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王の真実


 恨んでもいい。


 そんな単語がザルツから出るとは思ってもみなかった。わたしがなぜ彼を恨まなければいけないのだろう。これまでの仕打ちのことだろうか。しかしそれは先日ザルツから謝罪をもらったばかりだし、愛してもらえないことは恨むようなことではない。

 戸惑いと、疑問と、そして背中のぬくもりに対する動揺で、わたしはすっかり固まっていた。

 にもかかわらず、ザルツはわたしを力強く戒めたまま、離そうとはしない。それどころかだんだん腕がぎりぎりとさらに力をこめられたような気がした。


 まるで、愛し合う2人のようだ。美しい夜空の下、言葉もなく、ただ。


「あなたを恨んだりなんて、するわけがないわ、ザルツ……」

 かすれたようなわたしの声は、果たして彼に届いただろうか。願いをこめて、もう一度言う。

「あなたに感謝しているのよ。あなたとの思い出もすべて大事な宝物。そしてあなたはわたしを妻にしてくれた。白雪とも出会わせてくれた。わたしは」


 わたしは、あなたを愛しています。


 そう、続けようと思った。続けられそうな気がした。

 しかし、それは奇しくも彼によって遮られる。わたしを拘束していたザルツは、わたしの言葉を聞くと、それにかぶせるようにこう言ったのだ。


「俺はお前から何もかもを奪ってしまった」


 苦しそうな声だった。懺悔するような声色。それはこの国の王ザルツの姿とはかけ離れていた。昔、もしかしたら幼馴染のザルツにはあったかもしれない、そんな彼の本当の姿。

 しかし、彼が何を言いたいのか、わたしにはまったく理解ができなかった。奪われたものなんて、何一つない。純潔すらわたしは守ったままなのに。それどころか、わたしは彼から与えられてばかりだと、そう告げたではないか。

 そこで、ふと思い出す。わたしたちには言葉が足りない。何度も何度も、だから心を伝えろと忠告してくれた少年の顔を。


 わたしはわたしの体にまわされた彼の腕に手を添えた。わずかにびくりと反応がある。まるでおびえた山猫のようだと、彼に似つかわしくないことを思ってしまい、口角が緩んだ。

「ザルツ、ねえ、わたしたち、少し話をするべきだと思うの。お互いに思っていることを、隠さずに……だめかしら」


 彼はしばらく息をのんだまま返事をしなかったが、ややあってから「そうだな」と静かに答えてくれた。


***


 ザルツは身体を離すと、壁にもたれて上を見上げた。わたしは彼の隣で同じようにする。どれほどの時間をそうしていただろうか。もしかしたら短かったのかもしれない静寂の時間は、彼の言葉で破られた。


「あの日も、こうして空を見上げていた」

 あの日?と聞き返すと、彼は上を見上げたまま続けた。「お前と結婚した日だ」と。


「祝宴が終わる少し前くらいか。昔よく来たこの塔に、なんだか懐かしくなって登った。星空を眺めたいなどと柄にもないことを思ってな」

 結婚の祝宴の時のことを話すザルツ。そんなことがあったのか、と思い、わたしはその時何をしていたのかしらと考えていると、答えは彼からもたらされた。

「そこで、お前を見た。中庭に、アルノーと2人でいたお前を」


「わたしが、アルノーと?」

「……ああ」


 うなずかれて、記憶を探る。確かにアルノーはザルツとわたしの祝宴に出席してくれた。その時彼はまだラドラック家を継ぐ前で、単純に昔馴染みとして来てくれたはずだ。そしてそんな気安さから、わたしは確かに彼にいろいろと本音をぶつけた覚えがある。

 ザルツのことを愛していること。結婚できてうれしいこと。しかし彼は隣国の姫君を愛し、娘をもうけたこと。彼の態度が冷たくなってしまったこと。今後彼の妻としてどうしていいか不安なこと。

 人には聞かれたくない話だったから、一目を避けたことも、覚えている。


「あの時……」

「お前が妻となる少し前。お前が知っていたのか知らなかったのか、俺はわからないが。お前にはラドラック家の嫡男との縁談が持ち上がっていた」

 

 淡々と告げるザルツの口調から、彼の心を読み取ることは難しい。あまりにも事務的な説明に、わたしは聞き逃しそうになってしまった。

「ラドラック家の……って、アルノーのこと!?」

「ああ。知らなかったのか」


 知らない。そんなこと知らなかった。両親はそんなことを一言も教えてはくれなかった。と同時に、カガミの言っていたことが本当だったのだと得心する。実際には婚約はしていなかったが、縁組の直前程度ではあったのだろう。それが噂につながった。

 そんなわたしに、ザルツはようやく顔を向ける。わずかに口元をゆがめ、痛々しいような、傷ついたような、そんな笑みを見せ、


そして告げた。


「俺が、縁談をつぶした。アルノーと結婚するはずだったお前を、俺が、自分の妻にした」


長らくお待たせしました。

申し訳ありません。

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