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緊急事態


 ドレスを翻して走る。少し前にはアルノーがいた。途中廊下ですれ違った侍女が驚いたように王妃様!と叫んだので、ちょうどいいとばかりに彼女にもついてくるよう言う。

 まずはアルノーが、そしてわたしと侍女が白雪の部屋に着いて、ドアをノックする。返事がない。


「白雪、いるのなら返事をしてちょうだい」

 声をかけても、返ってくるのは沈黙ばかり。意を決して、わたしは扉を開けた。

「……失礼するわ、白雪、寝ているの?」

 大きなベッドに美しい姫が横たわっていれば、それはどんなによかったことか。


 部屋の主の姿は、どこにもなかった。


***


 大事にしてはまずいと思い、まずは何人かの侍女や衛兵に城中を探してもらった。どきどきする心臓を押さえて待ったが、しばらくたって告げられたのは「城のどこにも姫の姿がない」という報告だった。


「……ザルツに、知らせて」

 衛兵の一人に告げる。彼が走り去るのを見届けると、自分の足元がふらつくのがわかった。目の前が急に暗くなって、廊下にしゃがみ込んでしまう。

「おい」

 慌てたようにアルノーがひざまずいてわたしの肩を支えた。

「オレも探しに行く。大丈夫だ、すぐ見つかるさ。しっかりしろ」

「ごめんなさい、大丈夫よ、ありがとう」

 彼の手に支えられて立ち上がった時、ザルツが衛兵に連れられてやって来た。彼はわたしをじっと見て……そして一瞬、ひどく傷ついたような表情をした気がした。

 しかし、すぐにいつもの冷たい表情に戻る。ザルツの低い声が、衛兵や侍女に的確な指示を飛ばした。


「白雪がいないと気づいたのはいつだ」

 冷たい声に話しかけられて、ザルツがわたしに聞いているのだと気づく。わたしは経緯を説明した。

「少し前よ……アルノーと話をしていて、なんだか嫌な予感がして……」

「……」

「白雪、きっとロッシュと一緒だと思うわ……」

 それでも、この夜の時間だ。どこにいるのかもわからず、不安が押し寄せる。

 ザルツはしばらく無言を貫いていたが、ややあってから「ああ」とうなずいた。

「ロッシュがいないことには俺も気づいていた。おそらく二人が一緒にいるだろうと思うが、野犬や盗賊が出没する危険性が皆無とは言い切れない。早急に探さねば」

 ザルツの言葉に、また動悸が早くなる。どうにか二人を無事に、早く……


 そこで、ふと可能性に気づく。わたしはいてもたってもいられず、再びドレスを翻して走った。


***


「ねえ、白雪の居場所を探してほしいの!」

 部屋に駆け込むなり叫んだわたしに、カガミはびっくりしたような表情をした。舞踏会は、やなんてはしたない、ときっと彼は言いたいことだろうと思ったけれど、お小言は後でまとめて聞くことにする。カガミに手短に状況を話すと、「城の外まではボクのカンカツ外だよ」と言いながら真剣な表情で目をつむった。


 鏡が淡く光る。カガミの姿がぼんやりと消えて、そのかわりに鏡にうっそうとした森が映し出される。

 カガミの声だけがやけに反響して聞こえた。


「城の北、黒く深い森、その奥に二人はいるよ」


***


 カガミの言葉を聞いて再び部屋を出たわたしは、城の玄関で捜索に出ようとしていたアルノーを見つけて、駆け寄った。

「ねえ、アルノー!城の北にある森を探してみてくれないかしら!少し奥かもしれないけれど、お願い、そこにいるような気がするの!」

 わたしの剣幕に驚いたようなアルノーは、眉をしかめた。

「でも、あそこは歩いて行けるような場所じゃないぞ。馬がなければ……」

「お願い、いなければたくさん謝るわ!探してちょうだい!」

 カガミのことを話すわけにはいかない。真実味を増すためにどうしたらいいかも考えずただただわたしが懇願していると、後ろから「城の北の森だな」と声がした。


 そこには、馬に乗ったザルツがいた。


「ザ、ザルツ」

「俺が探しに行く」

 驚いて彼を見上げる。視線は合わなかったが、ザルツは小さく「お前はここで待っていろ」と言った。

 冷たく、低いその言葉が、なぜかひどくわたしを安心させた。


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