鏡の少年の思案
舞踏会はその後、何事もなかったかのようにお開きとなった。大半の参加者は、本当に何もなく、楽しいひと時を過ごしたはずだ。
白雪は現在、自室で眠っている。本当はいろいろとお説教をしなければならないところだが、ザルツも賓客の見送りがあり、また彼女も疲れているだろうとのことで明日以降に先送りとなった。
ロッシュも今晩は城に泊まることになっている。彼とも、きちんと話さなければ。決して彼が悪い人間ではないことはわたしにだってわかっているが、それでも子供が、そして立場のある人間が行っていい振る舞いではない。もちろん、彼もきちんとそのことは理解しているだろう。部屋に引き上げる直前、ロッシュはザルツとわたしに長い間頭を下げて謝罪した。
わたしはと言えば。白雪とともに大泣きしたせいで目も顔もみっともなく腫れてしまい、舞踏会へ戻ることができなくなった。
「お前ももう休め」とザルツが言い、侍女に半ば引きずられる形で部屋へと戻されたのだ。
化粧を落とし、簡素なワンピースに着替え、そして。
「お疲れ様」
カガミが、優しい笑顔で言った。時々感じることだが、彼が浮かべるこの慈愛の笑みは、決して子供にはできない表情だと思う。今更ながら、本当に不思議な少年だ。
わたしは、カガミの前で頭を下げた。
「カガミ、ありがとう。おかげで白雪もロッシュも無事だったわ。本当に、ありがとう」
「なに言ってんのさ。大したコトしてないよ」
照れたようにそっぽを向くのはあどけない少年のよう。くるくるとよく変化する。
「ブジでなによりだったじゃない。マッタクさあ、あの時部屋に駆け込んできた王妃サマの顔と言ったらなかったよ。あーんなにカオひきつらせちゃって。あれだけ走ったのだって、久しぶりだったんじゃないの」
「うるさいわね、減らず口なんだから」
彼なりの慰めなのだろう。ぽんぽん放たれる軽口に、真剣にお礼を、と思っていたわたしも笑って彼に答える。
「あんたのことなんて話せないから、どうやって信じてもらうか悩んじゃったわよ」
「ま、信じてもらえてヨカッタね」
「アルノーは信じてなかったみたいだけどね」
そう、わたしの言葉を疑うこともなく、すぐに信じて動いてくれたのはザルツだ。あの真剣な瞳に、ひどく安心できたのだ。ザルツ。あの日から、きちんと会話もしていない。今日の騒ぎで、それもなんだかうやむやのままだ。
ちらりとひっかかったのは、白雪の部屋の前で一瞬だけ彼が見せた、傷ついた少年のような表情。
胸の痛みを覚えていたわたしに、しかし、カガミはふと思案気な表情を作る。彼が振ったのはそれまでとは違う話だった。
「ねえ王妃サマ。アルノーって、あんたのなんなの?」
***
彼が言った言葉の意味がわからなくて、わたしは思わず首をかしげていた。アルノーのことは昔馴染みだと、カガミにも何かの雑談の中で話したことがあったはず。
「言わなかったかしら。わたしやザルツと昔馴染みで、小さいころから一緒に遊んでいて……」
「いや、ソレは知ってる。そうじゃなくて……うーん」
カガミは難しい顔で首をひねったり、空を見上げたりと鏡の中で忙しい。いつも腹立たしいくらいキレのある少年にしては、珍しいほどに饒舌さが失せていた。眉根を寄せて尋ねる。
「なんなの?おかしいわよ、あんた」
「うーん、こういうのはボクもハジメテだからなあ。なんと聞いていいのやら」
どうやらカガミは、カガミのくせに何やらわたしを気遣っているらしい。そのことに気づいて、わたしは鏡の中の少年が言葉を見つけるまでじっと待った。
ややあって、カガミは苦笑しながら、少しだけ真剣にわたしに向き合って話し始めた。
「噂なんかボクは信じちゃいないケド、とはいえバカにできないものもある。そして、そんな噂に踊らされるオロカな人間も、少なくはない」
「……」
つまりね、とカガミはその「噂」をわたしにぶつけた。
王宮狩猟官と王妃の、禁断の愛の噂だ。
あと5話程度で完結となります。




