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ふいにおとずれる


城から少し離れた森に着くと、狩猟会が始まった。狩りに参加しないわたしたちは、男性陣の帰りを待つ。白雪が一人で散歩に行くというので、わたしは座り込んだまま何をすることもなく空を眺めることにした。


 どのくらい経った頃だったろうか。ふいに横から聞き覚えのある声に呼ばれる。アルノーだった。

「なにをぼーっとしてるんだ?」

「別に。空が青いわ、と思っていただけよ。アルノーこそ、狩猟官なのにここにいていいの?」

「少しくらいならいいだろ」

 アルノーは目を細めていたずらっ子のように笑う。鏡の少年を思い出すような笑顔だった。彼は木にもたれて座るわたしの横に静かに腰掛けた。


「部屋に引きこもってるって聞いたけど」

 唐突な台詞に、わたしは思わず苦笑してしまう。やっぱり噂のことを知っていたのだ。そんなわたしにアルノーは慈愛深い瞳を向ける。

「あんな噂を信じちゃいなかったが、引きこもりだけは心配してたんだ。お前、落ち込むとひとりで抱えるタイプだから。でも、ぱっと見た感じはそこそこ元気そうじゃないか」


 今のわたしは、つい先日までよりだいぶマシだ。むしろここまでになったからこそ今日アルノーと出会えたとも言える。カガミがいなければ外に出ようとも思わなかっただろうし、彼のおかげで見た目も改善したのだから。

 あらゆる意味でカガミに感謝した。きっとあの頃のわたしを見たら、優しいアルノーはひどく心配するだろうし。


「大丈夫よ、アルノー。ありがとう」

 微笑んでお礼を言うと、アルノーは「ばか」と呟いてわたしの頭をぽんぽんと撫でた。

「見た目は大丈夫そうでも顔は全然大丈夫そうじゃないな。何かあるなら吐き出せ。どうせお前のことだから、ぐだぐだと一人で悩んで自己解決してるんだろう」


 昔馴染みはこれだから厄介だ。わたしの性格も知り尽くしている。

 アルノーははあ、とやや大げさにため息をついた。

「結婚前は会話もできない状態だったとか言っていたが、結婚してから、まともに話したか?どこかに出かけたことは?」

「……」

「いや、言わなくてもわかる。お前たちは本当に不器用だな。言いたいことがあるなら声に出せ。自分で思ってるだけじゃ相手には伝わらないんだぞ?」


 アルノーの言葉はわたしのぐさぐさとえぐった。重々承知なのだ。傷つくのを恐れて、わたしは自分の思いも不満も意見も何一つザルツに伝えてはいない。ここ最近は少しだけ彼と会話もできるようになったけれど、それでもきちんと話をしているという状態には程遠かった。


 もうこれ以上ないほど嫌われている。これ以上傷つくことなどない。はずなのに。

 それでもわたしは、彼のあの冷たい瞳や低い声に触れるたび、身をすくませることしかできない。本当は昔のようになりたい。

 昔からザルツのことが好きで、ただ一緒にいたかっただけだった。それが叶ってうれしいはずなのに。

 彼はもう昔の彼じゃない。彼が愛したお姫様。愛する血を分けた娘。背負う国。いろんなものがザルツを作っている。そしてその中にわたしがいないのだと思うと、わたしはただひたすらに悲しくなるのだ。


 何も言えないわたしにアルノーは、「何かあったらいつでも言えよ」と優しく声をかけて立ち上がった。きっと仕事に戻るのだろう。


***


 ひとりになったわたしは森の中を散歩し始めた。白雪を迎えに行こう、と心の片隅で思ったのは真実だったが、たぶん本音はあのままあそこにひとりで座っていたくなかったのだ。


 道を踏みしめると、ぱきり、ぱきり、と小枝が折れる。いつものような華奢な靴ではなくて、乗馬ブーツを履いているから、枝を踏んでいる感覚はなかった。


 ただ、ぼんやりと歩いていた。

 その時。


「きゃっ、あ!?」


 ふいに目の前に何かが飛び出してきた。よくよく見ればそれは小さな黒い野うさぎだったのだが、ぼんやりしていたわたしには大きな衝撃だった。

 驚いた拍子に道を踏み外す。運悪く、そこは横が小さな崖のようになっている場所だった。高さはそれほどでもないが、うまいこと足がはまりこんでしまい、わたしはそこに転落した。


「……」

 じくじくと痛む感覚に膝を見ると、洋服が破れて膝をすりむいていた。我ながらなんて情けない。いい年して転んだ挙句怪我をするだなんて。痛みと合わさって泣きそうだ。


 何はともあれ起き上がらないと。ああ、この恰好を見られるなんて恥だ……と思っていると、目の前に大きな手が差し出された。


 上を見ると、そこにいたのはザルツだった。


「え!?あ、ザ、ザルツ!」

「何をしている」

 呆れたような、ばかにするような低い声。わたしはますます泣きたくなって、彼の目を見ないように手を取った。力をこめなくても、すごい力で引っ張り上げられて、まるで子供のようにわたしは元の道へと降り立つことができた。


「ありがとう……ございます」

「獲物を追っていたら、大きな獲物が足を踏み外して崖に落ちるところに出くわした」

 わたしが落ちるところを見ていたらしい。珍しく冗談めかすような口調で彼が言う。

「ぼーっと歩いていたら、飛び出してきたうさぎにびっくりしてしまって……」

 言い訳してみると、ザルツがふん、と小さく鼻で笑う。本当に情けなくて彼に顔を向けられないわたしに、ザルツは小さく「大丈夫か」と聞いた。

「え」

「大丈夫か」

 ようやくザルツを見る。不機嫌そうな顔をしているわけではなさそうだった。もちろん笑顔でもないけれど。膝の怪我のことか、と思い当たって慌てて「平気です」と答える。


 しかしザルツは「その足で帰りは大丈夫なのか」とそっけなく返す。

 その言葉に、なぜかカガミの表情を思い出した。……なぜかしら。


***


 帰路。

「まあかあさまお怪我しているわ!それは乗馬は大変だと思うのねえとうさま大変よね!」

 嬉しそうに大声で提案した白雪には誰も逆らえず、わたしはザルツの馬に一緒に乗せてもらうことになった。


 ようやくカガミの台詞を思い出す。王サマの馬の後ろに乗せてもらうくらいはしてきてよね。部屋の鏡で報告を待ちわびる少年にはなんて言ったらいいのかしら、とザルツの腰におそるおそるつかまりながら、考える。もちろんわたしたちの間に会話はなく、ただ静かに、ひたすら長い帰り道だった。


そろそろお話が動きます。

毎回うじうじとすみません。ひたすら悩む王妃様に、いい加減腹立たしい方も多いのでは。笑

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