01
目蓋の隙間から、明かりを感じ。長谷河は目を覚ます。
目の前には、見慣れた景色が広がり、ここが自分の部屋だということを理解する。
「帰ってきたんだ……ぐっ!」
体のあちこちから痛みを感じ、ベッドに体を再度預ける。体を見ると、あちこちに包帯が巻かれ治療された後だと分かる。
「お目覚め、辰馬」
ノックもせずにドアを開けた彼女は、白のYシャツに黒のズボンを履いた黒髪の女性だった。
「姉さん……」
彼女は、ツカツカと歩いてくると一発軽く頭を殴る。
「聞いたわよ、仕事。できなかったって。何で任された仕事もできないの?」
「湍水さん、俺」
ぽこっと軽く頭をまた殴られる。
「私のことは、お姉さん。もしくは、姐さんと呼びなさい」
軽くとはいえ、頭にも少しばかり傷を負っているためその傷に微かに響く。
「それで、辰馬。何で、仕事しなかったの?」
「俺には……人を殺すことなんかできませんよ」
その言葉に湍水は、溜め息をつく。
「力を持つものの宿命よ、悪は決して栄えてはならない。それを処断するのが力持つものの義務よ」
「でも社会からは、俺達の方が悪人じゃないですか。何で人助けして、嫌われなきゃならないんですか。そんなのおかしいですよ」
「そうね……。でも正義が本当に正義として認められる訳じゃない」
コンコンとノックをする音が、湍水の後ろから聞こえる。ノックの主は、白鷺だった。
「そろそろ支度しないと学校に遅れちゃうよ?」
「そうね、辰馬。ほら、準備して」
「えっ、俺今日休んじゃ駄目なんですか?」
「当たり前、学生なんだから。ほら支度して!」
「でも、俺怪我人……」
その言葉をいい終えた瞬間、白鷺の後ろから小さな視線を感じる。
「お兄ちゃん、今日学校行かないの?」
「し、椎名。いや、行くよ。だからそんなに目を潤ませないでくれ」
椎名は、亜麻色の髪をベリーショートの短さにした少女だ。だが、高校三年生になる長谷河と一個しか変わらないの対して見た目は小学生に見える。
「ほら、椎名も待ってるんだから。しっかり学生やってきなさい」
背中をスパンと叩かれ、ズキズキと痛む背中を長谷河は撫でる。
そして、溜め息を一つつくと了承し、みんなを部屋から追い出して着替えを始める。
「つぅ! やっぱり、傷が全然癒えてないってのに……」
渋々と制服の上着に手を差し入れた。
「お兄ちゃん、傷まだ痛みますか?」
「そりゃ、まぁ……。いや、もう治った! だから、そんな泣きそうな顔をするな! 容姿が容姿だけに洒落にならない」
彼女のことを高校生だと分かっていれば、痴話喧嘩の果てに彼女を泣かす彼氏に見えるかもしれないが。容姿が、あまりにも若く見えすぎてしまうために小学生を泣かす高校生の図にしか、他人には見えていない。
「お兄ちゃん、それで今回も仕事の方はこなせなかったって」
「あぁ……俺は、他の家族みたいに殺しなんかできねぇよ。やるぐらいならやられた方が増しだ」
とある壁の張り紙を見ながら、そう答える。
張り紙には、犯罪に注意の文字が書かれている。
「クリミナル……犯罪者、俺達はこの呪われた力で犯罪者狩りなんかしてるけど。いわば、犯罪者狩りをしてる俺達も犯罪者だ。司法の力で処罰してないんだからな」
「お兄ちゃん……」
その時、女性の悲鳴が道にこだまする。
「誰か、捕まえて! ひったくりよ!」
バイクに乗ったニット帽にマスクを被った男が道を滑走する。
「椎名、俺にはこんなことしかできない」
向かってくるバイクの目の前に立ちはだかるように前に出ていく。
「どけー!」
更にスピードを上げるバイクに長谷河は、体を捻らせ回し蹴りを繰り出す。
蹴りは、男の顔にヒットし地面へと吹き飛んでいく。乗っていたバイクが、どこかに行かないようにすかさず左手でハンドルを捕まえ、力で強引に止める。
「うぅ……」
「あっ、ありがとうございます!」
「いや、大丈夫ですよ。警察には、貴方から掛けておいてください。俺は、学校があるんで」
そこからツカツカと離れ、椎名の元へと戻る。
「こんな感じなら、いいんだけどさ。俺には、それ以上できないよ」
「お兄ちゃん、ならこういう少し懲らしめるお仕事をお姉ちゃんにお願いしたら」
「下から二番目の序列の俺が、姉さんに願えないよ。姉さんには、姉さんの考えがあるだろうし」
