箱の中の手紙
「『神話』第一部 」
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昔、とても貧しい村があった。
そこに幼い兄妹が、身を寄せあって暮らしていた。
ある日、兄妹はいつものように泉で水を汲んでいた。
すると、白い腕が泉から伸び、妹を水の中へと引き込んだ。
兄が助け出した時には、妹の息は止まっていた。
白い腕の主は、女の声で兄に言ったという。
“お前の内に棲まわせてくれるのならば、妹を助けよう”
兄は憎しみの言葉を吐いた。
しかし、妹を取り戻す為に女をその身に受け入れた。
すると兄、そして息を吹き返した妹も、気付けば不可思議な力を手に入れていた。
それを知った人々は、兄妹を神の子として崇めた。
二人は引き離され、兄は大地を、妹は海を護る役割を与えられた。
神の力と讃えられれば、兄は魔物の力だと言った。
羨望の眼差しを向けられれば、妹は悲しげな顔で海を見つめた。
やがて、兄妹の力を巡って小さな闘争がおこった。
その翌年、世界を大きな災害が襲った。
兄妹の働きにより世界は平和を取り戻したが、
代償として二人は大きな傷を受けた。
死の間際、兄妹は願った。
もう二度と離ればなれにならぬよう、一所に埋めてほしいと。
人々は、二人の体をそれぞれ大地の神殿と海の神殿に納め、魂が互いに行き来できるようにと、地下に通路を掘り、二つの神殿を繋いだ。
そして春になり、奇跡が起こった。
世界に生きる全ての者に、兄妹と同じ力が宿ったのである。
かの兄妹の力が大地に広がり、海から空に上がり、雨となって降り注いだのだろう。
人々は歓喜した。
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『シャルロット
僕は今、眠っている君を起こさないように物音に気を付けながら、ランプの灯りの下でペンを走らせている。
昨日からの雨はやんで、虫の声が聞こえてきたところだ。
君の目にこの手紙が触れているということは、僕はきっともう傍にはいないんだろう。
僕が去ったのははるか昔かもしれないし、最近かもしれない。
理由も告げず君のもとを去ったことを許してほしい。
嫌いになったとかそういうことでは決してない。
ただ、やるべきことができてしまったんだ。
神話の話をしてもいいかな。
君の好きな、創世神話の話。
いつだって、神話は暗にこう語っている。
《魔法は災いを打ち払う。人を救う善きものである。》って。
でも、魔の力は誰かを傷つけることもできる。使う者のさじ加減で、誰かを殺すことも、それよりなお悪いことだって可能だ。
世の中いいヤツばかりじゃない。
僕は性善説というのはハナから信じてない。
まあ、君と出会ってからは例外もあると思うようになったけれど。
こうして手紙に書くと、僕は相当君に影響されてるんだな。
戦場しか知らなかった僕にとって、君の真っ直ぐな言葉とか、笑顔とか、うまく言えないけど、とても救われた。
ありがとう。
話を戻そう。
神話だけど、続きがあるということは知っているね。
続きの話にも何種かあるけど、僕はこの話に興味をもった。
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兄妹が去った後、世界には五つの国が建国された。
それぞれの国が連合を立ち上げ、法と法に許された範囲での武力による魔術師の管理と、その上での国交が取り決められた。
北の国『カッカ』
ここに連合『ロウ=グレイル=ドル=カサンドル』を。
南の国『ヤトリア』
ここに連合『ロウ=グレイル=ドル=ヤトリステ』を。
東の国『ヘルバ』
ここに連合『 ロウ=グレイル=ドル=エルヴィーナ』を。
西の国『ダーガ』
ここに連合『ロウ=グレイル=ドル=ギルダン』を。
そして、中央の国『グリオール』。
ここに連合『ロウ=グレイル=ドル=グリオット』を置き、これを総本山として五つの国と五つの連合は完成した。
各国は治安を維持する為、また、他国の侵略を牽制する為に、《ロード》を作った。
ロードは法の下において剣となり盾となって秩序を形成した。
世界は平になった。
しかし、この世界に平和な時が続くことはない。
人々は忘却した。
世界が二つの犠牲の上に成立したということを。
再び彼と彼女が出逢い、互いに触れ合う時、人々は奇跡を見る。
神は帰還し、人の世は終わりを迎える。
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見かけは、ちょっと現実味を持たせたおとぎ話だ。
調べ始めた時は深く追求する気なんてまったくなかった。
でも、三年前の僕たちが出会ったあの日、僕はある任務に就いていたんだけど、その時にこの神話を紐解くきっかけを見つけたんだ。
経緯は省くけど、地下の書庫に一冊だけ真っ白な本があるからそれを開いてみてほしい。
あと、僕の研究ノート。
明言できるのは、いつか君が結婚して子どもが生まれても、その子をロードにしない方が賢明ということぐらいだ。
予想が正しければ、なにもしなければ神話の通りに人は滅びる。
恐らく近い将来に。
そうならないように、たとえ滅びをとめられないとしても、せめて期限を伸ばせるように、僕は僕にしかできないことをしに行こうと決めた。
昔から嫌でたまらなかった血統が役にたちそうだ。
この血のおかげで君や君の子どもの未来を守れると思うと、両親に感謝しなくも、なくもなくもない。
こうして君の寝顔を見てると苦しくなる。
ロードを選んだ日からずっと、いつ死んでも悔いがないようにしようと思って自由奔放に生きてきたのに、今は、平凡でいいから君と幸せになりたい。
もっと早くに出会ってもっと一緒の時間を過ごしたかった。
朝になって晴れていたら、どこかにでかけよう。
残り一週間、君を一生分大切にする。
君は僕の女神だった。
シャルロット。
心から、君の幸せを願っている。
アレス』