03
下の階に降りると、教室という教室がまるで台風が襲ったかのように吹き飛んでおり。火災が発生している。教室に居た生徒の生死は、不明だがうめき声が聞こえる。
火災を知らせるベルが、廊下中に響き渡り。スプリンクラーが火の粉を止めようと作動する。
「くっ、一体……何が……」
煙が立ち込めるなか、屋上にいた生徒は着々と避難する中で、長谷河はその足を止める。
「げほっげほっ、長谷河先輩! 早く逃げないと!」
「そうだぜ、さっさと逃げるぞ!」
二人の必死な声は、長谷河の耳に入ってこなかった。目の前のその惨劇に体が、思考が固まった。
長谷河の目の前には、椎名が爆風に巻き込まれ、血だらけで床に倒れ込んでいた。
「椎名! おい、椎名!」
揺さぶるが、椎名は全く反応が返ってこない。
まるで事切れた人形のようだ。
「おい、早く長谷河!」
「くっ……うおぉぉぉぁぁぁ!」
拳を教室に向かって、振るうとボォと暴風が吹き荒れ。火は、まるで何事もなかったように消えた。
火の粉が上がっていた教室からは、数々の生徒が傷だらけで倒れ、悲惨な状況が広がっていた。
●
それから、全員救助され椎名合わせての生徒は皆、病院に運び込まれた。教室にいた生徒も様々な怪我をしていたが、誰も奇跡的に死んでおらず。皆、治療中となっている。
椎名の病室には、長谷河含め湍水達が集まった。
「間違いないわ、あの爆発で死んでないって不思議すぎる。火薬量を死ぬか死なないかのギリギリの量でやっていたに違いないわ」
湍水は、眠っている椎名の手を握りしめる。
「なるほどな……姉さん……。分かったよ、力あるものの宿命ってやつが」
パイプ椅子から、長谷河は立ち上がり病室を出ようとするが。それを白鷺は止める。
「先輩、止めてくださいよ。貴方には、そういう感情は欠落しているはずだ」
「うん、そうだよー。でもね、ここは何となく止めたくなったの。仕方ないじゃん、先輩としては後輩の無茶な行動は止めたいものでしょ」
湍水もパイプ椅子から立ち上がり、長谷河に向き合う。
「辰馬、お前。何をする気だ?」
「復讐だ、犯罪者狩りは俺らの仕事なんだろ。俺は、身勝手な奴だ。でもな、姉さん。身内傷つけられて、黙っているほど甘ちゃんじゃないんだ!」
ぎゅっと湍水は、長谷河を抱き締める。
長谷河の顔を優しいものが、包み込む。
「お前の怒りは、最もだ。正直、私も怒りで我を忘れそうだ。でもな、辰馬。誰かの遂げられない思いを遂げるのが、我々の仕事であって。憎しみだけで動くのは、ただの犯罪者と変わらない」
分かってくれと湍水は、長谷河の頭を優しく撫でる。その手は、震えていて怒りを止めるのに精一杯なんだと長谷河は感じた。
「くそっ……。犯罪者は、野放しにしてはいけない。でも、嘘でも……正義を語る俺達が復讐で動いちゃいけないよな」
ぎゅと長谷河は、抱きしめ返す。その体は、震えており声を漏らさないように歯を食い縛っている。
涙は、包まれて見えないが。
間違いなく彼は、自分の無力さとなりふり構わず行動できない自分に腹立たしさを感じて、泣いていた。 それを姉である二人は、優しく。まるで本当の家族のように両側から包み込み、抱きしめて悔しさをまぎわらすように抱きしめあった。
●
それを窓先から監視するものがいた。
「あ~、あ。長谷河先輩泣いちゃってる。私が行って慰めてあげたい」
「ははっ、意識されてない姫じゃ無理だろ」
ギロリと姫野は、秀紀に睨みを利かす。
「それにしても、あの爆破を仕掛けたのは、一体誰なんだろ。犯罪者は、迷惑ね。私の仕事が増えるじゃない。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてしまえばいい」
「それを捜査するのが、俺達。警察≪・・≫の役目だろ?」
秀紀は、警察の制服の上着に手を通す。
「そうね、でも私達は推理するより実働派の方でしょ。上の頭のいい奴等に任せましょ」
「それで、姫。上の命令で、潜入している俺達の星。つまり、クリミナルのメンバーは上に報告しなくていいんでででっ!」