椎名は、前に走って。長谷河の目をしっかりと見て言う。
「私達は、組織なだけのつながりかもしれないけど。でも私達は、家族です! 血は、繋がってはいないかもしれないけど。同じ家に住む家族なんですよ」
真剣な表情で、椎名が言った言葉に長谷河は困った表情をする。
「分かってるよ、大丈夫だ。俺とお前は、血は繋がってはいないけど。お前は、俺の妹だもんな」
「本当に分かってますか?」
徐々に詰め寄って、背伸びをして顔を近づけてくる椎名に緊張し、視線を横にずらす。
「分かってるよ、帰ったら姉さんに提案するから。許してくれって」
「なら、よろしいです。ほらお兄ちゃん、早く行きましょ!」
ニコリと笑顔を浮かべ、元気よく先に駆け出していく。
「おいおい、置いてかないでくれよ」
それを追いかけて、長谷河も駆けていく。その姿は、普通の青春真っ只中の少年と少女そのものだ。
学校の騒がしい空気の中、長谷河は机に突っ伏して死んだように眠っていた。
その眠っている長谷河に怪しく忍び寄る影が、一つ。怪しい影は、彼の背中に強烈な一撃を放つ。
「よっ! 寝てないで、昼飯でも買いに行こうぜ」
怪訝そうに、長谷河は目を覚まし。目覚めさせた主を睨む。
「おっと、そんな恐い顔をするなって。せっかく、昼飯でも何か奢ってやろうと思ったのに」
「お前に奢ってもらわなくても俺の今の財布は、温かいての、秀紀」
ニカッと秀紀は、笑う。
秀紀は、女のようなきめ細かい肌をしており、いわゆるイケメンというような容姿をしている。髪は、染めたわけでもないのに若干、茶色がかっている。
「とりあえず、飯だ! 飯を食おうぜ!」
「分かったよ、分かったから犬みたいに騒ぐな。頭に響いてくる」
長谷河は、秀紀とともに廊下へと出て購買に向かう。廊下では、様々なクラスの生徒が愚痴などで盛り上がっている。
「あ~、そういえば忘れてたけど。あの山の上にある豪邸で事件があったらしいぞ」
ピクッと一瞬、長谷河の表情が固くなる。長谷河は、悟られないように表情をまた柔らかくする。
「そ、そうなのか?」
「ああ、どうやら全員皆殺しだったらしいぜ。クリミナルの仕業らしい」
「へっ、へぇ~。クリミナルって?」
「おいおい、知らねぇのかよ。昔のドラマでやってた影で、悪者を成敗するやつあったじゃん。あれを現代で実際にやってる集団だぜ、格好いいよな!」
ははっと冷たく長谷河は、笑う。まさか、そのクリミナルの一員だとは言えるわけがなかった。
ドンッと女子生徒が、秀紀にぶつかってくる。
「あっ、すいません! って、なんだ秀紀さんですか」
「げっ、姫!」
その言葉をいい終える前に、秀紀の顔が苦痛に歪む。長谷河からは、何が行われたか分からないように女子は秀紀の足を力強く踏みつけていた。
「姫野? どうしたんだ、秀紀なんかにぶつかって。もしかして、俺邪魔だったか?」
「いえいえ、長谷河先輩とお昼ご飯食べたくて。今、教室に向かってたんです」
ニコリと彼女が、笑顔を向けると周りに見えないキラキラな粒子を流しているように見える。
人とは思えないほどに、完璧な容姿をしており。長い黒髪を一本に束ねている?
「でも、秀紀さんと一緒だったなんて。お邪魔でしたか?」
秀紀さんと言った瞬間に、姫野はコンマ数秒の速さで秀紀を睨み付け、気づかれないように表情を戻す。
「いや、邪魔じゃないけど。俺の方が邪魔じゃないか? お前ら、仲良いしその……な?」
「そんなことないですって! ね、食べましょうよ」
「そ、そうだぜ。折角可愛い後輩が、お前に言い寄ってきてるんだ!この手をモノにしろ!」
全てをいい終えるとそれじゃあ俺はと、逃げようとする秀紀の手を長谷河は掴む。
「いや、お前が居なくならなくていいだろ」
「お、お前。俺の話を聞いて」
「それに二人っきりで食べて、姫野との間に噂が流れたら姫野も迷惑だろうし」
「め、迷惑なわけぷっ!」
姫野の鋭い手刀が、首に打ち込まれ。秀紀は、気絶する。
「秀紀さんは、そのまま連れていきましょう。ほら、先輩。行きましょ」
「あっ、ああ」
秀紀を廊下で、引きずりながら二人は廊下を歩いていく。その様子を知る人間からは、姫野からドス黒いものがわき出ていて、みんなが道を開ける姿は魔王に平伏する村人のようだったと語られる。
だが、そのことに隣を歩いていた長谷河はまったく気づいていなかった。