」
「目的も分からず、我々が有利な時に協力せず、決着を長引かせている……。ふむ、どうやら我々にとっても完全に味方、という訳ではないようですね」
「ああ、だが目的も分からん以上無理に付き合う必要もない。我等が有利な今は奴など気にせず、奴ごと『ステラハート』を叩くつもりで良い」
「……しかし、それが上手くいってないからこそ、今まで決着がつかずにいるのでは?」
「くくく、手厳しいな、全くその通りだ。そこで今シルトとどうするべきか、作戦を考えていたところだ」
「……そういう事です」
黙って話を聞いていたシルトは一言答えた。ネビュラはシルトを一瞥し、溜息を吐いた。
「……分かりました。記憶水晶の件は真相が分かりましたし、もう結構です。作戦についてはお任せします」
ネビュラはそのまま会議室を後にしようと扉の方へ歩き出した。
「待て、その前に一つ聞きたい事がある」
「……何でしょうか?」
去り際、ギャラクが呼び止めた。ネビュラは立ち止ってギャラクの方へ振り返った。
「お前はリリィとやらから記憶水晶の話を聞いたと言ったな、そしてそいつは『ステラハート』の情報を持っていると。その情報とやらは聞いていないのか?」
「それを聞くためにお尋ねしたのです。今、彼女は我々と『ステラハート』両方に通じていて、どちらの味方となるか決めかねています。民衆を傷つける方に味方する気はないようなので、この件の真実がどうなのか、伝える必要があったのです」
「なるほど、そういう事か。ならば、我等につく可能性は高いな? 奴らにはシリウスがいるしな」
「真実を伝えて納得して頂ければ、ですが。もっとも、彼女はシリウスを捕らえるために『ステラハート』に潜入調査をしている節がありますので、元より我々につく可能性は高いでしょう」
「何だ、結局そいつもシリウス絡みか? ……くくく、奴は本当に敵を作るのが上手いな」
「笑っている場合ですか? 我々も彼女には散々苦しめられているというのに」
「ああ、そうだったな」
ギャラクは不敵な笑いを浮かべた。ネビュラはそれを見て呆れたように首を振り、何も言わずに会議室を出ていった。




