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白雪姫と国王

「ねえかあさま、今日カーテンを開けてたでしょ。お庭にいたとき、気づいたの」

 にこにこと、何がそんなにうれしいのか、目の前の少女は楽しそうに笑いながら紅茶を一口飲む。わたしは小さく「そうね」と答えた。


 午後になって、白雪がわたしをお茶に誘いにやってきてくれた。ほぼ毎日のように彼女はわたしを誘い出してくれるが、それにわたしが乗ることはめったにない。今まで2、3回しかないと思う。今日は彼女のお茶の誘いに是を出した。カーテンを開け、少しだけ陽の光が差し込むわたしの部屋に、2人ぶんの茶器が用意される。たぶんそれでこんなにも白雪は嬉しそうに笑っているのだと思う。


 カガミは静かにしている。していてもらわないと困るのだけれど、たまにいたずら心がむくむくと湧き上がるのか、白雪が鏡に背を向けているのをいいことに、じろじろと彼女をぶしつけに眺めまわしたりする。そのたびわたしは眉をしかめる。そうすると白雪が悲しそうな顔をするので、あの小生意気な少年をわたしはすっかり無視することに決めた。


 白雪はわたしをじっと見つめると、花のように笑った。

「それに、今日のかあさまおしゃれだわ。そのドレスの色、とっても素敵。かあさま、いっつも黒とか紺とかをお召しになってるでしょ?でもあたし、ずっと思ってた。かあさまはそういう明るい華やかな色が似合うって」

 それにこの髪もかわいい、と白雪が手を伸ばし、わたしの髪に触れ、微笑む。わたしの心臓がはねた。この子、可愛いだけじゃなくてどこか人たらしというか、無意識だと思うけどすごく色気がある。女で、だいぶ年上のわたしでさえどぎまぎしてしまうのだから、将来が不安で仕方ない。


「どうして今日はおしゃれを?何かパーティとかあったかしら」

「なんとなくよ。そんな気分だったの」

 それ以外に答えようがない。まさか鏡の精が厳しくドレスから化粧まで指図してきただなんて言えないし。わたしの返答に、「ふーん?」と白雪が小首をかしげた。


「ねえ、かあさま。あたし嬉しいわ。今日かあさまがお茶を一緒にしてくれて。こんなにたくさんお話するのも久しぶり。前のかあさまともね、体調が良いときだけだったけど、よくこうやって一緒にお茶をしたのよ」


 白雪は顔をほころばせながら、昔を懐かしむように語る。わたしはその言葉にはっと身を固くした。

 白雪の母親。前の王妃。ザルツの愛した、隣国のお姫様。白雪の姿に、彼女の姿が重なった。結婚式の日、遠くから見た、あの人の隣に立っていた美しい女性。


「白雪、そろそろお勉強の時間でしょう。部屋に戻りなさい」

 白雪が紅茶をすべて飲み干したのを見て、わたしは彼女に告げる。白雪は抗議の声を上げた。

「ええ!もう少し大丈夫でしょう」

「だめよ」

 本当はもう少し時間があることはわかっていた。しかし、もうこれ以上白雪の姿を見ていたくなかったのだ。彼女が、あの人と違うことは分かっていたけれど。


 白雪は、めったにないわたしとのお茶会を終わらせたくないようだった。いつも素直な彼女にしては珍しく、不満そうな表情を隠すこともなく食い下がる。

「でもかあさま」

 そんな姿にほだされてしまい、お茶会なら、また近いうちにやりましょう、と。そう告げようと思ったその時だった。


「白雪」


 低く、冷たい、威厳のある声がわたしの部屋に響いた。


「とうさま!」

「……ザルツ」


 果たしてわたしの声は彼に聞こえただろうか。ザルツはわたしを見ることなく娘に歩み寄ると、じろりと彼女をにらみながら、しかしその表情とはうらはらに、武骨な手で優しく彼女の美しい黒髪をなでた。


「ここにいたのか、白雪。家庭教師がおまえを探していた。早く部屋に戻りなさい」

「……はあい」

 父親には彼女も逆らえないらしい。まだ少し不満げではあったが、白雪は返事をすると上品な仕草で椅子から立ち上がり、「ごきげんよう、かあさま」と礼をした。


 残されたのは、ザルツと、わたし。


 彼に言う言葉もみつからず、カップに残ったわずかな紅茶を飲み干した。紅茶に溶かしたジャムが、底の方にたまっていたらしい。甘酸っぱいりんごの味が濃く感じる。


「なぜ、お前の部屋に白雪がいる」

 ザルツは、冷たく問う。こんな声音、昔は聞いたことがなかった。結婚してからは、こんな声しか聞いていないけれど。

「お茶をしていただけです。母と娘だもの、それくらい構いませんでしょう」

 彼につられてわたしの返事も冷たくなる。本当は、昔のように話したいのに、あの頃彼とどんなふうに接していたかがもうわからなかった。

 

 ザルツは不愉快そうに小さく舌を打つと、じろりとわたしをにらんだ。そこで、わたしの姿にひっかかるものがあったらしく、眉根を寄せた。

「どこかへ出かけるのか」

「いいえ」

「それなら、なぜそんな服を着ている」

 これまでのわたし、どれだけみすぼらしい服を着ていたのだろう。特段余所行きでもない、ほんの少し流行に合わせただけのドレスで、ザルツにまでこんなことを言われるとは。

 自分の無頓着さと情けなさと、夫の厳しい口調に泣きそうになりながら「理由なんてないわ」と答えると、ザルツは何も言わず踵を返し、無言で部屋を出た。


 すっかり日が暮れていた。再び暗さを取り戻した部屋が、静寂に染まる。そこに、ばかみたいに明るい声が響いた。

「これは結構難題だね、王妃サマ」

「そうでしょ」

 わざと明るく言ったのだろう、小生意気のくせに優しい少年の存在に、わたしはもう一度泣きたくなった。


ロシアンティー、原作白雪姫の舞台であろうドイツでは飲まないかもしれませんが、あまりに白雪姫要素がないのでリンゴジャムを出してみました……

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