表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

愛しています


 彼の口から語られる言葉の数々に、わたしは何も言えなかった。この言葉が本当なら、わたしたちの間にあるものは共有してきた大切な思い出と、いくつかの誤解と、そして、お互いへの愛情にほかならない。


「だから……お前は、アルノーのことを愛していて、俺の妻となることを悲しんでいるのだと、そう思った。俺や白雪ともできるだけ会わないようにしていたようだったしな」

 ザルツがふ、と口元をゆがめる。確かにわたしは結婚当初、彼と彼の娘を避けていた。愛しているのに手に入らない人と、そして愛する人が違う人と結ばれた証である彼女を、見たくなかったからだ。わたしは自分の行動の愚かさを目の当りにして、目の前が真っ暗になった。

 

 しかし、それなら。

「前の……前の王妃さまのことは……?愛していたんでしょう……」

 かろうじて出せた声は、いつもよりかすれていた。ザルツは、少しばかり間をおいてから、ああ、とまた星空を見上げる。

「彼女とは……そうだな、彼女は、言うなれば同志だった」

「同、志?」

「あれもまた、自国に想う男がいた。結婚式当日にきっぱりと告げてきたな。自分には愛する人がいるから、貴方を心から愛することはないと。面白い女だった」

 馬鹿みたいに聞き返したわたしに、ザルツは柔らかい声音で語る。その瞳も、穏やかな色をしていた。

「だから俺も正直に伝えた。俺もまた愛する女がいると。2人とも政略結婚に人生を狂わされた者同士だ。心から愛し合うことはなかったが、信頼できる関係にはなれた。義務として子は作ったが、白雪のことは俺も彼女も心から愛していたしな。だから、あれが死んだときは、悲しんだ。親友を、またひとり失ったのだと思った」


 辛い思い出を振り返るように、苦しげな表情で語るザルツを、思わずわたしは抱きしめていた。彼の体がこわばるのがわかる。以前のわたしだったら、きっとこんなことはしなかっただろう。臆病で、卑怯で、暗くて、受け身のわたしだったら。

 でも、今を逃せばきっとわたしは一生後悔する。


「愛しています、ザルツ」

「……」

「ずっと。小さなころから、ずっとあなただけを愛しています。一瞬たりともあなたを忘れた日なんてなかったわ」

 すがりつくように彼の胸に頬を寄せて、そうささやく。これまで告げられなかった想いを、今ここですべて吐き出してしまいたかった。


「あなたが知らないお姫様と結婚してしまって、とても悲しかった。あなたが冷たくなって、とてもつらかった。それでもあなたがわたしを妻にしてくれて、汚い女だとも思ったけど、とても嬉しかった。白雪のこと、最初はつらくて顔も見たくなかったけど、でも愛するあなたの子、とても優しいあの子を、今では本当に愛しているわ。あなたと同じくらい、愛しているわ」


 ザルツは何も言わない。わたしの言葉を、ただじっと聞いていた。唐突にひどく恐ろしくなって、抱きしめていた腕を弱め、のろのろと顔を上げる。

 夫と目が合う。

 そこには、冷たい黒曜石の瞳から、ただ静かに一筋涙を流している彼がいた。


「ザルツ」

「愛している」


 静かに告げられた言葉に、胸が震えた。

「愛している。お前のことを、ずっと、ずっと愛している。俺の言葉が足りないせいで、俺の態度が冷たいせいで何度苦しい思いをさせたかわからない。そんな男が言う資格などないのかもしれない。だが、俺が欲しいのはお前だけだ。何もかもを捨てても、俺は、お前だけが欲しい」


 あまり感情をあらわにすることがない彼は、これまで聞いたことがないくらい情熱的に囁くと、わたしの目を見つめ、そして顔を寄せてきた。

「口づけを……許してほしい」

 吐息がくちびるにかかる距離でそんなことを言う。この状況で誰が否と言えるのだろうか。わたしが口を開くと、ザルツは、自分で求めた許可を聞くこともせずに、わたしのくちびるに深く深く自分のくちびるを重ねた。


***


 物言わぬ月が、静かにわたしたちを照らしている。身を寄せ合い、わたしたちは何度もキスを交わした。これまで失ってきた何かを取り戻すように、何度も。


 しばらくしてから、口づけの合間に彼がこんなことを言いだした。

「最近、お前がひどく美しくなったと城で噂になっていた」

「……嬉しいわ」

 わたしは、少し前を思い出して口元を緩めた。陰険で邪悪な王妃と囁かれていたあの時、あの不思議な少年が現れていなかったら、きっと今日こんな風になっていなかっただろう。ザルツからも、白雪からも、ずっと逃げてばかりだったに違いない。

 それにたいして、なぜかザルツは不満げだった。あまり変わらない表情だけど、眉間にシワが寄っている。昔から変わらない彼の癖。すぐにおじいちゃんになっちゃうわよ、幼いころは彼にそんな軽口をたたいたものだ。

 しかし、どうして。


「美しくなったのはお前に愛人ができたからだと、そういう噂もある」

 いくばくか低い声で、彼は不満そうに告げた。そういえば、カガミもそんなことを言っていたっけ。わたしは笑って、彼の眉間に手をあてた。

「わたしが愛しているのはザルツよ」

「舞踏会も楽しみにしていた様子だったし……そもそもお前たちは仲が良すぎる」

「やきもち……」

 あの冷たくて(本当はそうじゃないと知っているけど)、威厳がある国王陛下が、やきもちを焼いている。そのことがなんだかとても嬉しかった。「愛してるわ」としつこいほどに囁き、わたしから彼にキスをする。


 彼は一度深く息をはくと、おもむろにわたしの腰に手をまわし、そしてそのままわたしを横に抱き上げた。

「きゃあ!?」

 そして彼は何も言わず屋上を出て、階段を下りはじめる。

「ど、どこに行くの?」

「寝室だ」

 あっさりとした答えが返ってきた。しんしつ。寝室。王の、個人的な空間。そこに入れるのは、王と、そしてその妻のみだ。数秒間考えて、その意味に至る。急に顔が火照るのを感じた。


「ザ……ザルツ……」

「いやか?」

 彼はふ、とかすかに笑う。挑発的で、しかし嫌味でもなんでもない顔だった。美しい獣のようなその表情に、どきりと心臓が音を立てる。


 ちょうど、そこで寝室に到着してしまった。わたしがここに立ち入るのは、今日が初めてだった。大きなベッドに下ろされ、彼が真剣な表情でわたしをまっすぐに見つめる。

「俺はお前が欲しい。身も心も、欲しい。今夜、お前を奪いたい」


 何を言うか迷って、わたしは、気持ちに素直に従うことにした。

「わたしは、ずっと前から、ただあなたひとりのものだわ」


 その日、私たちはようやく本当の夫婦となった。



ようやくここまで来ました。

ザルツのキャラが行方不明。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