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デタント

※王妃の年齢を修正しました。23歳→25歳。よくよく考えたら設定につじつまが合わず……本当に申し訳ありません。

ザルツが着々と嫌われているようですので、ここらで少し。


 その日から、カガミのスパルタ計画は一切の甘さを見せることなく続けられた。まずは1週間、中庭の散歩。その次の週はそれより広い外庭を歩かされた。こういう時に限って雨が降ることもなく、公務などの合間にただひたすらに一人で歩くのが日課となった。


 2週間が過ぎた翌日の朝、いつも通りわたしの身支度をしてくれていた侍女が、おそるおそるといった感じで「王妃さま」と声をかけてきた。彼女の方からわたしに話しかけてきたのは初めてかもしれない。結婚当初のザルツとのやりとりのせいで、侍女たちにも心を閉ざしてきたから。


「なにかしら」

 化粧を施されているので、前を向いたまま返事をする。ああ、声音だけで不機嫌だと思われませんように、と祈るが、杞憂だったようだ。侍女は小さく、優しい声で答えた。

「恐れながら。王妃さま、最近とてもお化粧のノリが良くなったように思われます。薄化粧でも、ほら、クマもほとんど見えませんし、今もそんなに頬紅はつけておりませんのに、赤みが綺麗に見えますわ」


 手鏡を渡され覗き込んでみると、もちろんそこには少年の姿はなく、代わりに数週間まえよりだいぶ健康的な女の姿があった。結婚前に戻ったとまではいいがたいが、確かに肌の質や髪艶が改善されてきたように思う。


 しっかり日中に運動すると、嫌でも夜眠くなる。これまでは王妃としての役目を果たせていない自分を責めてしまう夜が怖くて睡眠もまともにとれていなかったが、最近は早い時間に床につくことが多い。同時に、体力をつけようと体が無意識に栄養を欲しているらしく、食事もきちんととるようになった。なぜか最近はザルツと白雪との晩餐が多く、無言が多いその時間はあまり好きではないのだけれど、それでも二人の手前あまり食事を残すわけにもいかないというのも理由のひとつだった。


 たぶんわたしの不健康さの改善はそういったところが要因だろう。それに、認めるのは悔しいけれど、確かにあの少年の言うとおり、陽の光を浴びてただ散歩をするだけでもストレスが発散されるような気がして、だんだん心が軽くなってきている。


 現在は壁の鏡の中で大人しくしている少年を思い出し、少し微笑む。そんなわたしに侍女が尋ねる。

「何かいいことでもおありですの?」

「……そうね」

 この前白雪に聞かれたときにはしなかった返事ができるくらいには、いいことだったのだろう。


***


 心が軽くなると、以前は苦痛で仕方なかった国王との公務でさえそこまでの拒否感がないのが不思議だ。

 今日は国王夫妻として国外からの使者に謁見しなくてはならない。この前まではザルツといるとその冷たい視線や無言の時間が耐えられず、心臓がばくばくしていたのだけれど、今日はそんなこともなかった。わたしの精神は割と現金だ。


 そんなわたしの様子にザルツも気づいたらしい。何かを言いたげな表情でこちらを見ている。


「なにかしら、ザルツ」

 今までのわたしだったら、きっと彼に問いかけることはしなかった。びくびくと不機嫌な彼を後ろから見ているだけ。けれどなぜかこのときわたしの口からはそんな言葉は滑り出していた。

 ぶしつけな王妃の言葉に気分を害した様子はなさそうだった。ひとまずほっとする。

 

「体調が、いいようだな」

 どことなく気遣わしげに聞こえたのはわたしの願望だろうか。無表情には違いないけれど、いつものように眉間にしわを刻むこともなく、ザルツはわたしに問いかけた。

「……え、っと、はい」

「城の周りを歩いていると聞いた」

「はい。はじめのうちは中庭を散歩して、慣れたのでもう少し長い時間、と思って……」

「そうか」

 たどたどしくも言葉を返すと、意外なことに会話が続く。こんなに普通の会話をしたのは結婚以来――いや、もしかしたら10数年ぶりではないかしら。

 驚きながらもザルツを見つめると、彼は視線をそらしながら小さく言った。


「無理は……するな」

「ええ……ありがとう、ございます」


 その後はいつも通りわたしたちの間に会話はなかった。それでもいつもよりずっと彼の雰囲気は怖くなくて、わたしはうれしくなった。


 わたし自身のことも、ザルツとの関係も、本当に改善されているのだとしたら、鏡の精がなにか魔法でも使ったに違いないわ。まさかあの小生意気で口うるさい少年にそんな力があるはずがないとわかりつつも、軽い心を喜びながらそんなことを考えるのだった。


苦手!と思っていると相手に伝わってますます険悪になるものですよね

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