狩猟会への参加
次回は遠乗りに挑戦しよう、というカガミの台詞にわたしが素直に「わかったわ」と答えたので、彼はいたく驚いたような顔をした。
「え、ナニナニ、どうしたの王妃サマ。いつになく乗り気じゃない」
「確かに今は引きこもってるけれど、馬に乗るのは嫌いじゃないの。昔から頻繁に弟と一緒に出掛けたわ」
風を切って馬で走る爽快感を思い出すと、それだけでわくわくする。結婚してからというものこの城から出ることはほぼなかった。きっといい気分転換になるはずだ。
「ふーん。まあいいけどさ、ちょっと調子狂っちゃうなあ」
カガミがつまらなさそうに呟く。こいつは結局わたしを改善させたいのか、それともわたしにスパルタするのが好きなだけなのか、どちらなんだろう。じろりと彼をにらむと、カガミはいつものようないたずらっ子の笑みを浮かべて言った。
「ま、そう簡単にはいかないと思うけどね」
***
「だめだ」
晩餐の時間におそるおそる遠乗りの話を出してみると、ザルツは当然のような不機嫌さで一言告げた。
「……少しくらい、いいでしょう」
反抗してみるが、彼はわたしを冷たい瞳で一瞥するだけだった。この前少しだけ関係が良くなったと思ったけれど、勘違いだったらしい。これ以上言葉を継ぐこともできず、わたしは下を向いてスープを一口すくった。
無言。重苦しい空気を変えようとしたのか、わたしを哀れに思ったのか、口を開いたのは白雪だった。
「遠乗り、あたしも行きたいわとうさま。最近たくさん練習したから、上達したのよ。ねえ、ぜひ一緒に行って教えてほしいわ」
「白雪」
遮るようにザルツが白雪を呼ぶが、彼女はにっこり笑った。
「家族でピクニックみたいで素敵じゃない。ねえ、とうさま。かあさまの体調もよろしいみたいだし、絶対素晴らしいと思うの」
決して彼女が言うような光景は思い描けなかったが、味方がいるというのはうれしいものだ。白雪を見ると、彼女は小さくウインクをしてみせた。
熱心な白雪の説得のおかげなのか、晩餐が終わるころ、ザルツは諦めたように小さく告げた。
「次の休日、狩猟会が行われる予定だ。それに同行することを認める」
言い終わると、ザルツは踵を返し部屋を出て行ってしまう。彼をまた怒らせたのは確実だったが、それでもザルツが参加する狩猟会への同行を認められたことは、少なくともわたしという王妃の存在を一応は認めてくれていることのようでうれしかった。多くの貴族も参加する狩猟会にわたしを同行させるということは、わたし自身を愛することはなくとも、少なくとも王妃という存在であることは許してくれているからだ。それだけでも救いだった。一時はいつ離縁されてもおかしくないと思っていたのだから。
「よかったわねかあさま。あたし楽しみ。さっそく乗馬服を新調しなくっちゃ」
無邪気に笑う白雪を見て、わたしもようやくこわばっていた頬をゆるめることができた。
***
そうして待ちに待った狩猟会の日。
「さあ王妃サマ!今日は王サマとの仲を深めるチャンスだよ。がんばってね!」
わたしの服や化粧に相変わらずいちいち指示を出しながら、にっこりわらったカガミが応援してくれる。その笑みに無邪気な白雪を重ねて、わたしは苦笑した。
「どうやってがんばったらいいのかわからないけど、とりあえず行ってくるわ。あんたはおとなしくしててちょうだいね」
冗談交じりに言うと、カガミは不服だと言わんばかりに眉をぴくりと釣り上げた。
「ボクを誰だと思ってるの。ちゃんと留守番くらいできるよ。それより、報告を楽しみに待ってるんだから。王サマの馬の後ろに乗せてもらうくらいはしてきてよね?」
「鋭意努力はするわ」
絶対に無理だわ、と思いながらも、久しぶりの城外を楽しみに部屋を出る。
外庭につくと、ザルツ以外はそろっていた。
「おはようかあさま!見てみて、新しいお洋服よ!どうかしら」
「おはよう。とても素敵だと思うわ」
早朝だというのに元気な娘だ。子供らしく明るい色の乗馬服に身を包んだ白雪だが、いつもよりずっと大人びて見える。
後ろで結った黒髪が朝の陽ざしに反射して輝いていた。この子の美しさは本当に見る者を魅了する。多くの貴族たちが白雪に見とれているのがわかって、わたしはそっと彼女を自分で隠した。
そうして少しの間白雪と話していると、突然男性の声に名を呼ばれた。
白雪目当ての貴族か、それとも哀れな王妃を蔑むか、取り込もうとしてくる者か、と警戒しながら振り向くと、そこにいた懐かしい顔にわたしは二の句が継げなかった。
「久しぶりだな」
栗色の髪と、柔和な顔。にっこりとあの頃から変わらぬ優しい笑顔でそこにいたのは、わたしと、そしてザルツの幼馴染の青年、アルノーだった。