20. 4月20日:イルミナイト王都(その3)
「なるほど……。あなた方の事情は分かりました」
日が沈んだ頃、ベテルギウスの診療所をリリィが訪れていた。既にアークトゥルス、ベテルギウスから『ステラハート』の現状の説明は済んでいる。
アイリスとリゲルは脇で一緒に話を聞いており、シリウスとアンタレスは予定通り席を外している。カノープスはベテルギウスから何らかの仕事を与えられており、まだ帰ってきていない。
「それで、私に行ってもらいたい事は、貴族街での記憶水晶捜索及び回収――それで宜しいですか?」
「ええ、お願いしますわ。ご協力、感謝致します」
「ただ、城下町程ではなくとも貴族街は広いですから、私一人では1週間程度かかります。時間がかかり過ぎるかと思いますが?」
「構わないわ。私達だけで調べようとすると、もっと時間がかかるのだから」
「分かりました。明日から早速調査する事に致します。……では、他に何かなければ今日はもうお暇致しましょう。宜しいですか?」
「ええ、大丈夫よ。宜しく頼むわね、リリィ」
「ええ、では失礼します」
リリィは協力内容の確認を終えると応接室を出て行った。
アークトゥルスが窓からリリィが去って行くのを確認すると、安心したように息を吐いた。
「……ふう、無事に協力を得られたわね」
「ああ、これでようやく汚染者に悩まされる事もなくなるな」
終始黙っていたリゲルが口を開いた。
「リリィが貴族街を捜索している間、こちらは『エクソダス』対策を練ると致しましょう。最近は動きを見せていませんでしたが、汚染が止められたとなると流石に動くでしょうから、確実に仕留めますわよ」
「……とうとう直接戦う事になるんですね……。」
ベテルギウスが直接対決を示唆する発言をするのを聞き、アイリスは不安を隠せなかった。『エクソダス』と出会った事はないが、『ステラハート』内で既に3人も死者が出ている事は聞いている。直接対決となるとまた何らかの犠牲が出る可能性がある。
「大丈夫よ、別にあなたまで戦いに駆り出すつもりはないわ」
「ああ、戦うのは私達の役目だ。そこまで気にしなくていい」
「……怖くないんですか? もし負けたら……。」
死んでしまうかもしれないのに。不安で語尾が弱まってしまい、最後まで発言できなかった。アイリス自身も先日、死の淵を彷徨った。耐え難い苦痛と、迫り来る死の恐怖を存分に味わっている。だからこそ不安なのである。
『ステラハート』も実戦は慣れてるだろうし、実力も十分だろうが『エクソダス』の危険性は説明されているし、命が懸かっている以上どうしても万が一を考えてしまう。
「そうね、負けてしまう事を考えてしまったら怖いわ。……けど、誰も負ける事なんか考えないでしょう?」
「そうならないために、怖くないように、ちゃんと作戦を立てるんですのよ。そして勝つために、です」
「……本当に万が一が起きても、リペアラーもあるし、転送装置で逃げられる。そう簡単に死にはしないさ、心配するな」
「……だと、いいですけど」
アークトゥルスも、ベテルギウスも、リゲルも、不安や恐怖を感じさせない態度を見せている。
完全に不安を拭えてはいないが、アイリスは信じるしかなかった。
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城下町の自宅に帰ってきたリリィは机の上に『ステラハート』から聞いた情報を記した手帳を広げ、椅子に座ってそれを別紙に書き写している。書き写し終えたリリィは通信機を取り出し、ネビュラと連絡を取った。
今日の訪問で『ステラハート』について情報は得たものの、『エクソダス』から得た情報と食い違いがある。どちらが嘘を吐いているのか確認しなければならない。
「……ネビュラさんですか? リリィです」
≪リリィさんですか。どうもこんばんわ、ご機嫌如何です?≫
「まあ、それなりですね……早速ですが、お話したい事があります。宜しいでしょうか?」
≪ええ、何なりと≫
「実は今日、『ステラハート』から私に協力要請がありました」
≪……! それはどういう意味ですか?≫
「そのままの意味です。『ステラハート』に最近知り合った私の知り合いが協力をしているようなのですが、彼女を通じて私に接触を図ってきました。……どうも彼女達が次の作戦を実行するのに、私が極めて適任だったようです」
≪……なるほど、そういう事ですか。それで、あなたはどう対応したのです?≫
「表面上は協力要請を受けることにしました。そこで『ステラハート』から様々な情報を得たのですが……。」
≪ふむ、そうですか……。ぜひその情報とやらを教えて頂きたいものですね≫
「その前に確認したい事があります。彼女達から得た情報の多くは記憶水晶から得た情報と一致するのですが、1つ食い違っている内容がありました。これをお教え頂きたいと思います」
≪何の事か分かりませんが……もし話せないような内容でしたら?≫
