王妃の事情
「シラユキ、って言ってたよね。それに、自分の容姿に満足してないみたいだ。王妃サマの悩みっていうのはそれ?」
カガミは妙に真剣な表情で、頬杖をつきながらわたしに聞いた。彼に話によると、わたしの悩みを解決するためにカガミはこの鏡の中に現れたらしい。そう言われ、わたしは夢でも見ているのだと思うことにして、自分のことを打ち明けることにしたのだった。
「あんた、本当に話を聞いてくれるの?」
「それが悩みの解決につながるならね」
小ばかにしたようにふふん、と彼は鼻で笑う。真剣な顔をしたりあざけってみたり忙しい奴だ。実家にいるはずの弟を思い出して、わたしは小さく笑った。笑おうと思って笑うのではなくて、つい笑ってしまった。こんなことはこの城に来たあの日以来、初めてだったかもしれない。
「わたしは、この国の王妃。つまり、王の妻よ」
「知ってるよ」
腹の立つあいづちに「まあいいから喋らせなさいよ」と告げ、わたしはどこから話すか思案していた。たった3か月前に始まったことだけれど、案外話すと長くなるのかもしれない。どうしたら、簡潔に、でもきちんとわかってもらえるかしら。
「白雪っていうのは、わたしの継子よ。あだ名だけどね。すごくきれいで心優しい子なの。王と、今は死んでしまった前の王妃の間に生まれた子」
「へえ」
「確かに、わたしはさっき白雪と自分の容姿を比べてたわ。でも、別にそれは大した悩みじゃない。本当に白雪は美しい子だもの、比べる方がばかなのよ。でもね、わたしだって、少し前までは、結構美人だって評判だったのよ」
「まあ、わかんなくはないかな」
案外素直にカガミはわたしを褒めた。
「不健康そうだけど、つくり自体は悪くない。もっと栄養をとって、陽の光をあびて、きちんと睡眠とったらだいぶマシになると思うけど」
あんたは医者か。思わずつっこみそうになる。1週間前の検診で主治医に言われた台詞そのままだったのだ。カガミはきょろきょろと部屋の様子を見渡すように首を振ると、眉をしかめた。
「ていうか、この部屋暗すぎ。雰囲気もどよーんとしてるけど、物理的にも暗すぎ。カーテンくらい開けなよ。目悪くなるよ」
「まるで母親ね」
皮肉と愛情をこめて言うと、カガミはにやりと笑った。
「それで、王妃サマ。悩みの種は、その美しい白雪姫ってこと?義理の娘との関係がうまくいかないって?」
「そう、とも言うしそうじゃないとも言うわ」
あいまいな返答に、カガミはまた首をひねる。
実際、最初はわたしも戸惑ったのだ。13歳の継子ができるということ。わたしはと言えば25歳で、12こしか違わない娘ができるのだ。それも思春期の。うまくやっていけるか毎日不安と困惑でどきどきしていた。
しかしそれも杞憂に終わった。白雪は本当に心優しく、明るく、しかも人懐こい子だった。わたしを母のように姉のように慕ってくれて、お茶やお菓子の時間に誘ってくれた。時に子供とは思えない壮絶な色気を放つような少女だったが、それでも白雪は13歳の優しい娘だった。
関係がうまくいかないのは、その父親。つまり、夫との方だった。
***
国王ザルツは、今年で30歳になるまだ年若い王だ。それでもその手腕は確かなもので、平和と繁栄を築き国民に愛されている。
そんなザルツとわたしは、幼いころ一緒に遊ぶような仲だった。わたしの実家は王族と近しい貴族の家で、お城に連れられては、何人かの少年少女と一緒にザルツの遊び相手となっていた。
決して不仲だったとは思わない。実際彼が10代も半ばになるころぐらいまでは社交界で顔を合わせれば笑顔であいさつを交わし、軽い冗談を口に出せるほどに気安い仲だった、と記憶している。
関係が変わったのは10年ほど前だ。ザルツが隣国のお姫様と結婚したころのこと。
社交界で会ってもお前ごときが話しかけるなと言われ、すれ違えば忌々しそうに顔をしかめられた。国王なのだからとあいさつに行っても無視される始末で、わたしはすごく悲しくなった。
結婚したからとはいえ、幼いころから仲良くしてきた友人にそんな態度をとるなんて、なんて男なのだと……ザルツを嫌いになりそうだった。いや、嫌いになりたかったのだと思う。しかし、できなかった。わたしはザルツのことが昔から好きだったのだ。
しかし相手は王子様。決してかなわぬ恋だと諦めていたし、実際彼は隣国の美しいお姫様と結婚した。美しい娘も生まれた。
だが、運命はどこでどうなるかわからない。
お姫様は、どうやら体がそんなに丈夫ではなかったらしい。白雪が12歳になったとき、母親である彼女は病に倒れ命を落としたのだ。
ザルツもひどく嘆き悲しんだと噂で聞いた。しかし、まだ幼い白雪のために、喪が明けた1年後、新しい母親――王妃を迎え入れることになった。それが、王族に近い貴族の娘であったわたしだった。
わたしとザルツの婚姻は3か月前に執り行われた。
しかしザルツの態度が変わることはなかった。昔のような軽い冗談も、笑顔も交わしてくれることはない。事務的に、冷淡に、あいさつをかわし、業務をこなす。そこにいるのはザルツの顔をした人形だった。
わたしは、ずっとザルツが好きだった。だから、醜い女だと思いながら、後妻にわたしが選ばれたとき、ほんの少しうれしかったのだ。きっと神様はそんなわたしを罰したに違いない。ザルツはわたしを愛してはくれなかった。
わたしは必要がない限り部屋から出ない生活を始めた。できる限りザルツの顔も、前の王妃の美しさを受け継いだ白雪の顔も見たくなかった。それでも優しい白雪はわたしの部屋を1日に1度は訪れてくれたけれど、ザルツが顔を見せてくれることはなかった。どんどん心が落ち込んでいき、カーテンも開けなくなっていった。
今、国民の間ではこんなうわさが流れている。
王に愛されず、継子を憎み、部屋にひきこもって継子を呪う陰険で邪悪な王妃様、と。