秀紀の耳をぎゅっと姫野は、引っ張る。
「そんなことしたら、長谷河先輩捕まっちゃうでしょ! 長谷河、先輩に嫌われたくないし。離れたくないもん! それに……」
「それに?」
秀紀が、聞き返すと姫野は嫌な青空に向かって小さく呟く。
「今の時代には、残念ながらあんな無法者≪アウトロー≫な人達も必要よ。特にこの市にはね」
その小さな呟きは、風とともにどこかえ静かに流れていった。
●
長谷河は、それから毎日病院に通った。
数日後に、椎名は目覚め。一般の病棟に移された。
「あ、あのお兄ちゃん。心配かけてごめんね」
「いや、大丈夫だ。それより早く良くなってくれよ。みんな、心配してるからな」
頭を乱暴になで回し、笑顔で長谷河は言う。
「うぅ~、やめてよお兄ちゃん~」
照れくさそうに頬を赤らめながら、椎名は答える。
コンコンとドアをノックする音がする。
「理世≪りせ≫ちゃん、大丈夫? って、先輩?」
ノックの主は、花束を抱えた姫野だった。
「よ、よう。お前も見舞いか?」
二人が同じ場所に住んでいるのは、組織がバレないように秘密のため、長谷河は上手い言い訳を考えようとする。
「ごめんね、理世ちゃん。私、自分のことで助けてあげられなくて……勇気なくてごめんね」
涙目で、そう姫野は言うと椎名は、よしよしと頭を撫でる。
「大丈夫だよ、誰だって自分の命優先しちゃうよ。だから、気にしないで。むしろ、有鈴ちゃんは自分を守るために正しいことしたんだから。だから、泣かないで」
にこりと笑顔を姫野に向ける。
「理世ちゃん~」
泣きながら、椎名に抱きつく。
その姿を見ていた長谷河は、友情っていいものだなと胸の奥で感じた。
「そ、それで先輩。何で、理世ちゃんの病室に?」
「えっ! あ、あぁ。そのなんというか」
いきなり話題を振られた長谷河は、シドロモドロになって返答に困ってしまう。
そこで、椎名が助け船を出す。
「長谷河先輩は、昔から知り合いなんだよ。小さな頃から、面倒見てもらってたんだ」
「そうなの!? 羨ましいな、理世ちゃん。こんな格好いい先輩と知り合いだったなんて」
「おいおい、今は姫野ともちゃんとした知り合いだし。友人だろ? あと、格好いいは言い過ぎだ……。少し照れる」
目を背け、少しばかり頬を赤らめた長谷河を見た二人は、お互いを見合せコクンと頷く。
「友鈴ちゃん、私。初めて萌えが分かったかも」
「私もだよ、萌えって本当にあるんだね」
二人から輝かしい目で、見られた長谷河は更に視線をそらす。
「お、俺。そろそろ帰るわ。じゃあ、あとは友人同士楽しんでくれ」
二人が何かを言うのも無視して、病室から出ていった。
病室を抜け出し、病院から出ると太陽の日射が長谷河を照らす。
シャツをバホッと引っ張り、体に風を送る。
行く宛もないが、適当に歩こうとした時。
見知らぬ人物から声を掛けられる。
「長谷河辰馬君?」
「えっ? あっ、はい」
「これ、渡してくれって頼まれたんだけど」
「これって、スマホ?」
スマホを手渡しされ、声を掛ける間もなく直ぐにその人は、どこかに行ってしまった。
「いや、これって。まさかな」
その時、そのスマホに着信が入る。
恐る恐るその着信に出ると、機械で声を変えているのか独特な声が聞こえてくる。
「えっと、どちら様ですか?」
「どうも、長谷河君。前回の爆発は楽しんでくれた?」
ハハッと笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。
「てめえが、あんな馬鹿なことしやがったのか?」
「そうだよ、楽しかったでしょ?」
「ふざけんな! みんな、死にかけたんだぞ!」
「それがいいんじゃないか、みんな平和に退屈している。だから、退屈させないようにパフォーマンスだよ」
ギリッと長谷河は、奥歯を噛み締める。
「てめぇ………!」
「僕は、湯川公園にいるから。会いに来てよ」
ブツっと電話が切れて、そのスマホを静かにしまうと怒りに満ちた表情で、長谷河は公園へと向かった。