改善計画
「うーん、それはヒドい噂だねえ」
わたしの話を一通り聞くと、腕を組んだカガミは難しそうに顔をしかめてそう言った。最近共感してもらえることのなかったわたしは嬉しくなる。ちなみに、白雪あたりに言ったら彼女はひどく怒りそうだから言ったことはない。それに、いくら義理とはいえ娘にそんな弱音をはくことも、自らの矜持が許さなかった。
「でしょう、ひどい噂でしょう?」
ぐ、と身を乗り出すと、うんうん、とうなずくカガミ。
「ひどいね。確かに話を聞く限り王サマにも愛されてなさそうだし、実際王妃サマは引きこもってるし陰険というか根暗っぽいけど、シラユキのことは憎んでないし呪ってもないもんね?」
「……」
確かにそうだけれど。でもそんな共感の仕方があるだろうか。もちろん冗談だとわかっていたから、軽い気持ちで突っ込もうと思った。
思った、のだけれど、どうやら本当にわたしはおかしくなっていたらしい。つん、と鼻の奥が痛いな、と思った時にははらはらと瞳から涙がこぼれていた。
「ご、ごめんって、冗談だよ王妃サマ!」
焦ったのはカガミだ。わたわたと困ったような顔をして、こちらに手をのばしたかと思うとそれを引っ込めた。どうやらわたしの頭を撫でようとして無理であることを思い出したらしい。生意気だけど、可愛い奴。
わたしの涙がおさまると、カガミはふう、と安堵したように息をついた。
「まあ、とにかく話はわかった。王妃サマは好きな人に好かれたい。けどその好きな人は冷たい。継子はとっても優しくて美人だけど、彼女の姿が好きな人の前の奥さんに似てるからちょっと複雑な気分だし、なんかもう全部イヤになっちゃって引きこもってたらそこそこ美人だったはずの自分の姿までどんどん醜くなっているし周りには悪い噂をたてられている、と。こういうことだね」
身もふたもないカガミの要約に、思わずふきだす。事実その通りなんだけれど、客観的に聞くとわたしの悩みって割と薄っぺらいのね、と感じてしまう。
カガミは思案気に首をひねっていたけれど、ややあって、ひとりでうん、とうなずいた。
「とりあえず、引きこもりやめなよ。さっきも言ったけど、不健康一直線だよ。病は気からともいうし、まずはそこから改善しよう」
本当に、まるで母親だ。だけど、なんだか楽しそうに言うカガミにわたしは反抗するような気も覚えず、とりあえず素直な娘役を演じようと思うのだった。
***
朝起きて身支度を整え、いつもの習慣で鏡を覗き込むと、そこには案の定というか自分とは似ても似つかない少年がいた。
「夢じゃなかったのね……」
「あれだけ会話しといて何言ってんの王妃サマ」
おもわず漏れたつぶやきに小さく返事をすると、カガミはじろり、とわたしをにらんだ。
「特におかしなところはないけど、髪型に色気がない。やり直し。ドレスももう少し流行の形のもの選びなよ。まだ20代でしょ。それから化粧もっとちゃんとすること。クマが隠れてない。肌もがさがさだし、本当に薬つけて洗ったの?」
まだ10そこそこの、しかも少年のくせに王宮付きの化粧師より厳しい。指摘されるままにわたしはドレスや髪型をやり直しすべく侍女をもう一度呼んだ。こんなこと今までなかったので、すごく不審な目で見られた。
侍女になるべく新しい形の華やかな色のドレスを着つけてもらった。髪もいつもは特に何もせずおろしているのだけれど、「少し年齢相応にしてほしい」と言ってみると、侍女は心なしか張り切ったような表情をして、横に細い編みこみを入れてくれた。
カガミの言葉に乗ったようでシャクではあるけど、確かに少しだけ心が弾む。久しぶりにしたおしゃれを自分でも見たいと鏡を覗き込んでみた、が。
「あの、カガミ?あんたがいるとわたし自分の姿を鏡で見られないんだけど」
「王妃サマが自分でチェックしたら改善されなさそうだから、このままでいいの。ボクが毎日指摘してあげるから」
この厳しいファッションチェックは毎日行われるのか。今よりよっぽど気が滅入りそうだ。はあ、とため息をついてみるけれど、そんなことを一切気にせず、カガミはたまりかねたように叫んだ。
「それから、暗い!昨日も言ったでしょ、カーテン開けてよ!いきなり散歩に行けとか遠乗りに行けとまでは言わないから、とりあえずカーテンだけでも開けてよ!」
はいはい、とわがままな弟を相手するかのように生返事を返し、分厚いカーテンを少しだけめくる。陽の光がまぶしかった。
「そうそう、まずはちゃんとお日様を見ないとね。まったく、吸血鬼じゃないんだからさ」
カガミが軽口をたたく。でも、わたしはそれに返事をすることはなかった。
カーテンの向こう側。下に広がる中庭に、彼女がいたのだ。
雪のように白い肌と、漆黒のように黒く輝く髪と、ばらのように麗しいくちびるをもつ美しい少女。
白雪姫。
あの人にそっくりな、わたしの美しい義理の娘。
ファッションチェック鏡がほしい。