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13. 4月16日(その1):イルミナイト王都

目の前が暗い。

いや、目を開けているのかも分からない。感覚がない。

ただ闇が広がっている。

何も聞こえない。体も動かない。



ここは……何処? 私は……



……ああ、そうだ。私、誰かに襲われて……



……死んだの……?



……じゃあここは……天国? ……いえ、地獄?



……体の周りから、暖かさを感じる……。



(……るか……。……リス、聞……か……。)



……何か……聞こえる……?






「……う……ん……?」


アイリスが目を開けると、光が目の中に射し込んできた。先ほどまで無かった感覚が、今はある。生きている。


「おお、起きたか! ベテル、アイリスが目を覚ましたぞ!」

「……うん? ああ、目を覚ましましたか。ふぁ……。」


光に慣れたアイリスの目に映ったのは、白塗りの天井だった。体の感覚がまだ鈍いが、どうやらアイリスの体はベッドに横たわっているようだ。頭だけ動かして周囲を見渡すと、ベッドの右隣に軽装で赤黒い髪の少女が椅子に座っており、安堵した表情を見せてアイリスを見つめていた。

奥には薬品やら書類やらが積まれた机と椅子があり、椅子には長身で白衣を着た暗緑色の髪を持つ女性が眠そうに目を擦りながら腰かけている。左側にある窓からは日光が差し込んでいる。


「……? ここは……。」


アイリスは体を起こそうとした。


「痛っ……!」

「ああ、まだ動くなって! まだ傷治り切ってないんだから」


起き上がろうとした瞬間、体に激痛が走った。起き上がれず痛みに顔を歪ませると、少女が慌てたように声を掛けた。起き上がるのが無理だと判断し、アイリスは横になって楽な姿勢を取ると、少女の方に向き直った。

大分意識がはっきりしてきた。体の感覚も戻ってきたようだ。


「ここは何処? あなたが助けてくれたの?」


傷の深い腹部に手を当てながらアイリスは少女に質問した。何者かに襲われて体を切り裂かれ、死に瀕したはずだが、アイリスは確かにここにいる。誰かが助けてくれたのは間違いない。


「ああ、そうだ。早々に見つかって良かったよ、あと少し遅かったら本当ヤバかったぜ。アイリス、俺の事分かるか?」


目を光らせ、ワクワクした様子で少女は語りかけた。どうやらこの少女はアイリスの事を知っているようだが、当のアイリスはこの少女に面識がなかった。


「ええと……ごめんなさい、分からないわ。どこかで会ったかしら?」

「ああ、やっぱりそうか……。知ってたら面白そうだったのに」

「ふふ、残念でしたわね」


少女は少し残念そうに苦笑いし、白衣の女性が口元に手を当てて微笑んだ。すぐに少女は話を続けた。


「俺はアンタレス。『ステラハート』の一人だ。……分かるよな?」

「『ステラハート』……。アンタレス、あなたもリゲルの仲間?」

「そうだ。敵じゃないから安心してくれよな」

「分かったわ。それで、ここは何処なの?」

「ああ、まだ答えてなかったな。ここは……」

「私の診療所ですわ」


アンタレスが答える前に白衣の女性が答えた。


「アンタレス、アイリスも目覚めた事ですし、リゲル達を呼んできてくれるかしら?」

「それもそうだな……。じゃあアイリス、後はベテルに聞いてくれ。んじゃ、ちょっと呼んでくる」

「……ベテル?」


アンタレスは席を外して右奥のドアから部屋の外に出た。診療所内にリゲルもいるらしい。

看護服の女性はアイリスに近寄ると、アンタレスが座っていた椅子に腰かけ、話を続けた。


「私はベテルギウス。私も『ステラハート』ですわ。それで、ここは私が開いている診療所の病室、私達『ステラハート』はこの診療所を王都での活動拠点にしていますの」

「ベテルギウスさんですね。あなたも私を助けてくれたのですか?」

「ベテルで結構ですよ。私はただ、アンタレスに運び込まれたあなたの様子を見ていただけですわ。アンタレスが応急処置をしていたお蔭で、治療も最低限で済みましたし」

「応急処置……? あ……」


明らかに致命傷であったし、応急処置と最低限の治療だけで治るのだろうか? そんな事を考えていると、また新たに気になる事が出てきた。あれからどれだけの時間が経過しているのか?


