あんたはとても美しい
ボクはけっこういろんなコトができる。
でも、もちろんボクは全知全能のカミじゃない。できないことだって、モチロン、ある。
たとえば生身の人間とハダを触れ合わすこと。過去のデキゴトをきちんと把握すること。それから、人のココロを全部読むこと。
つまり、ボクがあの噂について確かめようと思ったら、カノジョをキズつけると知っていながら、こうして王妃サマに直接聞くしかできないのだ。
城内でまことしやかに流されている噂は、こうだ。
つまり、幼馴染である王妃と王宮狩猟官アルノーが、王の目を盗み密会を重ねている。王妃が最近美しくなったのは、彼女が禁断の恋に身を落としたからだ、と。
「はああああ!?そんなことあるわけないじゃないの!!!」
ボクが告げた「噂」に、王妃サマは目を丸くして驚愕した。耳がキーンとするほどの大声で否定する。なんでもいいけど、ちょっとうるさい。
耳に指をつっこんで彼女の大声をやり過ごすと、ボクは彼女に向き直った。動揺のせいなのか、あまりに予想外のことを言われたからなのか、王妃サマの顔は青くなったり赤くなったり白くなったり面白いほどに忙しい。
「いや、ボクだってその噂がマッタクのでたらめだってわかってるよ。そもそもあんたが綺麗になったのはボクのおかげだし」
そして、カノジョがそうなろうと思ったきっかけは国王ザルツへの想いのハズだ。悩み、涙し、これまでシンシに取り組んできたカノジョの姿勢を、さすがにボクは疑ってはいない。
ボクが気になっていたのは、それ以前のハナシだった。
***
「ねえ王妃サマ。あんたが王サマと結婚する前、アルノーと婚約してたってのは、ホント?」
爆弾のような噂を投下され、動揺していたわたしに彼がもう一つ尋ねたのは、それもまた予想外のことだった。え?と思わず聞き返す。わたしとアルノーが婚約?
「そ……そんなの知らないわ。なにかの間違いじゃないの……?」
それは本当だった。もちろん、わたしも貴族の娘。縁談のひとつやふたつと言わず、おそらく山のようにあっただろう。ザルツの後妻となったころには適齢期はとうに過ぎ去っていたが、それでもいくつかの婚姻の話はいただいていたのだ。わたしがその気になれず、すべて父に断ってもらっていたけれど。城からの話が舞い込んだのは、そんな時だったのだから。
しかし、来る縁談はすべて私の耳にも入っていたはず。家同士のやりとりや今後に支障がないよう、断る相手や断り方だって気にかけていた。アルノーの実家、ラドラック男爵家との縁談は、わたしの記憶にはない。
「そう。じゃあ、やっぱり単なる噂なんだね。まあ、もしかしたら王サマとの話がなかったら持ち込まれてたのかもしれないけど」
わたしの説明を聞いて、カガミは冷静な口調で言った。
「ねえ、アルノーの話が、何かわたしに関係があるわけ?」
「うーん。わからない」
「なにそれ」
わたしの方がわからない。唐突に尋ねてきたのはあんたの方じゃないの。軽くカガミをねめつけると、彼は少しだけ悲しそうに薄く微笑んだ。
「ボクには人の気持ちはわからないから。心の奥底の真実は、鏡には映せないんだよ」
彼のその表情は、なんだか妙にわたしの胸を締め付けた。
ふいに、カガミが小さく呟いた。「そろそろ、あんたを甘やかすのも終わりかな」。
「あんたに甘やかされた覚えは、ひとつもないわよ」
聞こえた台詞に軽口を返すと、彼はにやりと口角をあげた。
「ボクほどあんたに甘い鏡の精もいないと思うけど」
どの口が言うのだろう、と本気で思う。こいつはいつだって鬼コーチだった。わたしの身だしなみにはいつだって文句をつけて、体力のないわたしに厳しいノルマを課して運動をさせてきた。嫌がるわたしにカーテンを開けさせて、陽の光を浴びさせた。わたしが愚痴を呟けば軽口をたたき、いつも人を小ばかにしたように笑っていた。
――いつだって、彼はわたしのことを本気で心配していてくれた。本気でわたしを励まして、元気づけて、叱って……ただ唯一、味方でいてくれた。
わたしが美しくなったと。恋をする女が綺麗になる?そんなわけないじゃないか。わたしが綺麗になったのだとしたらそれは努力のおかげ。そして、その努力を教え、支えてくれたのは。
「あんた、のおかげだわ。カガミ」
さて、らしからぬ素直なわたしに彼がなんと返すかと期待をこめて彼をまっすぐ見つめれば、カガミは慈愛に満ちた瞳で笑っていた。
「王妃サマ、あんたは美しい。本当だよ。魔法の鏡の精が本心から告げてあげる。あんたはとても美しい」
だからね、とカガミは言った。そろそろ、あんたの想いを王サマに告げる時だよ、と。
確かに彼は甘くない。




