楽しい晩餐
翌日もまた、カガミの指令で少しだけ華やかなドレスを身に着け、きちんした化粧と髪型を施された。ここまでは昨日と一緒。しかし彼は結構鬼畜だった。
「じゃあ王妃サマ、今日は散歩に出てみよう」
「え!?」
散歩。彼は簡単に言うけれど、わたしはこれでも約3か月部屋に閉じこもっていたのだ。彼が思うほど容易なことではない。そう訴えたけれど、カガミは厳しい目をわたしに向けた。
「だめ」
にべもない。
「せめてもう少し涼しい時間帯になってからとか……こんな明るい中、歩けないわ。倒れちゃうわよ」
「あのねえ王妃サマ、あんた人間だよ?ユーレイとか吸血鬼じゃないんだよ?たった数分中庭散歩するくらいじゃ倒れたりしやしない。お日様を浴びないとどんどん気分も落ち込むばかりなんだって。ほら、さっさと支度する!」
ぱんぱん、とせかすようにカガミがリズムよく手拍子を打つ。わたしは追われるように部屋を出て、まぶしいくらいの日差しのなか、そこそこの公園くらいの広さがある中庭をぐるりと1週したのだった。
***
「うう……」
「情けないなあ、それでも本当に20代の女性なの?」
部屋に戻るなりぐったりとソファに倒れこんだわたしに、カガミは呆れたような声を出した。わたしは淑女にはあるまじき姿だと思いつつ、ぐでっとしたまま情けない声で彼を非難した。
「そうは言うけどね、かれこれ3か月まともに身体を動かしてないのよ」
自分でも本当にどうかと思うけれど、ここ最近で部屋の外に出るのは公務の時など、本当に必要な時だけだった。食事も量はそんなにとっていないし、睡眠もクマを見てわかる通り十分とは言い難い。そんな中で10分近く散歩をしてきたのだから、わたしはもっと褒められてもいいと思う。
しかしカガミはわたしを褒める気などさらさらないようだった。ふう、とわがままな生徒を相手にする教師のような気難しい顔をつくってこれ見よがしにため息をつく。
「いい、王妃サマ?今後は天気がいい日は毎日散歩だよ。最初のうちは中庭、慣れてきたらお城の外庭、都合のいい日は遠出もするんだよ」
「あんたはわたしのコーチかなにかなの……」
やってくる絶望的な毎日にうめいてしまう。カガミは「もっとしゃんとする!」とわたしを叱った。この城で腫物扱いを受けているわたしには、それすらなんだか心地よくて、腹が立つことに彼の言うことに従ってしまうのだろうという気がした。
***
これもカガミの改善計画の一環なのだろうか。鬼コーチカガミの指示によって、わたしはこの日の夕食をザルツと白雪とともに晩餐室でとることになった。
いつもは忙しいザルツは執務室で簡単に食事をとっているし、白雪も部屋で食べている。まれにザルツの都合がいい時はふたりで晩餐をとることもあったようだけれど、わたしはそれに参加したことはなく、いつでも部屋でひとりきりで食べていた。
この日は、ザルツの仕事が早めに終わったらしい。侍女が告げた、いつも通りの形だけの晩餐の誘い。わたしは断わろうとしたが、鏡の方からなにやら冷たい視線と小声で何やら指示がとんできて、結局了承する羽目になってしまった。
侍女のあの驚いたような顔。きっと受けないものだと思っていたのだろう、慌てたように準備に走って行ってしまった。
そして今、目の前には豪勢なディナーが並び、その向こう側に無言のザルツ、左手に嬉しそうな白雪がいる。
「かあさま、晩餐にいらっしゃるなんて、珍しいわね!というより、初めてよね!あたし嬉しい!」
たいそうなはしゃぎっぷりの白雪はとてもかわいいと思うけれど、目の前のザルツの様子が気になって、わたしはそぞろに「そうね」と返した。
ザルツの眉間にはくっきりしわが刻まれている。そんなに不機嫌になるのなら、最初から誘わなければいいのに。そう言いたいけど言えない。幼い頃だったらそんな喧嘩腰の軽口も叩けたかもしれないけれど。
そんな彼の様子に、白雪は無邪気に言う。
「もう、とうさまってば、もっと楽しそうにしなきゃ。かあさまが晩餐に来てくれてうれしいのはわかるけど、夫婦なんだから照れてちゃだめよ?」
この子なんて命知らずなの!思わず叫びそうになる。ああ、ほら白雪よく見なさいよ、ザルツのしわがますます深くなったじゃないの。
「白雪、いいからお行儀よく食べなさい」
小さくたしなめると、白雪はにっこり笑って小首をかしげた。この仕草、本当にこの子13歳かしらと思うほどに色っぽい。
「どうして、かあさま?一緒にお食事をとると、もっとおいしくなるわ。どうせ一緒に食べるなら、楽しく会話したらもっともっとおいしくなるのよ」
カガミも先ほどそんなことを言ってわたしを部屋から追い出した。「食事を一緒に食べればおいしくなる。誰かとの仲も食事で深まることも多々あるよ」と。
それでも今はそういう状況ではないと思う。けれど白雪は楽しそうに言葉をつづけた。
「それに、昨日も思ったけれどかあさま、今日の恰好も素敵よ。今日はお昼にお散歩もしていたんでしょう?何かいいことでもあったの?体調がよろしいみたいで、あたしもうれしいわ」
カガミが現れたことがいいことなのかどうかわからないけど、日常に変化があったことは事実だ。わたしはあいまいに微笑んだ。この純真な娘に嘘はつくまい。嘘はつかないけれど、真実は言うまい。
そこで、ようやくザルツが言葉を発した。
「白雪。淑女のマナーは食事の時間にパンを持ち続けたまま会話をすることだったか」
不機嫌そうな、低く冷たい声。それまで少しばかりおいしいと思っていたお料理も、この声で一気に味がしなくなる気がした。
白雪も「はい」と黙ってしまい、無言の晩餐が終わりまで続いた。
自分で見返してどんな話だったか忘れそうだったので、話別にサブタイトルをつけてみました。サブタイトル詐欺ですみません。