「まだあなた方を完全に信用した訳ではありませんし、もしかしたら『ステラハート』側につかせて頂くかもしれません」
≪……どうぞ、お話し下さい。 食い違っている内容とは?≫
「あなた方は一般の人々に一切手を出していない、という情報を記憶水晶から得たのですが……あなた方『エクソダス』は記憶水晶をばら撒いて人々に『ステラハート』を襲うよう暗示をかけていたようですね? 彼女たちの目的不明の誘拐はその人々の――彼女たちは汚染者と呼んでいましたが――暗示を解除、除染を行うためのものだったようです。……一般の人々には一切手を出していないのではなかったのですか? まさか、こんなのは手を出すの中に入らないとでも言うおつもりですか? お答えください」
ネビュラはそれを聞いて無言だったが、しばらくすると返事が来た。
≪……何の事……ですか?≫
「……答えられない、と?」
≪ちょ、ちょっと待ってください、そんな話は聞いていません、私は何も……!≫
明らかにネビュラの様子がおかしい。通信機越しでも慌てているのが分かる。ただ、不都合な真実を指摘されて慌てている様子ではない――明らかに知らなかった、という様子だ。
「……? どういう事ですか? 記憶水晶がばら撒かれている事を知らなかったと?」
≪嘘偽りなく、正直に申し上げます。確かに記憶水晶をばら撒くという事は行いました。それは間違いありません。しかし『ステラハート』を襲うような暗示など、その記憶水晶には――少なくとも私の知っている限りでは――含まれておりません。その記憶水晶に含まれているのは内面世界の人々に対する敵愾心の緩和を目的とした暗示……外面世界と内面世界の共存のための暗示のみです。決してそんな、人々を傷つける事に繋がる暗示など……!≫
ネビュラは必死に説明している。到底演技とは思えない。恐らく、本当に知らなかったのだろう。
「まさか、本当に知らなかったのですか?」
≪ええ、そのような事は決して……!≫
「そうですか……。確か、あなた方のリーダーはギャラクと言いましたか、それと作戦担当はシルトでしたね? ……この件、あなたに知られると何か不都合があるので、知らされていなかったのでは?」
≪……まさか、そんな……! くっ、ギャラクもシルトも何て事を! 勝手にこんな事をして……!≫
「確認が必要なようですね? ……しばらく待ちましょう、真相がわかりましたらご連絡ください。それまではあなた方に協力する訳にはいきません」
≪くっ……分かりました、すぐに確認を取ります。……『ステラハート』には協力するのですか?≫
「そうですね……。彼女達は今、あなた方がばら撒いた記憶水晶の捜索及び回収を行っています。私に貴族街での捜索及び回収を依頼してきました。これは引き受けようかと思います。放っておくと傷つく人々が増えますし、これはあなたの知らない不本意な事だったのですから、構わないでしょう?」
≪貴族街? ……分かりました。それに関しては口出し致しません。しかし『ステラハート』にはシリウスが……≫
「恐らく、彼女達はシリウスの存在を私に隠しています。敵対関係にある事はアイリス――ああ、先程申し上げたの私の知り合いです――彼女から知らされているでしょうし、存在が知れたら協力してもらえないと判断したのでしょう。私もシリウスを捕らえるために『ステラハート』の情報は欲しいですし、しばらくは騙されたふりをして情報収集しようかと」
≪……そういう事ですか。あなたは今、『ステラハート』に関して我々よりも詳しい情報を得られる立場にあります。やはり、何としても我々『エクソダス』について欲しいですね≫
「そのためには、まず先述の件の真相をご確認下さい。今回の回答次第で、どちら側につくか決定しましょう」
≪我々について頂けた際には……≫
「ええ、彼女達から得た情報をお教えしましょう」
≪分かりました。良い返事が得られることを期待します。……では、失礼します≫
ネビュラは通信を切った。リリィは通信機をしまうと溜息をつき、メモを手帳に挟んでポケットししまった。
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ネビュラは背の高い本棚が立ち並ぶ薄暗くも豪奢な部屋でリリィと通信していた。部屋に窓はなく、本棚には大小様々な本がぎっしりしまわれ、新書・古書入り混じった紙の匂いを部屋中に満たしている。
通信を終えたネビュラは席を立ち、優雅な装飾の施された大扉を開いて部屋を出た。
(ギャラク……シルト……。)
部屋を出ると絨毯の敷かれた廊下に出た。絵画やシャンデリア、壺等で装飾された廊下は非常に広く、ここが大きな屋敷である事を示唆すると同時に、ネビュラが極めて高い地位にいる事を思わせる。
(あなた方は一体、何を考えているのですか……?)
ネビュラは同じ建物内の二人がいる部屋へ向かって歩き出した。