「そう言えば、私が運び込まれてからどのくらいの時間が経っているんですか?」

「あなたが運び込まれたのが13日の夕方、今は16日の朝ですから、2日半経っていますわね」

「……2日半も目覚めなかったんですね、私……。」


もうアイリスが王都に来てから6日目である。もうそろそろクラッドが来てもおかしくない頃合いである。


「傷は深かったですし、出血もひどかったですから、2日半で目覚めたのなら良い方ですわ。数日は安静にしないといけませんが、早いうちに動けるようになると思いますよ」

「そうですか……分かりました」


姿を見せない事でクラッドに心配をかけるかもしれないが、今は傷を治さない事には動きようがない。

一息つくと、ちょうどアンタレスが戻ってきた。


「ベテル、呼んできたぜ」

「ええ、ありがとう」


アンタレスと一緒にリゲルともう一人誰かが入ってきた。リゲルはいつも通りの服装だが、もう一人の方は外套に身を包んでおり、フードも被っていて顔がよく見えない。


「お前はここにいろ。……アイリス、もう大丈夫なのか?」


リゲルがもう一人に指示しつつ、アイリスに質問した。もう一人は腕を組みながらドアの近くの壁に寄りかかった。明らかに不機嫌そうな動作である。


「ええ、何とか大丈夫よ。リゲル……その、ごめんなさい」

「……まあ言いたい事は山ほどあるが、治ってからでいい。今はとりあえずゆっくり休んで治療に専念しろ。ここならベテルもいるし安全だ」

「……分かったわ」


申し訳なさそうにアイリスは答えた。リゲルも内心怒っているのだが、今はアイリスに負担を掛けるべきではない。治療に専念してもらうため、怒るのは後回しである。


「……ふん」


壁に寄りかかっていた誰かが不機嫌そうに声を出し、少しアイリスに近付いた。今なら顔が見えそうだ。

アイリスはその誰かの顔を覗き込んだ。


「……! え……!?」


アイリスの表情が凍りついた。一気に血の気が引いて行くのを感じた。

フードの中に見えたのは蒼い髪、それとは対照的な紅い瞳。この人物はアイリスが気を失う前に最後に見た誰か。アイリスを襲い、致命傷を負わせた女性であった。女性は冷たい眼差しをアイリスに向けている。


「な、何でここに……痛っ!」

「ああ、だからまだ動くなって!」


思わず起き上がろうとしてしまい、また体に激痛が走った。アンタレスがすぐにアイリスを押さえ、ベッドに寝かせた。


「運が良かったわね、助かるなんて。……そのまま死んでしまえば良かったのに」

「……っ」


女性は冷たく、吐き捨てるように言い放った。まともに動けないアイリスはただ聞くだけしかできなかった。


「やめろ、シリウス。余計な事をするな」

「ふん……」

(シリウス……?)


リゲルに注意された女性――シリウスは身を翻し、ドアを開けて外に出ようとした。


「シリウス、どこに行きますの?」

「そいつが目覚めるまで待機、という話だったでしょう? もう好きにさせてもらうわ」

「だったらちゃんと作戦通りにして、これ以上問題起こすんじゃねーぞ? 分かってるだろうな?」

「決して余計な行動をするんじゃありませんわよ」

「ちっ……分かってるわよ」


アンタレスとベテルギウスに釘を刺されたシリウスは苛ついた表情を見せて舌打ちし、乱暴にドアを閉めて出て行った。


「……ったく、問題児が。やっぱ一回ぶん殴ったくらいじゃ反省しねーか」

「あいつが一度でも反省したことがあったか?」

「……リゲル、まさか彼女……シリウスも……?」


シリウスが出て行って落ち着いたアイリスは恐る恐るリゲルとアンタレスに聞いた。良い仲には見えなかったが、話している内容から察しはついた。シリウスも恐らく――


「ああ、シリウスも『ステラハート』……見ての通り、一番の問題児だ。あいつが厄介事を起こすせいで、今までどれほど苦労したことか」

「全く、本当ふざけんなって言いたいぜ。……いや、言ってんだけど聞かねえんだよな……。」

「やっぱり、そうなのね……。」


不安が的中したアイリスは憂鬱な表情を浮かべて呟いた。リゲルとアンタレスは二人とも苦い顔をして悪態をついている。アイリスは続けて聞いた。


「リゲル、あなたは確か以前に汚染者を殺しはしない、って言っていたけど……彼女は……。」

「……すまん、あいつだけは別だ。あいつだけは汚染者を容赦無く殺す。いくら言っても襲ってくる方が悪い、と言って()めようとしない。せめて一緒にいる時なら止められるんだが、常に一緒にいられる訳じゃないしな」

「あいつ、そのくせ人殺しが好きな訳じゃない、とか言うんだよな。どの口が言うんだか。……まあ関わらなければ無闇に手を出さない辺り、本当なんだろうけどな」

「じゃあ、あの時殺されてた人達は汚染者……? ……あ」

「どうした?」


当時の状況を振り返り、シリウスが言っていた事を思い出した。



――カノープスじゃなくて、まさかあんたの方が見つかるなんてね――



シリウスは当時、カノープスじゃなくてアイリスの方を見つけた、という旨の発言をしていた。発言から察するに、このカノープスという人物が今回アイリスが襲われた原因であろう。

アイリスはこれ以前にもカノープスの名を何度か聞いていた。この人物は一体何なのか?


「リゲル、突然だけど……カノープス、って誰だか知ってる?」

「ああ、知ってる。……お前がシリウスに嫌われている原因だろうな。カノープスは……」

「うっ……」


アイリスは急に眩暈を感じた。安静にしなければならないのに、少し喋り過ぎたようだ。


「大丈夫か? ……少し喋り過ぎたか。カノープスについてはまた今度話す。今はとりあえず休んでくれ。ベテル、後は任せたぞ」

「ええ、分かりましたわ」


リゲルはここにいたら喋り過ぎて治療の邪魔だと感じ、アンタレスと一緒にそそくさと出て行った。

出て行ったのを確認したベテルギウスは席を立って机の方へ移動し、薬品や書類を整理しながらアイリスに話しかけた。


「さ、あなたもお休みなさい。ちゃんと寝ないと治るものも治りませんわよ」

「……はい、分かりました。あの……」

「質問には答えませんわよ?」

「いえ、そうではなくて……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「お気になさらず。厄介事には慣れていますから」

「……すみません」


ベテルギウスはまとめた荷物を持ち、一旦病室から出て行った。

シリウスやカノープスの件で気になる事は多々あるし、クラッドにも心配をかけるが、今は一日でも早く治療するため、アイリスは素直に眠りについた。

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